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グレース保育園 甲斐裕之

「きずな~24人のなかまとロボット作り~」

 4月に進級児24人のちきゅうぐみ(4歳児)の担任となった私に、このような子どもたちの声が聞こえてきた。
「先生にいっちゃる!」
「ごめんっちゃ! ごめんっちゃ! ごめんちいいようやんかあ……」
 しかし実際には、担任である私にトラブルの様子を伝えに来る子は少なく、「先生にいう」のひと言で友達との関係を切っているように見られた。そのためか、クラスの雰囲気もまとまりがなく、どこかさびしく感じられた。
 このやりとりは日々何度も繰り返され、私自身具体的な解決策が出てこぬまま、7月のキャンプが近づいてきた。
キャンプに際して一番に考えなければならないこと、それはテーマだ。昨年までは、「いのち」がテーマに掲げられることが多かったが、悩んだ末に今年度のテーマを「きずな~なかまづくり~」とした。今のちきゅうぐみの子どもたちが、仲間と同じ体験を通して、互いに「友達っていいね!」に気づいてほしい。その思いからだった。ここからちきゅうぐみのキャンプが始まった。

「ロビン1号」との出会い

 毎日の読み聞かせのなかで、子どもたちからリクエストの多い『わんぱくだん』シリーズ(作/ゆきのゆみこ、上野与志 絵/末崎茂樹 ひさかたチャイルド刊)。この絵本を見るときの子どもたちはいつも主人公の「けん・ひろし・くみ」になりきっている。この日も、このシリーズから『わんぱくだんのロボットランド』を読んでいた。内容は主人公のわんぱくだんが、物置小屋で秘密裏にダンボールやバケツを使ってロボット「ロビン1号」作りをするというもの。完成するやいなやロボットランドに迷い込み、その世界を冒険するという内容だ。
 読み終えた子どもたちは、深く息を吸い、ひと言。
「…すげぇ」
 そのうち目を輝かせて、言葉が行き交った。
「すげぇ!!」
「先生、ロビンっち生きてるんよねぇ?」
「かっこいいなあ!」
「作ってみたいなあ……」  子どもたちの心に火がついた。
「先生、ロビン1号作ろうや!」
 この言葉を聞いて決めた。
「よし、キャンプでわんぱくだんになって、ロビン1号を作ろう!」
 みんなの心は同じ方向を向いていた。

ロボット作りスタート

 まずロボット作りを始めるために、絵本のわんぱくだんのように「せっけいず」作りをした。ロビン1号の絵を見ながら、さながらわんぱくだんのように、
「頭はバケツよね?」「目はどうしようか?」「う~ん、園長先生から電気(電球)もらえんかなぁ」。
 いや、「ように」ではない。この子たちは本物のわんぱくだんになってるんだ。まさに24人のわんぱくだんだ。そして設計図を見ながらグループごとに手分けして材料集めに駆け回った。なかにはトイレ掃除に使うバケツを持ってきて、みんなから「それはちょっと……」と止められる姿もありクラスの雰囲気がなごんだ。
 材料集めが終わると、キャンプの前にロビン1号の体を作ることにした。作っている間はまわりには何をしているのかはもちろん秘密だ。そこで最近、字に興味を持っていたRが看板作りを提案した。
「じゃあ、看板になんて書いたらみんなにばれんかな?」
「……う~ん、『いま、ねています』とか?」
 即決まり。ロビン1号作りをしている間は、毎回カーテンを閉め、「いま、ねています」の看板を下げることにした。
 気持ちが高まっている子どもの行動はとにかく素早い。キャンプの前にロビン1号の体は立派に完成した。でも子どもたちはこれで終わりでないことはもちろん知っている。
「先生、ロビンの命はどうするん?」
 このひと言でキャンプ当日の冒険が決まった。

グレースキャンプ

 いよいよ当日。午前中に晩ご飯で食べるカレーライス作りをして、着替えの入ったカゴをホールに運ぶ。そして完成を待つロビン1号も24人のわんぱくだんに連れられてホールに待機した。昼に一度降園し、昼寝とお風呂を済ませた子どもたちがオレンジの体操服を着て、目を輝かせてやってきた。見送るお家の方はどこか不安げ。なのに子どもたちは見向きもせずホールに集まる姿がおもしろかった。
 キリスト教保育を掲げる私たちの園はお祈りを大切にしている。子どもたちもキャンプのこと、ロビン1号のことなどをお祈りのなかでいっていた。開会礼拝が進み、夕食。いつも小食なYもこの後にある冒険が気になるようで、ものすごい勢いでカレーライスを口に運んでいた。歯を磨いてお集まり。
今回のキャンプのきっかけである『わんぱくだんのロボットランド』を再度読んだ。子どもたちの目は真剣そのものだ。読み終えてホールの階段にすわる。子どもたちが期待にふくらんだ目をしてロビンを見ている。すると突然あたりが真っ暗に……。照明が落ち、どこからか声が聞こえてきた。
「わんぱくだんのみなさん、私の声が聞こえますか?」
 少し不安そうな子どもたちのなかから声がした。
「神様や……」
「みなさんのためにロビン1号のハートの欠片を用意しました。しかしそれは保育園のどこかに隠されています。探すための地図と『輝きブレスレット』を用意しました。みんなで力を合わせてロビン1号に命を吹き込んでください!」
 あたりが明るくなった。みんなやる気満々の顔だ。
 グループごとに地図を見つけ、仲間の印「輝きブレスレット」を身につけ、懐中電灯片手にホールから園舎に向かって出発。階段にはこわそうな人形や絵本が置いてある。いつも見なれた部屋には赤や青の光が射し、みんなのロッカーやテーブルは動き、椅子は変な形に重なっていた。これは実は昼に子どもたちが帰ったあと、保育者で仕組んだこと。ロビン1号のハートの欠片を見つけるためには、なぞなぞ、積み木崩し、的当てパンチなどグループの力を合わせないといけないようにしてある。そしてハートの欠片も、その課題に応じて、勇気(黄)、思いやり(緑)、知恵(青)、愛(赤)と色を分けている。
みんなが地図を見ながら課題をクリアし、それぞれにハートの欠片を大切に持ってホールに集まってきた。いつもと違う雰囲気に驚いたYちゃんは泣いていたが、手にはしっかりと緑色のハートの欠片を握っていた。そして、いよいよロビン1号に命を吹き込む瞬間がやってきた。
ひとりずつ緊張した面持ちで列に並ぶ。前の保育者を真似て、がんばって手に入れたハートの欠片を空高く上げ、ロビンの胸のハートのボックスに入れていく。
「ピキューン……」
 欠片を入れるたびに音が鳴り、いやでも気持ちが高まっていくのを感じる。最後の子が欠片を入れると音が鳴り響き、集めた欠片を胸にセット。
「ピッピピピ……キュイーン!」
 ロビンの胸のハートが輝いた。そして手が動く! 足が動く!
 そして…
「ミ・ナ・サ・ン、イノチヲ・ア・リ・ガ・ト・ウ」

「ウオォ! ロビンが動いた!」
「すげぇえ!」
 みんなが憧れていた絵本を実体験で分かち合った瞬間だった。ロボットの後ろに隠れ、気付かれないよう揺すったりハートを照らしていた保育者も一緒になり、興奮のなか、みんなで喜びをダンスで表現し笑顔がはじけた。
 気がつけば、このキャンプを通してちきゅうぐみはひとつにまとまっていた。

うれしいお便り

 キャンプの翌日の月曜日。お家の方からたくさんのお便りをいただいた。そのなかのひとつ。
 キャンプからの帰りの車のなかでKが訊いてきた。
「ねぇ、パパとママはともだちおる?」
「んっ?」
「Kはね、ともだち、い~ぱいおるよ! 24にんもおるんやもん!」

 キャンプのあと、「先生にいっちゃる」の言葉は、正直な話、まだ消えてはいない。しかし以前と変わったことがある。泣いていても自分の思いをなんとか伝えようと言葉を探し、相手も意固地にならず素直な「ごめんなさい」で遊びが続くようになった。また、トラブルがあれば、さながら小さな先生のように、当事者の間に入って話を聞く子が自然と見られるようにもなった。
 絵本から発展したなかまづくり。絵本のセリフを借りるとこうなる。
「(ロボットランドは)夢だったのかなぁ」
「いや夢なんかじゃないよ」
 子どもたちの心には、キャンプでつかみとった大切なハートがいつまでも光輝いていくことだろう。

受賞のことば

 会社員生活から保育の世界に飛び込み、はや10年が経とうとしています。この節目の時にこのような素晴らしい賞をいただくことができ大変光栄に思います。「保育とは子どもの育ちを支えること」だと養成校で学びました。実際に現場で働くなかで、子どもたちにとって一番の理解者、支援者、遊び相手になりたいと思って接していますが、この10年間で支えられてきたのは自分自身だと気付かされました。これからも子どもたちと共に、日々を豊かに歩んでいきたいと思います。
 最後になりましたが、いつも支えてくださる職場の先生方、そして保護者のみなさんと子どもたち、今回一緒に冒険を楽しんだわんぱくだん(ちきゅうぐみ)のみんなに感謝の言葉を伝えたいと思います。
 ありがとうございました!

講評

 口癖のように「先生にいっちゃる」と言い合っていた四歳児たちが、虚構と想像の世界を共有する過程で仲間に育っていく道筋が心地よく描かれた実践記録です。保育者の計画に子どもをつき合わせるのでもなく、子どもが勝手に活動するのでもない、対話する保育のひとつの形がこの記録の中には描かれているように思います。何といっても、実践を展開する過程で鍵となった子どもの言葉や、キャンプからの帰り道で「パパとママは友だちおる?」と質問したKちゃんの言葉等が、具体的に記録されている点が記録に光を与えています。とかく抽象的で一般的な言葉で整理してしまいがちな幼児の集団保育を、具体的な言葉でつないだ点に好感が持てます。
加藤繁美(山梨大学)