トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第38回モルモットにはモルモットの都合がある

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第38回モルモットにはモルモットの都合がある

こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。

 

今回ご紹介する動物:モルモット・マンドリル・ライオン・レッサーパンダ
訪ねた動物園:大牟田市動物園

 

「人類は今、一つの歴史時代に突入している。それは、あらゆる価値観が変わりつつある時代である」(メイエルホリド・ロシア~ソ連の演劇人)
 

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地方の小さな町の小さな動物園の日々の営みが、日本中の動物園に動物と人に関する価値観の転換を問いかけています(※1)。
一見何の変哲もないモルモットのふれあい、餌やり体験(※2)。しかし、多くの動物園で当たり前になっている、あることが一切行われていません。それは抱っこです。
 
※1.ここではあまり複雑な動物園論は記しませんが、以下の御紹介と御自分の「動物園って、こんな感じのもの」という印象を比べ合わせてみてください。そこから、ここでいう「新しい価値観」も感じ取っていただけるかと思います。 
※2.来園者の御了承を得て掲載しています。

 
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大牟田市動物園のこのコーナーは「ふれあい」とは名乗っていません。「モルモットとわたしの広場」、淡々としたネーミングですが、そこにこめられた意味は深いのです。

 
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こちらの広場は1日2回の定員制(各回15名程度)で行われています。整理券の裏にも「さわるのはあたまだけ」と明記されています。
動物を膝に乗せた時、かれらがじっとしてこちらがさわったり撫でたりするままにしているなら、わたしたちは動物たちが心を許しているのであろうと思ってしまいます。
しかし、ただ怯えてじっと、いわばフリーズしている可能性はないのでしょうか。どうすればモルモットがリラックスしていると判断できるでしょうか。わたしたち人間が自分の想いだけで動物をさわっているのではないかという心配を和らげ、「モルモットとわたしの時間」を実現するにはどうすればよいのでしょうか。

 
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普段の飼育舎「モルモットのおうち」から広場への移動。よく「出勤」などと呼ばれますが、当園のそれはモルモットたちに割り当てられたお勤めではありません。まず御覧のようなボックスで、その日に出たいと思うモルモットだけが入ってくるようにしています。箱の左奥に入り口があり、入りたいと思う個体だけが潜ってきます。こちらにいるのは57頭のメスですが、このシステムだと普段からよく出てくるメンバーは総勢で30頭ほど(※3)。モルモットたちにも、はっきりと個性があるのがわかります。
 
※3.オスは別舎で飼われています。動物園でのこうしたオスメスの仕分けや対応のちがいなどは、また別の機会に御紹介したいと思います。

 
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こちらのコマチはふれあいに協力的な個体の代表です。
以下では主にそれぞれの動物種に合わせた飼育展示の取り組みを扱いますが、その背景では個体ごとの個性や状態への配慮も行われています。

 
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繁忙期など、広場への入場に待ち合わせが生じたときの園路に掲げられている解説板でも、モルモットがただおとなしく従順な存在ではなく、いろいろな発信もしていること、そして個体を見分けることであらためて個性に気づけるようないざないが行われています。
 
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さあ、出かけましょう(※4)。
 
※4.このモルモットロードや「モルモットのおうち」、それらにまつわる看板などは、市民有志とのDIYイベントでリニューアルされました。詳しくはコチラの記事を御覧ください。

 
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広場でも、このようにモルモット用のシェルターが確保されています。広場に来ていて、なおかつシェルターにも籠っていない。このような条件の積み重ねで、わたしたちは自分たちとは異質な生きものであるモルモットたちの想いを推し量ることが出来るのです。モルモットたちも、いつでも自分から退避できるという認識が、不特定多数の人間の手が届くところに姿を現わす後押しともなっていると考えられます。

 
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大牟田市動物園では、飼育動物たちへの配慮の具体的方策として、二つの柱を建てています。
環境エンリッチメントとは、動物たちがかれら独自の習性・能力を活かして、心身ともに健やかに過ごせるように飼育環境を豊かにする実践のことです。
また、ハズバンダリートレーニングは動物たちに過剰な負担をかけることなく健康管理を行うための主要な手段のひとつです。これについては、後で御紹介しましょう。

 
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そんな当園では「どうぶつ×飼育員アワード」が行われました。各飼育員が自分の担当から選んだ動物種について、日頃の取り組みをアピールするというもので、モルモットは見事に一位を獲得しました。いわば「モルモットと飼育員の場」が高い支持を集めたのです。

 
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こちらは先程も登場した「モルモットのおうち」での取り組みです。カプセルを利用したフィーダー(給餌器)はモルモットたちが工夫して餌を取り出すようになっており、かれらの暮らしにリズムを与え、することがない退屈な時間を減らす効果をあげています。
 
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時には葛の葉も給餌。なかなかの嗜好性が見られます。
 
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この日(2018/7/11)にはウッドチップが導入されました。あっという間に群がるモルモットたち。リラックスしているかれらは好奇心旺盛でアクティヴになるようです。
 
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まさに冷えピタという感じ。酷暑の中、こういった仕掛けも、大切な環境エンリッチメントとなります。
 
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広場でも凍らせた餌が登場。暑さ対策のみならず、少しずつ長い時間楽しめる食事となっています。

 
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広場との出入りもトレーニングの成果ですが、こんな試みも行われています。一頭ずつ分けての体重測定、モルモットでのハズバンダリートレーニング(前出)の一例です。報酬として若干の餌がもらえるので、モルモットたちも段取りを習得しています。飼育員との間で約束が成立しているのです。

 
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しかし、フリーにすると途端にぎゅう詰め。これもモルモットたちの都合、かれら本来の習性といえるでしょう。

 
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ここからはいくらか、他の動物たちへの環境エンリッチメントやハズバンダリートレーニングを御紹介します。
古くなった消防ホースのリサイクルでつくったフィーダーにマンドリルが取り組んでいます。御覧のようにニンジンなどが挟み込んであるのです。マンドリルやヒヒ類、ニホンザルを含むマカク類などは、霊長類の中でも特にわたしたちヒトと似た指の配置を持ち、ものを摘まんだり細かい操作をしたりするのが得意です。

 
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こちらはマンドリルの採血。筒に手を入れ取っ手を握り、安全な採血に協力します。マンドリルに血液による健康診断の仕組みは理解できませんが、一連の動作をすることで餌がもらえるという約束は成立しています(※5)。「ちくっとするけれどちょっとガマン」は動物たちにも通じるのです。
 
※5.あくまでもおやつ的な報酬で、採血させなければ食事がなくなるといったネガティヴな条件付けをしているわけではありません。

 
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こちらはメスのライオン・リラの尾からの採血です。
 
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動物園では不用意な繁殖は避けなければなりません。その個体の血統に連なる他の個体の飼育下での年齢分布や個体数、生まれてくる個体の他園への移動を含めての飼育可能性などがあらかじめ判断されたうえで繁殖の取り組みが行われます。かわいい赤ちゃんは集客につながるといった素朴な発想は既に乗り越えられつつあります。リラも現在は避妊薬を処方されており、彼女への検診はその効果測定を目的としています。具体的には、週2回の採血と2日おきの膣スメアの採取(※6)を行い、毎日、陰部を観察しています。もう一年ほど継続しており、こうして積み重ねられたデータが飼育上でも正確な判断を支えてくれるのです(※7)。

 

※6.膣内の垢のようなものですが、そこに含まれる細胞を顕微鏡観察することで発情周期を知ることが出来ます。
※7.大牟田市動物園では園のサイトで動物たちの検査データを公開しています。
 
また、血液検査については、日立市かみね動物園・茨城大学とも共同した研究が進行中です。このようなネットワークや公開性も、動物園の学術的な機関としての成長につながるとともに、市民に公開された公共施設として一般の理解や支持を得ることにつながります。

 
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この干瓢のようなものは何でしょう?これはソーセージの皮です(人工ケーシングと呼ばれます)。リラの採血の際、結紮(けっさつ)するのに使われていました。これならば万が一、採血中にリラが離れていってしまい、結紮用の紐を口にすることがあっても安全です。

 
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こちらはレッサーパンダの屋内展示。レッサーパンダは木登りが得意な動物です。体も柔らかく、ふわふわの尾でバランスを取って樹上を活発に動きます。

 
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屋内展示場もそんなかれらの特性に合わせて、木組みやボルダリングなどが設けられています。これはメスの「まい」です。

 
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するすると巣箱に入り……

 
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モニターの画面で見ると、何かを一心に舐める様子です。少し体がずれると、そこにはまだ未熟な赤ん坊の姿がありました。

 
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この赤ん坊は2018/6/26に生まれました(2018/7/10撮影)。出産後、まいがあまり継続的に赤ん坊と一緒におらず、体温低下などの問題が生じたため、人工哺育に踏み切りました。検温や体重測定をはじめとした健康チェックを行いながら、飼育を進めています。

 
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哺乳です。乳を与え、お尻を刺激して排泄をさせるなど、飼育員が母親代わりを務めていますが、先程のモニター映像のように、まいも子どもへの関心を失っているわけではないので、今後については様子を見ながら進めていくことになります。人工哺育はあくまでも必要に応じて、赤ん坊のいのちを保つための手段にすぎません。屋内展示場の工夫に見るように、大牟田市動物園が目指すのは、飼育下でも少しでもレッサーパンダらしく暮らしてもらい、それを伝えていくことなのです(※8)。
 
※8.ボルダリングや人工哺育など、大牟田市動物園のレッサーパンダへの取り組みの詳細については、園の公式ブログを御覧ください。

 
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もう一度、「モルモットとわたしの広場」に戻ってきました。チョークが置いてあって、参加者が自分で見つけたモルモットたちの姿や特徴を描けるようになっています。
来園者が自分自身の五感を通して、実感をもって動物たちと向き合うこと。そこから動物たちそれぞれに独自の世界があると気づいていくこと。いわば、モルモットにはモルモットの都合があるとわきまえ、異なる他者としての動物たちに敬意と配慮をもって接すること。それが人間同士も含めての未来に向けた関係性を育てることにつながればと、大牟田市動物園は弛まない努力を続けています。動物と人・スタッフ同士・動物園と地域ひいてはさらに大きな社会……コラボレーションの連鎖と拡大が目指されています。
単に動物を展示するだけでなく、そこでの飼育の営みやそれを支える理念・技術までも発信する。それは動物園が率先して、動物と人の関係づくりのあり方を提起していると言えるでしょう。そして、そういう試みは来園者にも一定の理解と支持を得ています。新しい価値観、それはすべてを貫き、変えていく力です。そこでは、あなたもあなたなりの、動物たちとの出逢いの場を見つけ出せることでしょう。
動物園へ行きましょう。

 

大牟田市動物園

 

写真提供:森由民

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