トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第17回 動物たちのくにざかい

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第17回 動物たちのくにざかい

こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。

●今回ご紹介する動物:エラブオオコウモリ・ダイトウオオコウモリ・ヤエヤマオオコウモリ・オリイオオコウモリ・ハブ・フイリマングース・ルリカケス・アマミノクロウサギ・リュウキュウヤマガメ・オキナワキノボリトカゲ・キシノウエトカゲ・カニクイマングース
●訪ねた動物園:鹿児島市平川動物公園、沖縄こどもの国、台北市立動物園
※これらの園はそれぞれ、地元産動物を中心とした展示ゾーンや施設を持っています。

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まずは3枚のコウモリの写真を比べてみましょう。これらはすべてクビワオオコウモリという種にまとめられますが、種よりひとつ下の亜種のレベルで分けられており、それぞれエラブオオコウモリ(鹿児島市平川動物公園)・ダイトウオオコウモリ・ヤエヤマオオコウモリ(以上、沖縄こどもの国)と呼ばれます。
ダイトウオオコウモリは種名の由来の「首輪」にとどまらず、白い部分がかなり広いので比較的見分けやすいと言えるでしょう。
沖縄こどもの国で一頭だけのヤエヤマオオコウモリはメスで「ヤエちゃん」と名づけられています。10歳を超えており、コウモリとしてはかなりの高齢と考えられます。

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しかし、ヤエちゃんはまだまだ元気です。大ケージ内には何か所にも分けて餌台・餌箱が設けられていますが、この写真の餌箱の周りは他のオオコウモリたちからもヤエちゃんの縄張りと認知されています。オオコウモリは餌を持って移動する習性を持っていますが、この餌箱に関してはヤエちゃんが優先。他の個体はヤエちゃんが外している時を見計らって餌を採りに来るとのことです。
話を戻すと、これらのクビワオオコウモリの亜種はそれぞれ、琉球列島の別の島々に住んでいます。九州の南から台湾に向かって、数百の島々から成る琉球列島は海面の上昇・下降や地殻変動などの影響で大陸との間や島同士でつながったり離れたりを繰り返してきました。結果として、同じクビワオオコウモリが島々の隔たりによって異なる亜種に分化するといったかたちで、琉球列島はユニークな生きものたちが多様に展開し住み分ける魅力的な場となっています。

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こちらはやはりクビワオオコウモリの亜種で沖縄島などに住むオリイオオコウモリです(沖縄こどもの国※)。さきほど、ヤエちゃんの餌台にやってきていたのも、混合飼育されているオリイオオコウモリたちなのでした。他に台湾にも亜種タイワンオオコウモリが住むことが知られています。

※御覧のように、コウモリたちも排便の時には「正立」します。

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琉球列島の島ごとの生きものの変化の中でも、トカラ列島の南部、悪石島(あくせきじま)と小宝島の間でさまざまな動植物の南限・北限が分かれることが知られており、この境界線を「渡瀬線(別名・トカラギャップ)」と呼んでいます(※)。琉球列島を代表する毒蛇ハブ(沖縄こどもの国)も渡瀬線より南の島にしかいませんが(一部の島を除く)、一方で近縁の仲間は中国大陸や台湾にも分布し、琉球列島とそれらの地域に、かつては陸路の連絡があったことが分かります。

※渡瀬線より北の琉球列島の島々を「北琉球」と呼んでいます。なお、クビワオオコウモリの分布は渡瀬線にまたがっています。

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ハブと言えば、多くの人は「マングース」を思いうかべるでしょう(フイリマングース・沖縄こどもの国)。いまや沖縄島・奄美大島などで野生化しているフイリマングースですが、元々はハブ退治の企てとして1910年にインドから沖縄島に持ち込まれたものでした。つまり、かれらは「外来生物」なのです。実際にはハブは夜行性・フイリマングースは昼行性ですれちがい、むしろ琉球列島固有の希少な動物たち(※)がマングースに食べられて絶滅の危機を招いており、いまやフイリマングースこそが駆除の対象になっています。人が不用意に外来生物を入れることが生態系全体を狂わせてしまうという、重く苦い教訓です。

※以下に出てくるアマミノクロウサギやルリカケスのほか、ヤンバルクイナなど。

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さらに渡瀬線以南・琉球列島固有の動物たちを見て行きましょう。ルリカケス(平川動物公園)は奄美大島を含む互いに寄り添った3つの島のみに分布が確認されています。1965年には鹿児島県の県鳥に指定されましたが、かれらもノネコやフイリマングースの食害・生息地の破壊・美しい羽目当ての乱獲などにさらされており、近年ようやく人間の責任を自覚した保全策が進められています。

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こちらは「ボマ」と名づけられたメスのアマミノクロウサギです。アマミノクロウサギは奄美大島とその南西に浮かぶ徳之島に固有の稀少種で、後ろ足や耳の短さを含め、現生のウサギ類の中では原始的な特徴を遺しているとされます。これもまた琉球列島が守ってきた宝物と言えるでしょう。ボマは2015/12/13、奄美諸島・徳之島の路上で交通事故に遭っていたところを保護されました(保護された「徳之島町母間」が命名の由来です)。その年の生まれとみられ、まだ子ウサギでした。地元や奄美大島の獣医師の治療を経て、現在、平川動物公園バックヤードの動物病院で療養を続けています。保護当時700g程度だった体重も半年弱で倍以上に育ちました。保護・療養先として平川動物公園が選ばれたのは、奄美大島に長期飼育が可能な施設がなかったこともありますが、同園が過去、アマミノクロウサギを飼育し繁殖にも成功した実績を評価されてのことです。今回のボマは治療最優先のため一般公開はしていませんが、スタッフ・ブログなどを通して様子が伝えられています(※)。動物園が地元に根差し、そこに暮らす野生動物の保全に貢献できるという貴重な事例にほかなりません。

※最新記事(2016/5/16付)はこちらを御覧ください。
http://hirakawazoo.jp/zooblog/staff/6066

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こちらのリュウキュウヤマガメ(沖縄こどもの国)も沖縄島とその周囲の二つの島にしか生息していません。そして、このカメに唯一近縁なのは琉球列島とは遠く離れた海南島ほかの中国南部やインドシナ半島に住むスペングラーヤマガメです。長い地球の歴史の中でこれらのカメたちの祖先はばらばらの場所に隔離され、その他の地域にいた仲間はそれぞれ何かの理由で滅びてしまったと考えられるのです。琉球列島が「自然史のタイムカプセル」であることがよく分かります。

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沖縄こどもの国の園内の樹にいたオキナワキノボリトカゲです(同園には飼育個体もいます)。ここまでに紹介してきた様々な生きものは、外から来たものの目にはエキゾティックに見えても、紛れもない琉球列島の在来種なのです(※)。

※オキナワキノボリトカゲは宮崎県・鹿児島県などの九州本土や屋久島に人の手で持ち込まれており(観葉植物への混入が疑われます)、そこでは外来生物となってしまっています。

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さらにこちらはキシノウエトカゲです(沖縄こどもの国)。日本のトカゲ類では最大種で、おとなオスは尾まで入れると40cmにも達します。かれらは沖縄こどもの国がある沖縄島には分布していません(※)。さらに南の宮古・八重山諸島の固有種です(国天然記念物)。このように沖縄島と宮古島の間にも既に御紹介した渡瀬線同様に、生きものたちの分布の大きな変わり目があります。これを「蜂須賀線(ケラマギャップ)」といい、ここを境に中琉球・南琉球という地域区分をしています。北琉球の生きものはある程度、九州とのつながりを持ち、南琉球はその南の台湾や中国大陸沿岸部との共通性がありますが、中琉球の生きものは独自性が高く、それは中琉球の島々が一番古くから他の地域と切り離されていたからであろうと考えられているのです。

※沖縄こどもの国では、キシノウエトカゲの生活史や生態を研究し保全にも役立てるべく、文化庁・沖縄県教育委員会の許可を得て飼育展示しています。

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最後に南琉球の先にある「お隣さん」台湾の動物園も覗いてみましょう。上記のように台湾は南琉球との縁が深く、またハブの仲間が住むなどの琉球列島全体との連なりも見出せますが、台湾には在来のマングースがいます。台北市郊外にあるアジア最大の動物園・台北市立動物園では、独特の愛嬌のあるカニクイマングースに出逢えます(夕刻が狙い目のようです)。かれらは台湾のほか、中国南部~東南アジア大陸部に広く分布し、水辺で甲殻類やその他の小動物を狩っています。

各地の動物園・水族館はしばしば地元産動物に注目した展示を行なっています。中には在来動物とその生息環境を展示することをメインテーマとした園館もあります。しかし、それらひとつひとつを比べ合わせるとさまざまな地域差がありもします。中でも琉球列島の生きものたちはそれより北の日本とは文字通り一線を画すとともに島同士でも多様さを見せています。けれども、生きものたちは国境を越えて台湾などとの共通性を教えてもくれます。動物たちの「くにざかい」とそれを超えたつながり、多彩さとそれが並び立っていることの豊かさ、わたしたちはそこから多くのことを学べるのではないでしょうか。

動物園に行きましょう。

※下記の本を参考にしました。
佐藤寛之(2015)『琉球列島のススメ』東海大学出版部。

◎「エラブオオコウモリ」「ルリカケス」に会える動物園
鹿児島市平川動物公園(※)
http://hirakawazoo.jp/
※非公開の保護個体としてアマミノクロウサギもいます。

◎「ダイトウオオコウモリ」「ヤエヤマオオコウモリ」「オリイオオコウモリ」「ハブ」「フイリマングース」「オキナワキノボリトカゲ」「キシノウエトカゲ」に会える動物園
沖縄こどもの国
http://www.kodomo.city.okinawa.okinawa.jp/index.shtml

◎「カニクイマングース」に会える動物園
台北市立動物園
http://english.zoo.gov.taipei/
※英語の公式サイトが開きます。

写真提供:森由民

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