トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第18回 トナカイ

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第18回 トナカイ

※今回の記事は2016/7/25~27に行なった、秋田市大森山動物園での取材を基にしています。

こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。

●今回ご紹介する動物:トナカイ
●訪ねた動物園:秋田市大森山動物園

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トナカイといえば、わたしたちにはクリスマスのイメージばかりが際立ちますが、トナカイはいろいろな意味で興味深く、不思議さを帯びた動物です。写真は秋田市大森山動物園の雁来(かりき)、今年3歳になるメスです……と、ここでまず最初の不思議です。トナカイはシカ科ですが、唯一オスメスともに角があります。
トナカイのメスの角の秘密は、かれらの分布域にあります。野生のトナカイは北極圏周辺に生息しますが(※)、かれらは北極圏の雪が解ける短い夏を北方で過ごし、秋が近づくとともに数百キロの南下をして越冬可能な土地に移動します。冬が終わる頃にはその逆のルートを北上します。

※これらの地域の多くでは古くから家畜化も行われてきました。

繁殖期は南下の最中に訪れます(※)。トナカイに限らずシカの仲間のオスは立派な角を活かして互いに競り合い、勝ち残ったものがメスと交尾します。そんなわけでトナカイのオスの角は秋を目指して成長し完成しますが、その角は冬の訪れとともに落ちてしまいます(一般のシカなら春に落角します)。つまり、南下するとはいえ厳しい寒さで凍てつく冬のあいだ、トナカイのオスたちは角なしで過ごすことになります。しかし、トナカイのメスの角はオスよりやや遅れて完成し、そのまま翌春まで保たれます。

※出産は冬を越え、春の移動中に行なわれます。

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トナカイの蹄を見てみましょう。とても大きく、よく広がる仕組みになっています。この蹄は雪原や湿地でも足を取られにくくするとともに(※)、雪を掻き分け、わずかな地衣類などを見つけて飢えをしのぐのに役立ちます。そして、このような極限の状態での越冬で、しかもメスの場合、おなかに赤ちゃんがいることも多く、メスだけに残される角は体格差の大きなオスにも負けずに食べものを確保し、自分とおなかの子を守るための適応であると考えられています。

※春の大移動では、時に出会う乾いた砂の土地でもうまく歩く助けになります。

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大森山動物園では、動物たちそれぞれについて野生と飼育下の食事情などが楽しくわかりやすく説明された「どうぶつ学ぼーと」が設けられています。トナカイについて、ここでお話ししたことの参考にもなるでしょう。

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さらには鼻にも注目です。トナカイは鼻にも、しっかりと毛が生えています。これも防寒対策と考えられます。この個体は、サクラ・11歳のメスです。そして……

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先程の写真で、サクラの後ろにいたのは、サクラが今年(2016年)6/14に生んだオスの子で「元気」と名づけられています。サクラはトナカイとしてかなり高齢となっていますが、元気はその名通りにすくすくと育っています。先ほど記したように野生のトナカイの出産は春の大移動の最中に行なわれます。生まれた子どももすぐにおとなたちについていく力を身につけなければなりません。このため、トナカイは生後数週間に集中した授乳を行ないます。母乳は非常に濃厚で、子の急速な成長を促します。元気は既に離乳していますが、まだ、おっぱいが飲みたいようで、御覧のようにサクラもたまには乳を飲むことを許しています(2016/7/26撮影)。

以上のようにシカの仲間でも最も寒さに適応していると考えられるトナカイにとって、日本の暑さは相当にこたえるもののようです。先程の雁来の写真ですが、一目でかなりへたばっているのがわかると思います。また、よく見ると体にカバーが巻いてありますが、実は雁来の左肩には体温をモニターする装置が埋め込まれています。直接には体温の変動パターンから雁来の生理的なリズムを知り、飼育下での繁殖の確実性を増すための研究を行なっていますが、その体温変動を見ても、夏場はオーバーヒート気味なのが見て取れます。

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大森山動物園の飼育担当者はこのような状況に対して、なんとかトナカイに「涼しさ」を提供しようと、いろいろな工夫をしています。
まずは手づくりのミスト装置です。ミストは局所的に気温を下げるのに効果的です。ただ実はトナカイは体が濡れることをあまり好みません。この写真は3歳のオスのルドルフ、元気の父親で、いまは繁殖を目指して雁来と同居していますが、ルドルフも雁来も自分から積極的にミストを浴びて涼むといった行動は取ろうとしません。ミストだけでは十分な対策とはならないのです。

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そこで別の試みも登場しました。園内散歩のルドルフと雁来。トナカイの飼育展示場は園内の比較的高い位置にありますが、散歩は一番低い一帯へと下っていきます。

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これが散歩の目的、そしてもうひとつの暑さ対策です。水鳥池を利用して水浴びをしてもらおうというわけです。既にトナカイは積極的に濡れようとはしない、と書きましたが、野生の大移動の際には氷が漂うような流れを渡ることもあり、泳ぎの能力自体は生まれつき備わっていると考えられます。ここでは餌を効果的に利用し、トナカイの意識の中で水浴びと「おやつ」を結びつけ、水に入る動機づけにしようというトレーニングが行われています(※)。雁来のセンサーは水浴び後に、はっきりと体温の降下を記録していました。この習慣が定着することの意義は明らかなのです。

※サクラについては昨夏(2015年)にかたちが出来上がっており、池に連れてくれば自分からばしゃばしゃと入っていきます。そんなサクラと一緒なら他の個体も続いていきます。野生の移動でも特に南下の際には年かさのメスが仲間を引率することが知られています。残念ながら取材時には、サクラはまだ元気の子育て優先で水浴び散歩は行なっていませんでしたが。

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水浴びにはもうひとつの効用もあります。それはサシバエ対策です。サシバエは吸血性で、多くの哺乳類を悩ませる存在です。秋田の場合、サシバエは7月下旬から最早冬というべき11月上旬まで活動します。夏の暑さ以上に長期の害をなすことになります。サシバエがつくとトナカイは落ち着きがなくなり、雁来などは盛んに駆け回ります。その程度ではサシバエは避けられませんが、結果として体温上昇に拍車がかかることになってしまいます。水浴びで体温を下げ、同時にサシバエも防ぐ、まさに一石二鳥ですが、トナカイにはなかなか気づいてもらえないようで、飼育員の苦心は続きます。

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さらに、水に入ること・泳ぐことへの動機づけを強めようと、こんなことも試されました。先程、水浴びしていた同じ池の逆岸、水鳥たちの収容小屋がある一帯です。ここは一般の入園者は立ち入りできません。そんな気ままな場でのんびりと過ごすルドルフ。緑の木陰は涼しさだけでなくサシバエにも刺されにくくなります。何よりも豊富な葉を好きなだけ食べることが出来ます。こうして自由にしてやると、トナカイたちは草よりも木の葉や蔦に手……否、口が伸びます。野生のトナカイは夏場の暮らしの中、寄生虫を不快に感じると近辺の山に登り、涼しくて快適な環境でヤナギなどの低木の葉を好んで食べることが知られています。ルドルフの中にも種としての本能や嗜好が眠っていたのでしょう。

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今回、ルドルフは池を横断していったのではなく、飼育員が池を迂回して連れて行ってやったのでした(2016/7/26撮影)。しかし、三時間ほどの自由の中でルドルフ自身が水に親しむ姿も観察することが出来ました。
野生のトナカイにとって毎年の大移動は時に死とも直面する厳しいものでが、同時にそれは長い時間をかけてつくられた環境への適応、進化の結果です。いわばトナカイは「そうやって生きるように出来ている」のです。動物たちの「野生」を育み、人々に展示することを中心的な役割としている動物園はそのようなトナカイらしさを探究し、それに見合った飼育展示を組み上げるべき場なのです。

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今回の取材の後、8月になってサクラと元気の母子にも一緒に水浴びする試みがなされました。この時、サクラは自分のペースで一気に水に入ってしまうのではなく、元気の足の着く浅瀬からゆっくりと誘導していったとのことです。結果、元気はすぐに自分で水に入り泳ぐことが出来るようになりました。飼育的配慮が動物個体によい影響を与えるなら、それは親子や群れの関係を通して、他の個体・次の世代へと受け継がれていくでしょう。そうやって、より自然で、よりふさわしい動物たちの姿が実現されていく動物園、わたしたちはその過程に立ち会い、楽しく感慨深く学ぶことも出来るのです。

動物園へ行きましょう。

※下記のDVDを参考にしました。
ディスカバリーチャンネル(2005)『トナカイの大移動』角川書店。

◎トナカイに会える動物園
秋田市大森山動物園
http://www.city.akita.akita.jp/city/in/zoo/default.htm

写真提供:森由民

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