トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第20回 冷たい海にもいのちは宿り。

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第20回 冷たい海にもいのちは宿り。

こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。

 

●今回ご紹介する動物:ナメダンゴ・ラウスツノナガモエビ・ガラス海綿類・ブルヘッドノトセン・ナンキョクオキアミ・エンペラーペンギン・アデリーペンギン・シワヒモムシ・スカーレットプソルス

●訪ねた水族館: アクアマリンふくしま・葛西臨海水族園・名古屋港水族館

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温度や塩分などが異なる二つの潮流が出逢うところを「潮目」と言います。福島県沖も親潮と黒潮が出逢う「潮目の海」です。アクアマリンふくしまは二つの大水槽の組み合わせで、そんな潮目の海の対比を展示しています。向かって左が親潮の海です。

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こちらは同館の「親潮アイスボックス」のコーナー。冬には海面水温が0℃近くにまで下がるオホーツク海などの冷たい親潮海域をフィーチャーし、いくつもの水槽がいわば海中への覗き窓となっています。まずはそこに息づく動物たちを観察してみましょう。

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ナメダンゴは腹に吸盤を持ち、大きな岩や海藻などに吸いつきます。北海道の知床では水温が0~2℃くらいの春の海で孵化しますが、アクアマリンふくしまでは日本初の水槽での繁殖に成功しました。

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ラウスツノナガモエビは北海道・知床沖の水深500~800mの海に住んでいますが、アクアマリンふくしまと、千葉県立中央博物館の駒井博士との共同研究によって新種として記載されました。この和名は、知床半島の町・羅臼の小学生が考えたものだということです。

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こちらはガラス海綿類の骨格です(生きた個体ではありません)。水深800mほどの深さから刺し網で引き上げられましたが、こうやってライティングした様子は、フランスを中心に展開し植物などを積極的にモチーフにすることで知られたアール・ヌーヴォーの工芸品のようです。

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北の海から、一気にかわってこちらは南極の氷です。海上自衛隊の砕氷船「しらせ」が持ち帰り、当館に寄贈されました。南極の氷は大陸に降り積もった雪が押し固められたもので塩分を含みません。南極の氷は平均で厚さ2500mに及び、数万年前の空気が閉じ込められていて、当時の様子を研究するのにも役立っています。

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そんな南極の海にも生きものたちが暮らしています(葛西臨海水族園)。南極の海は一年を通じて0~1℃で冬には-2℃にも下がります。ブルヘッドノトセンは血液中に特殊な蛋白質があって氷点下の水温にも耐える「凍らない魚」のひとつです。北極の海にも同じような仕組みの魚が住んでいるのが知られています。

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これら南極の海の魚たちやクジラ・ペンギン・アザラシなどの獲物となり、多くの動物たちのいのちを支えているのが甲殻類のなかまのナンキョクオキアミです(名古屋港水族館)。一個体の体重は1g程度で体長も4cmくらいしかありませんが、果たす役割はとても大きいものだと言えます(そのナンキョクオキアミのいのちを支えるのは植物プランクトンたちです)。名古屋港水族館は長年ナンキョクオキアミの飼育・研究に取り組んでおり、2000年に世界ではじめて繁殖に成功しました。この暗幕の中は、めったに見ることもかなわない南極の海に潜る疑似体験ゾーンなのです。

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名古屋港水族館はエンペラーペンギンやアデリーペンギンなど、南極やその周辺の島々で暮らすペンギン4種も展示されています。本来の習性に合わせての群れ飼育はかれらに安心感を与え、光・水温・気温を調節した屋内展示は空気中のカビによる呼吸器の病気などからも守ってくれます。

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こちらはクジラヒゲにストローのナンキョクオキアミを付けたもので、ヒゲクジラ類が海水をこしとってナンキョクオキアミを捕食する仕組みを示しています。

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食事と言えば、シワヒモムシは、同じ南極を中心とした海の浅場から3000mに及ぶ深海まで幅広く分布し、何でも食べる「掃除屋」として知られています。名古屋港水族館ではアジをひと呑みにする記録映像が見られます(※)。
 
※南極観測隊の記録では、このシワヒモムシを隊員が食べてみたこともあるそうです。こちらの同館スタッフブログも御参照ください。
http://www.nagoyaaqua.jp/sp/contents.php?contents=2016070316193163

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もうひとつ、「食べ方」がユニークな動物を紹介しましょう(葛西臨海水族園)。北極の海の岩にくっつき触手を広げるナマコのなかま・スカーレットプソルスです。中心付近の触手が口から引き出されてきている様子がわかりますね。かれらはこうして水中のプランクトンを捕らえては、おしゃぶりのように取り入れているのです。

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最後にまたアクアマリンふくしま。5つのブースでのパネル等の展示を通して海や生きものに関する科学・文化・歴史などを伝えるオセアニックガレリアの一角「漁場から食卓まで」にあるジオラマ展示です。魚をはじめとする水産資源を活用する食文化を持つわたしたち日本人にとっては、ここまでに記してきた生きものたちの「食」に関する学びの延長上に、そんな生きものたちとのつながりに生かされている人間の姿を見出すことも難しくないでしょう。
 

極地の海、零下の海水……イメージだけならただ静かに冷えているだけの世界のように思えますが、そこにもたくさんのいのちの営みがあります。それらの海は、わたしたちの日本列島と海流(深層海流を含む)でつながっています。普段の暮らしでは垣間見ることさえあり得ませんが、動物園や水族館の展示を通して、地球の広がりを実感することが出来るでしょう。
 
水族館に行きましょう。

 
◎ナメダンゴ・ラウスツノナガモエビ・ガラス海綿類に会える水族館
アクアマリンふくしま
 
◎ブルヘッドノトセン・スカーレットプソルスに会える水族館
葛西臨海水族園
※当園は南極産ヒモムシのなかま(パルボルラシア・コッルガトゥス)も飼育展示しています。
 
◎ナンキョクオキアミ・シワヒモムシ・エンペラーペンギン・アデリーペンギンに会える水族館
名古屋港水族館
 

写真提供:森由民

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