トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第27回動物園の野生動物

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第27回動物園の野生動物

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
 
今回ご紹介する動物:ニホンイノシシ・ニホンザル・テン・ニホンアナグマ・ニホンカモシカ・ニホンリス・オニヤンマ・オナガアゲハ・クロシデムシ・ニホンツキノワグマ・ヤマネ・オオツノヒツジ・カナダカワウソ・ヤマネ・ムササビ・ホンシュウモモンガ・オオヒツジ
 
訪ねた動物園盛岡市動物公園
 
動物園の飼育展示のメインは「野生動物」です。そして、それぞれの園はどんな動物を飼育展示するかについてのコレクション・プランを持っています。

moriokashi_170815 717盛岡市動物公園のコレクション・プランは地元・岩手の動物たちを中心に組み立てられています。盛岡市郊外の山の一角にある同園は、その地形を活かして動物たちの自然な姿を引き出しています。ニホンイノシシは「ぬた場(ぬかるみ)」のある広い斜面の運動場で走る・鼻で地面を掘る・木の幹で体を掻くなど、さまざまな行動を見せてくれて、山中でもこのように暮らしているのだろうな、と実感できます。
 
moriokashi_170815 001ゲートを潜ってすぐのサル山。ニホンザルはヒトを除けば世界最北(青森県下北半島)まで分布する霊長類で、日本の山々の四季に適応しています。
 
moriokashi_170815 606森の樹上と地上の両方で暮らすかれらには木々の枝の広がりやしなりも大切な環境条件です。サル山に設けられた運動器具は、もっぱらそんな森の構造や機能を補うものと言えるでしょう。赤ん坊や子どもたちにとってはこんな仕組みもまた、しっかりとした体をつくる元手となっています。
 
moriokashi_170815 048見よう見真似の毛づくろい。それは群れで生きるかれらにとっては「社会勉強」の一環です。
これからの秋。ニホンザルたちは子づくりの季節を迎えます。顔やお尻が鮮やかに赤くなり、オスメスのやりとりも盛んになります。そして、雪が降り積む冬を過ごせば、春には赤ん坊が生まれます。そんなニホンザルたちの「いのちの暦」を観察してみてください。
 
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moriokashi_170815 397一見人工性が目立つケージの中にも、その動物に合わせた手づくりの工夫が見つけられたりします。テンは木のぼりが得意なイタチ類です。
 
morioka_170814 070同じイタチ科でもニホンアナグマは広範囲に及ぶ巣穴を張り巡らせます。かれらの寸胴な体型も穴に潜るのに適しています。しかし、パワフルな穴掘りを支えるしっかりした爪は、こんな行動も可能にします。ここでは人工的なケージがアナグマの行動の広がりに結びついています。
 
morioka_170814 698盛岡市動物公園はさらにユニークな特徴を持ちます。イノシシ同様、斜面の恵まれた環境を活かして飼育されているニホンカモシカ。
 
盛岡市110722 001しかし、こちらは先ほどの写真と何となく雰囲気がちがいますね(2011/7/22撮影)。実はこれは開園を待つ朝のゲート前で、姿を現した野生のニホンカモシカを写したものです。
 
ほかならぬ山で、地元の動物たちを飼育展示する動物園であるということで、盛岡市動物公園では「どんな動物を飼育展示しているか」と園内外の周辺地域にどんな「文字通りの野生動物」が生息しているかが響き合うようなありさまが生まれているのです。
 
以下、そんな同園の姿を「教育啓発的な営み」を中心に御紹介していきます。
 
morioka_170814 109たとえばニホンリスです。飼育下ならではの間近さで、クルミをくるくると回して齧りながら開けていく姿。
 
moriokashi_170815 340一方で園内では何箇所かにクルミを蓄えた餌台を見つけることが出来ます。リスもまた、展示動物であるとともに園内外に生息する野生動物です。盛岡市動物公園では、そんなリスたちにふさわしい装置を設けることで、野生個体を誘うとともに、来園者に野生リスの存在や生態を伝えることを試みています。看板の奥に写るのはチョウセンゴヨウマツです。これもリスたちのために植えられています。この木の松ぼっくりに出来る実はリスの大好物なのです。
 
園内の森や沢などにはリスのほかに野鳥や野ネズミなどを誘因する巣箱や餌台も設けられています。これらも是非、探してみてください。
 
morioka_170814 001さらに入園ゲートをくぐってすぐに目に入るのがこれです。当園では来園者に虫捕り網を貸し出し、ルールやマナーを守った上での昆虫採集を推奨しています(※1)。
 
morioka_170814 293いまから練習すれば、将来は「虫捕り名人」でしょうね(※2)。
 
※1.今季の虫捕り網の貸し出しは2017/10/1(日)までとなっています。下記のリンクを御覧ください。関連するイベント等もこの日程を基にしています。
その他、この記事で御紹介している内容については、時期や開催の有無など園の公式サイト等を確認して御来園ください。
盛岡市動物公園 公式サイト
なお、自前の虫捕り網の持ち込みも認められています。
 
※2.顔が写っている写真はすべて来園者の御了承を得て掲載しています。
 
morioka_170814 290「お姉ちゃん」はオニヤンマを捕まえました。
 
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moriokashi_170815 367園内で採集された昆虫などの標本が用意されたブースでは、園のスタッフの解説を聴きながら比べ合わせ、自分が採集したものを同定することも出来ます。持ち込まれたのはオナガアゲハ。標本のクロアゲハと比較すると、羽の突起が尾に見立てられているのが分かりますね。
 
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morioka_170814 726こちらは「森の掃除屋小さな虫たち」と名づけられた観察イベントです。肉片を仕掛けた罠にどんな虫たちが集まっているかを確認しています。
 
morioka_170814 728 729クロシデムシ。動物たちの遺体を食べて糞をすることで、自然の中での循環のサイクルを進めている優秀な掃除屋のひとつです。
 
morioka_170814 749森の土を振るうとさらに細かな虫なども発見できます。掃除屋たちはわたしたちの身近にいます。わたしたちが観察の目を身に着ければ、その姿や活動に気がつくことも出来るのです。
 
morioka_170814 302こちらは「野遊び教室」。朴の木(ホオノキ)の葉でつくったウサギ。下の方に写っているのはアカツメクサで、これを編めば指輪などがつくれます。ここでも遊びながら、身近な自然をより豊かに楽しむ目と心を養うことが出来ます。
 
morioka_170814 967まだまだ暑い夏(取材は2017/8/14~15に行ないました)。プールで豪快な泳ぎを披露しながら涼を求めるニホンツキノワグマ。当園では三頭のメスを飼育展示しています。母と娘ふたりです(すべて成獣です)。
 
クマもまた、古くから日本人と深い関わりを結びつつ、いわば山と里に棲み分けてきた動物です。しかしいまや、森林の開発でクマ本来の生息域が狭まるなど、人とクマの距離は農業被害ひいては人身事故など様々な葛藤が起きてしまうほどに近くなってしまっています。時には人のいのちや暮らしを守るためにクマを駆除しなければならないこともあります。人とクマの長い歴史を考えるなら、これは不適切な事態です。
 
moriokashi_170815 420人の被害を食い止めつつツキノワグマを守るには、かれらの生息域(ヒトと距離をもって生きられる場)を保全することや無暗にかれらを殺さないことが必要です。山の環境を立て直しながら行なわれる「移動放獣」はそんな手立てのひとつです。写真は園内の動物資料館に展示されたクマ用の罠です。問題行動を示すクマを一時的にこの罠で捕らえ、麻酔をかけて必要なデータなどを採った後、唐辛子スプレーやクマが嫌がる威嚇音で「お仕置き」をします。これは利口なクマに「人里に近づくと嫌な想いをする」と学習させているのです。その後に山奥まで運んでクマを放します。こうして、人とクマの適正な距離を回復させ、かれらとわたしたちの共存を図っています。岩手県では1998年から「移動放獣」が必要な場合に行なわれており、盛岡市動物公園も麻酔技術等で協力しています。
 
このようなクマをめぐる現状やそれに関わる取り組みなどについて、当園はこうして保全のための機材やポスターなどを展示して来園者の啓発に努めるとともに、年に二回ほど、「クマを探せ?発信機を追いかける」と題したイベントも行っています。今年も既にゴールデンウィークに一回目が行なわれ、10月1日には二回目が開催される予定です。
 
このイベントではツキノワグマの展示場前で園のスタッフが扮したクマの着ぐるみに麻酔をかけて必要な計測をするといった模擬実践を絡ませながら、クマの生態や奥山放獣についてのガイドが行なわれます。さらに威嚇音を聴かせた後、実際に園内の林への着ぐるみグマの放獣が行なわれます。この際、実際の放獣と同じようにクマには電波発信機が取り付けられます。そして、来園者とガイド役のスタッフは着ぐるみグマが消えた林の中を電波を測定しながらクマを探していきます。これはクマをはじめとする野生動物の行動調査に活用されている「テレメトリー」と呼ばれる技法です。来園者は臨場感あふれる奥山放獣やクマ調査の疑似体験を通して、クマとの共生の意味を体感できるでしょう。
 
雪国の動物園である盛岡市動物公園では11月いっぱいで冬季閉園が始まります(※3)。この冬季閉園の最中、2月頃の土日には二三日の特別開園が行なわれますが、この時には飼育下個体の「冬眠」のモニターも公開されます。これもまたクマをより深く知る貴重な機会です。園のサイト等で確認の上、御参加いただければさいわいです。
 
※3. 11月の最終日曜日(2017年は11/26)には「少し早いクリスマス」と銘打って、動物たちにプレゼント替わりの特別給餌が行なわれるとともに、来園者向けのイベントも催されるのでお楽しみになさってください。
 
moriokashi_170815 841動物資料館では屋内の強みを活かし、夜行性動物のコーナーも設けられています。集められているのは齧歯類。ネズミやリスの仲間です。写真は甘い果実を好むことで知られるヤマネです。他にも大小二種のグライダー飛行をするリス類、ムササビとホンシュウモモンガなども飼育されています。わたしたちと同じこの日本で、しかしちがった時計で暮らすかれらの日常を覗かせてもらいましょう。
 
moriokashi_170815 407こちらも資料館の一隅。大きな角が印象的なこの剥製は、ロッキー山脈など北アメリカの山岳部に生息するオオツノヒツジです。盛岡市はカナダのビクトリア市と姉妹関係にあります。この展示もそれにちなんだものです。
 
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moriokashi_170815 344園内の「ビクトリアコーナー」では実際にオオツノヒツジが飼育展示されています。展示場には「おやつ」の枝葉が供されており、飼育スタッフによって「本日のメニュー」が紹介されています。
 
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moriokashi_170815 727ビクトリアコーナーを彩るもう一種はカナダカワウソ。ぐっすり昼寝するメスのカエデです。しかし、時にはこの木によじ登る姿も見せてくれるとのことです。
 
morioka_170814 677そして、カワウソの本領は魚捕りです。餌のドジョウを見事に捕獲。
盛岡という地に根差した動物園に、これまた独特の魅力のある北アメリカの動物たち。そこにわたしたちは地域ごとに棲み分けて地球に広がる生きものたちの多様さと、遥かな隔たりを超えて結び合う人間同士の交わりの両方を感じとることが出来るでしょう。
 
morioka_170814 1099最後はまたニホンツキノワグマ。母グマの月美はクマとしてかなり高齢になってきました(1986年生まれ)。耳が遠くなるなどの変化は見られますが、いまだマイペースに彼女なりの健やかな日々をのんびり過ごしています。そんな姿はこの風土に馴染んだ野生動物としてのものであり、同時にスタッフのさまざまな配慮と温かいまなざしの賜物でもあります。月美の中で野生と動物園、人と動物の世界が交差しています。みなさんも是非、そんな盛岡市動物公園をお訪ねください。
 
動物園に行きましょう。
 
☆今回取材した園
 
盛岡市動物公園
 
写真提供:森由民

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