トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第33回「動物のため」を伝える

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第33回「動物のため」を伝える

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。

 

今回ご紹介する動物:ライオン、アミメキリン、ハートマンヤマシマウマ、アジアゾウ(ボルネオゾウ)

 

訪ねた動物園:福山市立動物園
 
※1.以下、特に注記のない写真は2018/1/26~27の取材時に撮影されました。
 

fukuyamashi_180126 (92)静かにまどろむライオンのブワナ。かれは2000年に多摩動物公園で生まれ、翌年に福山市立動物園に来園しました。

 

fukuyamashi_160303 210メスのラヴィとのゆったりしたツーショットを含め、長らく園のシンボルのひとつとして親しまれてきました(2016/3撮影、次の写真も同様)。
 

fukuyamashi_160304 708この写真に写っている丸太は爪とぎ用で、これによって適正に爪の更新を促し、また来園者の眼前での展示効果をも上げています。
残念ながらブワナは昨年来(2017年)患っていた歯肉癌の影響もあってか、ライオンとしては老齢と言うべき17歳を迎えて2018/2/4に世を去りました。しかし、かれの記憶は来園者の皆様に今後とも温められていくことでしょう。そこには当園での飼育展示や告知等の適切さが寄与していると思われます。
 
※2.園からのブワナの逝去に関する告知はこちらを御覧ください。
福山市立動物園:飼育員ブログ
 
ブワナのことをはじめとして、福山市立動物園は「動物のため」を実践し、それを来園者に伝えていくことを大きな柱としています。

 

fukuyamashi_180126 (662)寒い冬のたまさかの好天。運動場に出てきたのは三頭のアミメキリンです。メスの柑麟(かりん)・オスのふくりん、そして昨年(2017年)5/31に誕生したメスのすももです。貴重な外出ですが、屋内では母子と別部屋となっているふくりんは、かりんのにおいの確認が最優先の様子です。

 

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fukuyamashi_180127 395キリンの運動場には、あちこちにかれらの採食の様子を観察できるフィーダー(給餌器)が設けられています。野生のキリンは舌で木の葉を巻き取るようにして食べるのが常です。この籠状のフィーダーのなかみは乾草ですが、そのような行動を的確に引き出すことで、キリンにも来園者にも意義深いものとなっています。場所や高さがいろいろなのも、サバンナを歩き回りながら折々に出逢う木で採食するキリンにふさわしい配置であると言えます。

 

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fukuyamashi_180126 (359)バックヤードも参観できますが、その入り口には寒さに弱いかれらが冬の朝夕は屋内展示となること、そして、ここが敏感なキリンたちの、いわば「おうち」であることから、かれらを脅かさないマナーが説かれています。しかし、それは単なる警告ではありません。
“Respect the Animals ! 動物たちに敬意を払って”
ポスターのことばに注目です。そして、観覧マナーを書いたホワイトボードの右上にも大切なメッセージがあります。
「お子さんが分からないときはおうちの人が教えてあげてください。」
このような配慮もわたしたちがより深く動物たちを知り親しむきっかけとなり、親子のコミュニケーションにもつながるのです。

 

fukuyamashi_180126 (398)木の葉はいわば主食なので、可能な限り新鮮な枝葉を与えています。園のみでは通年の継続的な確保は難儀ですが、近隣の有志の方数名が山林などに自ら出かけて刈り取りと提供をしてくださっています。動物園は市民の支持によって成り立っています。それは園が市民に「キリンという動物」を的確に伝えている証拠でもあるでしょう。

 

fukuyamashi_180126 (412)サバンナゾーンの動物舎内は広々としていますが、運用してみて初めて気づくこともあります。天井部分のブルーシートは暖房効率を上げるために園のスタッフが付け足しました。こうして施設や設備は息吹を宿し、将来のさらなる改善にもつながっていくのです。

 

fukuyamashi_180126-904ちょっと不思議な手すり拭き。屋内でからだの大きなふくりんが運動すると、どうしても埃が立ってしまいます。そこで、この手すり拭きの登場です。人間が少し配慮し頑張れば、それだけキリンは自由に過ごせます。さらに埃を鎮めて観察しやすくするために、観覧通路と動物の部屋のあいだにはスプリンクラーも取り付けられています。

 

fukuyamashi_180127 135_136観覧通路のこんな表示で、すももの順調な成長を実感してください。

 

fukuyamashi_180126 (407)キリンと同じサバンナゾーンのメンバー、ハートマンヤマシマウマです。草を食むメスのオリーブのお尻。シマウマの種類はお尻の模様で見分けることが出来ます。ハートマンヤマシマウマは比較的荒く太い縞で尾の付け根あたりが梯子状になっています。

 

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fukuyamashi_180127 029寒いながらも晴れた朝。飼育員の心尽くしで氷を割ってもらった運動場に出てきたのは、オスの「エイタ」です。何やらためらうような、腰が引けているような……。

 

fukuyamashi_180127 039実はこの日初めて、普段は地面に直接置いている乾草を餌入れに盛ってみたのです。野生で草を食むのに近いのは地面から直接と言えるでしょうが、乾草だと砂などを一緒に食べてしまうのが心配です。そこでこの工夫。しかし、乾草を食べるのではなく掻き分けていますね。いつもこの餌入れには固形飼料が入っています。この日も乾草の下に仕込まれたそれを選り好んで食べはじめました。

 

fukuyamashi_180127 116さらには慣れないことをした緊張をほぐすかのように地面の方に置かれた乾草に向かいます。

 

fukuyamashi_180127 159それでもようやく企図した食べ方に辿り着いてくれました。
飼育下でも少しでも豊かな行動や好ましい暮らしをしてほしい。それが担当者の想いです。けれども動物たちに短絡的な強制は通じません。むしろストレスの基になってしまうでしょう。少しずつ様子を見て、好ましいあり方に仕向けていく。それも飼育の工夫なのです。

 

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fukuyamashi_180127 2097こちらはハズバンダリートレーニングです。強制ひいては麻酔といった手段なしで、可能な限りストレスのない状態で動物に対するケアを可能にするためのトレーニングです。ここでは蹄の手入れなどのために、足に触れることと若干の報酬(餌)を組み合わせ、少しずつステップを進めて慣らしています。
同様のトレーニングはキリンたちにも個体の性格や現状を見ながら試みられています。さらに飼育上のケアのほか、大学との提携で糞中ホルモンを測って繁殖の取り組みにつなげるなど、さらに広く細やかな展開が行われようとしています。

 

fukuyamashi_180126-357再び、屋内観覧路。野生のキリンの現状を伝えるポスターが掲示されています。
 

fukuyamashi_180126-367そして、こちら。
東南アジア・ボルネオ島で森林開発が進み、わたしたちの豊かな生活を支える植物油脂の原料となるアブラヤシが栽培される一方、森の分断によってゾウをはじめとする動物たちが生きていけるだけの環境が失われていることが説かれています。さらに募金でアブラヤシ農園の一部を買い取り、森を再度つなぎ合わせる運動とそれへの支援も呼び掛けられています。当園での協力のかたち、それは飼育されているゾウのふくちゃんへの餌やり体験の参加料だとあります。それが森の再生活動に寄付されます、と。
しかし、この絵解きの右肩にはさらにこんなメッセージが貼られています。
「2017年4月現在、ふくちゃんは結核療養中のため、エサやり体験は中止しています。ふくちゃん、はやく元気になぁれ」
以下、わたしたちも同じ願いを込めて、しばらく福山市立動物園のボルネオゾウ・ふくちゃんの現在を覗かせていただきましょう。
 
まず簡単ながら経緯です。ふくちゃんは2016年初頭から体重の減少や食欲不振が目立つようになり、同年3月に結核菌に感染していることがわかりました。ゾウの結核の実態については、日本国内全般としても検査や対応などは整備の途上です。当園も一時閉園を含む体制整備を行い、来園者等の安全を確保しつつ、ふくちゃんの治療・回復への長期的取り組みを続けてきました。一時的にひどく体調を崩すといった難所もありましたが、現在、食欲を含め落ち着いた様子と見られ、天気のいい日には午前10時頃から午後3時30分頃まで日光浴のために運動場にも出ています(2018/2/17現在)。

 

fukuyamashi_180127 434この日(2018/1/27)は午後からの放飼。準備の一環として飼育員が何やら落花生を仕込んでいます。廃棄となった消防ホースのリサイクルによるフィーダーです。

 

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fukuyamashi_180127 934ふくちゃん登場。早速器用に鼻でホースを操作して落花生を取り出します。

 

fukuyamashi_180127 1262消防ホースは背中に乗せても心地よいようです。

 

fukuyamashi_180127 1217タイヤは、中に餌を隠したりもしますが、こんな格好で遊ぶのが好きなようです。
こうしてあちこちの食物を探索し動き回ることは、野生のゾウとして当然です。飼育下でもこのような行動を引き出すことで、療養中の生活を活気づけるとともに、運動を促し健康づくりにつなげていきます(※3)。
 
※3.ふくちゃんはメスです。ゾウ一般としてメスは群れで生活するのが本来の姿であり、当園でもその前提で施設がつくられました。しかし、いろいろな手配の都合でふくちゃん一頭だけが搬入された後、ふくちゃんは稀少なボルネオゾウであることが分かりました。ボルネオゾウは東南アジアのボルネオ島だけに生息しており、その歴史的由来には不明な点も多いのですが、他のアジアゾウとは異なる独立した亜種(種のひとつ下の分類)です。他の亜種との交雑は避けるべきであり、またボルネオゾウ独特の社会性を持つと考えられる一方、ボルネオ現地でも既に生息する州の外への持ち出しは禁じられています。このような理由から、現在、ふくちゃんは単独飼育ですが、福山市立動物園ではそこに生じるはずの不足を少しでも代替・補填するために、御紹介しているような試み・営みを続けています。

 

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fukuyamashi_180127 1366飼育員との間に約束が成り立っているので、必要に応じてタイヤの収納にも協力します。

 

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fukuyamashi_180127 1270何やらサイコロ状の遊具?これも消防ホースを編んだもので、隙間に黒糖のかけらが詰められています。ふくちゃんは足や鼻を使って、遊びながら採食します。

 

fukuyamashi_180127 292元のホースの色合いもうまく活かされています。

 

fukuyamashi_180127 284_296ぶら下げるタイプもあります。さらにこちらのプラスティックドラムにはゾウの鼻が入るくらいの穴を開け、中に餌を仕込んで使う予定です。ゾウらしさを引き出すということで、転がす・鼻を使う・壊しにくい(※4)といったことを念頭にさまざまな工夫が凝らされていきます。訪れた際には、これらが使われていないか、運動場内に目を配ってみてください。
 
※4.逆に竹などを与えて壊させるのも、ゾウにとっては生活を豊かにする方法のひとつであり、かれら本来の能力の展示につながります。

 

fukuyamashi_180127 995_1007鼻の力で黒糖入りの水を吸い上げ、それから口に運びます。鼻から直接飲むわけではありません。人の介在によってゾウ自身を楽しませながら能力を分かりやすく伝える試みです。

 

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fukuyamashi_180127 1647トレーニングの成果で体重計に乗せたり、メジャーを巻いて胸囲・胴囲を測ったりすることも出来ます。この日(2018/1/27)は体重2705kg・胸囲360cm・胴囲418cmでした。ベストの体重は2550~2600kgと考えられていますが、いまだ治療中のため、万一の急な体重減少にも耐えられるように重めの状態を保っています。

 

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fukuyamashi_180127 1854獣医師と飼育員が連携し、糞を掻き出してお尻から治療薬を入れています。投薬についてはネパールのやり方に学んでいます(※5)。4種類の薬のうち、1種類は糖蜜と小麦粉の団子に混ぜて経口投与していますが、残り3種類を混合した薬液をこのようなかたちで与えています。治療が終わったら、獣医師からもふくちゃんに報酬(餌)が与えられます。治療をひとつの約束の流れ(治療を受ける~報酬が得られる)として、その中に獣医師の存在も組み込んで学習させることで、無理強いなしの安定した作業が出来るのです。そして、それらすべてが公開されています。
 
※5.ゾウをネイチャーウォーク等の事業にも使っているネパールでは国家レベルでゾウの結核対策が研究されています。

 

fukuyamashi_180126 (2)福山市立動物園のふくちゃんに対する取り組みは、ひとつひとつの具体的な方策であるとともに、それがどうしてふくちゃんのためになりゾウらしさにつながるのかを考えるという総合的な基盤の上に維持されています。
ビデオ撮影も利用して、ふくちゃんの様子や行動を正確にデータ化し、遊具の利用状況や効果も検証しています。このような研究には国などの研究費も支給されており、成果は学会発表されています。
今回の病気とその治療についても科学的に記録して、国内にとどまらず世界規模でも、今後のゾウの結核の早期発見や治療に貢献できないかと模索しています。
一方で市民に開かれた場である動物園として、一般の方たちにも園の営みを伝える努力が積み重ねられています(※6)。
 
※6.たとえば下掲リンクの園ブログなどを御覧ください。
福山市立動物園:飼育員ブログ
 
こうした科学的かつ市民にも周知・支持された取り組みに対して、2017年、NPO法人・市民ZOOネットワークが運営しているエンリッチメント大賞の奨励賞が贈られました。前掲の写真はその経緯を伝えています。エンリッチメント大賞は環境エンリッチメント(environmental enrichment)に取り組む動物園や飼育担当者を応援すると同時に、来園者である市民が環境エンリッチメントを正しく理解・評価することにより、市民と動物園をつなぎ、市民の動物園に対する意識を高めることを目指して、2002年度より実施されています (※7)。
 
※7. 環境エンリッチメントとは「動物福祉の立場から、飼育動物の“幸福な暮らし”を実現するための具体的な方策」のことを指します。当園の受賞に関する詳細は下掲リンクの市民ZOOネットワークのサイトを御覧ください。このサイト内で市民ZOOネットワーク自体や環境エンリッチメントの概念、各地の動物園・水族館での実践例についても知ることが出来ます。
市民ZOOネットワーク
 
さきほども「世界規模」ということばを使いましたが、福山市立動物園で日々営まれている、地に足の着いた飼育や展示は、動物園の将来に向けての科学的姿勢や市民とどのように向かい合い何を伝えるべきかなど、まさにいま現在の世界的な動向と結びついているのです。それは先程の写真の文章にあるような「飼育を通じて動物園の問題を市民と共有し、ともに解決の糸口を探る」というあり方を核としていると言えるでしょう。わたしたち市民も動物園文化の主体なのです。

 

fukuyamashi_180127 2050さまざまな夢や希望を孕んだ明日を期して、ふくちゃんも今日は寝部屋に帰ります。またお逢いしましょう。

 

動物園にいらっしゃい。

 

☆今回取材した園

 

福山市立動物園

 
写真提供:森由民

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日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。