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中部学院大学・中部学院大学短期大学部附属桐が丘幼稚園 細江菜都美

「A子と仲間をつないだダンボールハウス」

 「ねぇ、先生。A子ちゃんはなんで赤ちゃんなのにゆり組さんにいるの?」
 進級してクラスにも慣れてきた子が増える5月上旬。子どもが私に質問をしてきた。4歳児38人のゆり組としてスタートしたばかりのころだった。初めて聞いたときは、私自身ショックを受けるとともに、なんと説明したらいいのかわからず「なんで? 赤ちゃんじゃないよ?」とありきたりにしか答えられなかった。A子はダウン症である。明るく陽気な性格で人からも好かれる子だが、ほかの子どもたちと比べても体が小さく、言葉も「うー」「あーあ」とうまく話せず同年代の子とコミュニケーションがスムーズにとれずにいた。“自分とは違う子”と認識している子どもたちが多く「あの子は同じクラスにいるけど、トイレにひとりで行けないしオムツもしてるから赤ちゃんだよね」
「だって、ぼくたちより体が小さいもん」
と口々にいっていた。その子どもたちの様子をみて、障がいをもっている子もいない子も、同じ仲間として受け入れられるクラスづくりができたらどれだけいいことかと考えた。A子自身の成長はもちろんのこと、A子とかかわることで成長していくクラスの子どもたちにも注目して、1年間、保育をしていきたいと思うようになった。

Aちゃんってどんな子?

 自分が願うクラスづくりをするためには、まずは子どもたちのA子への理解が必要だと考えた。そこで、進級当初に出てきた子どもたちからの疑問に対してごまかさずにきちんと話し合いをしようと思った。帰りの会の時間に子どもたちを集め「A子ちゃんについてどう思うか」を尋ねてみた。すると、子どもたちの口からは「A子ちゃんは身体が小さいし、うまく喋れないから赤ちゃんだと思う」
「すぐにいやーって怒るで嫌や」
などさまざまな意見がでた。また話し合いを進めていくうちに子どもたち自身が、A子に興味はあるが、どのようにかかわっていいのかわからず戸惑っている様子も伝わってきた。さらに話し合いのなかで子どもたちに「みんなには苦手なことってある?」と尋ねた。すると多くの子が「あるよ」と答えた。「給食の野菜が苦手、運動が苦手、みんなにも苦手なことってあるよね? それと同じでAちゃんにも苦手なことがあるの。みんなと同じように活動できないかもしれないけど、Aちゃんが困っているときはみんなが“お助けマン”になってほしい」
と話をした。すると真剣な表情で頷きながら聞いてくれる子が多くいた。
 その後、「Aちゃん、苦手なことたくさんあるけどトイレに自分で行ったり、給食で箸を使って食べたりいろいろ頑張ってるよね」
とA子の頑張っている姿に気づいて話してくれる子もいた。その話し合いの後から、前よりもA子を気にかけてくれる子が増え「Aちゃん今日トイレでおしっこできるように頑張っていたよ」などさまざまな場面での様子を話してくれるようになっていった。
 しかし、その反面A子に対して必要以上にお世話をしたがる子や、A子に対してからかいの言葉を向ける子もいて、注意の声かけをすることもたびたびあった。A子のことを理解してかかわろうとしてくれる子がいる一方で、障がい児をクラス全体で受け入れていくための指導の難しさを痛感した。

Aちゃんの居場所づくり

 運動会に向けての活動が始まると、慌ただしい日が多くなっていった。そんな雰囲気を察してなのか、保育活動中、A子が部屋から出て行ってしまうことが増えていった。そこで、加配の先生とA子の様子をしばらく観察し、何が原因なのかを話し合った。A子は帰りの会の時間や落ち着かないときに、必ず部屋の隅に置いてあるダンボール箱の中に入り、そこから教室の様子をうかがっていた。そのため「A子の落ち着くための場所としてダンボールハウスを作ったらいいのでは?」という結論になった。
 そこで、A子の居場所づくりのためにダンボールハウスを作ることにした。ダンボールハウスを作っていると「すごい!」「いいなぁ~」と興味津々で子どもたちが覗きに来た。「ぼくたちのダンボールハウスも欲しいな。」そんな声も聞こえたため、子どもたちにはA子が使用していないときには自由に使ってもよいことを伝えた。
 ダンボールハウスが完成した日にA子の様子を見ていると、自分から中に入り、お気に入りのクッションや絵本を持ち込んで落ち着いて過ごせる環境をつくっていた。ダンボールハウスの中で落ち着いて過ごしているA子の様子を見にきた子どもたちが「Aちゃん何してるの? 中に入ってもいい?」と声をかけていた。また、ダンボールハウスを介して“絵本屋さん”や“おままごと”を一緒にして遊ぶ姿も見られるようになっていった。ダンボールハウスの小窓から中を覗いてA子の様子を確認し、機嫌が悪そうなときには無理に声をかけることなく「今はそっとしておくんだよ」と声を掛け合い優しく見守ってくれるようになった。言葉数が少なかったA子だが、クラスの子と遊びかかわるなかで自己主張ができるようになっていった。最初はA子の落ち着くための居場所として作ったダンボールハウスがいつしか、A子とクラスの子とのコミュニケーションの架け橋の場所になっていることに気がついた。

ぼくたちのダンボールハウス!

 A子のダンボールハウスはクラスの子たち以外にも浸透していき「Aちゃんハウス」として受け入れられていった。「Aちゃんハウス」はゆり組の子にとって自慢の場所になっている様子で、「これはAちゃんのお家やで! すごいでしょ?」とうれしそうに話していた。そんななかで、以前から子どもたちが「私たちのダンボールハウスも作りたい!」といっていることが気になっていた。そこで、子どもたちがAちゃんのダンボールハウスをきっかけに自分でも作りたいという思いをもってくれたことをヒントに、年中最後のクラス製作としてダンボールハウスを作ることにした。
 最初は自分のスケッチブックに「こんなお家がいいな」というイメージを描き、次に自分たちが描いた絵を見せ合い各グループでイメージをまとめていった。「ここの窓はハートの形にする?」「何色のお家にする?」と、とても楽しそうに話し合いをしていた。A子はこのときの話し合いには、その場にいることができず、なかなか参加できなかった。
 同じグループだったB男が「Aちゃんのダンボールハウスとくっつけたら面白そうやね!」とA子とのつながりがダンボールハウスでももてるように考えてくれていた。製作が始まると、各グループでアイデアを出し合い協力して進めていた。A子もこの日は製作に参加し、同じグループの子を見て真似ながらダンボールハウスの中に入り、好きな絵を描いたり、壁に折り紙を貼ったりして楽しんでいた。時間いっぱいまで製作を行い、子どもたちの4つのダンボールハウスが完成した。
 子どもたちの作ったダンボールハウスは1か月ほど教室に置かれた。汚れたり壊れたりした部分があると、子どもたちがセロハンテープや粘着テープを使って一生懸命直す姿が見られた。しかし、1か月経つころにはダンボールハウスは遊び込まれてボロボロになっていた。

ダンボールハウスがなくても大丈夫!

 みんなでダンボールハウスを作ってからの1か月。毎朝多くの子がダンボールハウスに入り遊んでいた。A子も自分の「Aちゃんハウス」から飛び出して、仲良しのC子やD子とぎゅうぎゅうになっていろんなお家に入り、楽しそうに過ごしていた。みんなで作ったダンボールハウスもコミュニケーションを深める場所として活用されていた。このころには、クラスの子どもたちもA子のことを理解してくれている子が多く、仲良く過ごせるようになっていた。じゃんけん列車などのゲームを行うとまわりの子たちがA子をフォローし、最後までゲームに参加できるように協力し合う姿も見られた。
 2月中旬になると言葉でのコミュニケーションが増え、少しずつ語彙も増えていった。会話のなかからA子の思いをくみ取れるようになり、思いの共有ができるようになった。このころから、A子はダンボールハウスを出て保育活動に参加する姿が増えていた。みんなで作ったダンボールハウスも1か月経ち、片づけることになっていたため、同じ時期にすべてのダンボールハウスとさよならをすることになった。大好きなダンボールハウスとのさよならを惜しむ子が多く、なかには「ありがとう」といってダンボールをさすっている子もいた。
 友達とのコミュニケーションの場として活用されていたダンボールハウスがなくなり、A子の変化を心配していたが、思っていた以上に受け入れている様子だった。友達と遊ぶことが大好きになったA子は、ダンボールハウスがなくても気の合う友達を見つけて外で活発に遊べるようになっていた。A子の居場所づくりとして作ったダンボールハウスが、ほかの子のなかにも浸透してその場からさまざまな出会いやかかわりが生まれたことがとてもうれしかった。

残された日々のなかで

 年長になったA子は、現在ものびのびと幼稚園で過ごしている。まわりの子と比べひと回り身体の小さいA子だが、みんなと一緒に今は運動会の練習を頑張っている。そんなA子の姿をみて「先生、Aちゃん頑張っとるね!」とうれしそうに教えてくれる子もいる。新しいクラスになっても、またA子のことを理解していけるように取り組みを行い、みんなでひとつのクラスとしてまとまっていけたらいいなと思っている。日々の積み重ねがお互いの理解に繋がっていると感じるので、子ども同士のコミュニケーションをさらに深め、集団のなかで生きる力を身につけさせたいと考えている。また、これからは就学に向けて基本的生活習慣を着実に身につけさせることと、クラスのなかでA子のよさを活かし健やかに生きられるよう指導・支援に取り組んでいきたいと思っている。

受賞のことば

 大好きな子どもたちと過ごした1年間を実践記録としてまとめ、それが今回このような高い評価をしていただけたことを大変うれしく思っております。私にとって昨年1年間は、常に迷いと葛藤の日々でした。「どうすればクラスとしてまとまっていくのか」を考え、さまざまなことに挑戦し、最終的に行き着いたのがダンボールハウス製作でした。この活動を通して、A子の居場所づくりとなかまの輪の広がりが増えていく様子を見るのはとてもうれしかったです。幼稚園教諭になって4年が経とうとしています。まだまだ未熟な私にいつも丁寧に指導してくださる先生方がいることや、私を支えてくれている可愛い子どもたちと保護者の皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!

講評

4歳児38人で構成されるゆり組の仲間のひとりで、ダウン症のA子ちゃんをめぐるクラスの仲間たちの、ほぼ1年間の成長の記録です。障がいのみられるお友達を、自分とはどこかが違うと受け止め、特に担任の保育者に対してその疑問や問いかけを発するプロセスは、実に多くの保育園で見られます。その場合の保育者の対応に専門性や保育力が求められます。ここに記されている内容は、A子の苦手なことをほかの仲間たちが理解して手をさしのべていく経過、特にA子の居場所としてダンボールハウスを共同製作し、さらに4つのダンボールハウス作りを通して、さまざまな子どもたちのかかわりと成長のプロセスが生き生きと描かれているところに特徴が見られます。
網野武博(武蔵野大学客員教授)