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認定こども園 取手ふたば文化 住谷 豪
「2位と2位のほうがいいよ……」
毎年行われる、運動会のリレー。いつもいろいろなドラマがあり、胸に残っているが、なかでも忘れられないひと言がある。
運動会の花形の種目のリレーは、子どもたちだけではなく、担任、保護者も手に汗をにぎり、熱くなり、感動がある。私の幼稚園は、年中・年長の混合クラスだが、リレーは年長全員で行う。年長児はひとクラスに、16~17名いるため、1チームでなく、2チームに分かれ、7クラス対抗のリレーを2セット行う。1チームでリレーをしたいが、人数が多くなり、周回遅れなどがかさなり、子どもたちも混乱して、ごちゃついて勝負にならなくなってしまうからだ。
毎年、リレーを見てきている子どもたちは2チームに分かれることをわかっている。なかには、年中のころから「アンカーをやりたい!」とはりきっている子もいる。チームの分け方は子どもたちにまかせるのだが、当然のことだが、すんなり決まるはずもなく、17人全員が走る順番まで納得するのは難しい、と私は思っていた。もし納得することができるとしたら、2チームとも1位をとるしかないと思っていた。口では簡単に子どもたちに「両方のチームとも優勝してほしい」というが、7クラスあるなかでの2チーム優勝というのは、簡単なことではなく、今までにも2チームとも優勝したクラスはなかった。片方のチームをはやくすると、もうひとつのチームがおそくなる……そんなことは子どもたちもわかっていた。勝ちたいと思う友達、特にアンカーをやりたいとはりきっている友達は自分のチームに足のはやい子を集めようとする。それは勝ちたいと思ったら当たり前のことだとはわかっているのだが、「どっちのチームにも勝ってほしい。最後まで、あきらめないで頑張ってほしい」と声をかけてしまう自分がいた。
作戦会議
運動会の前に、何度か通常保育のなかでリレーの練習をする。はじめての2チームに分かれてのリレーの練習は3位と3位だった。もちろん2チームともいい順位だったのだが、数人の友達はまったくうれしそうではなかった。
次のレースにむけて、すぐに作戦会議が始まった。私は口をはさまずに、見守ろうと思った。もめているのはわかったが、「みんなで決めてね」とだけ伝えた。人一倍勝ちたい思いが強いH男は、自分のチームに足のはやい子を集めようとしていた。不満に思っている友達がいるのもわかったが、何もいわず、子どもたちにまかせた。次のリレーの日をむかえた。結果は1位と5位だった。1位のチームは喜んでいたが、明らかに5位のチームは不満そうだった。なかには、「私はかけ足おそいからこのままのチームでいい」という子もいて、「自分の行きたいチーム、誰と一緒のチームになりたいか、いっていいんだよ」と伝えても、「今のままでいい」というだけだった。それが本気で思っているのか、気をつかっているのかもわからなかった。かけあしがおそいからとかではなく、みんな心のなかでは、はやいチームのほうがいいと思っていると思っていたが、それは違うのかなと私自身思い始めていた。みんなに1位をとらせてやりたい。ふたつにチームを分けることは、子どもたちにとってどうなのだろう、ひとつのチームにしても言い合うことはあると思うけど、ここまで、子どもたちに辛い思いをさせないのではないかと思うようになった。
その日の子どもたちは、リレーの話をすることはなかった。それでも子どもたちはリレーを楽しみにしていて、「今日もやろう!」と、はりきっていた。どんなにもめても、リレーが好きなのだなと感じた。
そして、また作戦会議。5位のチームからは、「C君はやいから、こっちのチームにきてよ」「そしたら、こっちが1位とれなくなるよ」。両方のいいたいことは痛いほどわかる。すると、「どっちも勝つには、両方にはやい人がいなくちゃダメなんだよ」とそのひと言で、またメンバーが変わった。提案というより、もうしょうがないと言い聞かせているように聞こえた。そして再びリレーの日をむかえた。
結果は2位と3位だった。こうなってくると、2チームとも優勝したい気持ちがでてくる。「AちゃんとB君チーム交換してよ」とあきらかに、かけ足のはやい友達とおそい友達をかえようとしていた。私は「Aちゃんが交換したくなかったら、しなくていいんだよ」
とA子の気持ちを尊重するようにしていたが、ただ逃げていただけかもしれない。A子のことを考えたら、チームがかわっても、かわらなくても、辛い選択だったと思う。口にこそ出さないが、子どもたちは、はやいB君がいいと思っていたと思う。
1位と3位より2位と2位
そして、またメンバーがかわった(A子はかわらなかった)。
結果は1位と3位だった。もう少しで、2チームとも優勝できる! と子どもたちも思い始めていた。そんなとき、今まではりきっていたH男が、「1位と3位なら、2位と2位がいいよ」といってきたのだ。勝負にこだわっていたH男にこんなふうに思わせてしまったのだ。ましてや、3位のチームにいるならまだしも、1位をとってからすぐにいった言葉だったので、余計に胸に響いた。私は子どもたちに何を感じてほしかったのだろう……ただ、苦しめているだけではないかと思った。もちろん葛藤があったり、話し合ったり、ときにはトラブルも必要だと思う。ただ今回のリレーは、皆に優勝してほしい、できなくても頑張ってほしいと矛盾しているような私の気持ちだけをおしつけているのではと思った。
H男と話をして、何でそう思ったのか聞いてみた。リレーをするたびにクラスの仲が悪くなっている気がしていたらしい。負けることより友達とギクシャクするほうが、H男にとっては何倍も辛かったのだと思う。
順番がどうなってもこのメンバーでいく
次の日、みんなでもう一度話し合った。やりたくなかったら、走らなくてもいいよと伝えた。子どもたちは、びっくりしていた。それでもやりたくないという友達はいなかった。そこで、また一からチームを決め直した。クラスみんなで2チームとも優勝できるように、走る順番も考えた。H男の提案で順番がどうなってもこのままのメンバーでいこうと決めた。みんなも大賛成で、走る特訓をしようとはりきっていた。はじめからこうすればよかったのかなとも思ったが、はじめからこのようにしても、何も感じなかったと思う。いろいろあったけど、みんなで気持ちを出し合ったり、我慢したりしたことが今、生きていると思った。
そうして、むかえた次のリレーの日。結果は2位と2位だった。何よりうれしかったのは、もうひとつのチームを自分たちのチームのように応援していた子どもたちの姿だった。はじめからうまくいくはずなんてないのは、わかっているのだが、やっとスタートラインにたてた気がした。
そこからの17人の団結、やる気は凄かった。毎朝のように、走る順番を考えて、自分たちでバトンを用意して、何回もリレーをしていた。
そして、ついにその日はやってきた!
その日の練習では両方のチームとも接戦だったが、2チームともアンカーが先頭でゴールテープをきったのだ。あのときの、子どもたちのうれしそうな表情は今でも頭に浮かんでくる。みんながみんなを褒めあっている姿には思わず笑ってしまったが、本当にいい顔をしていた。
運動会当日……今までの子どもたちの姿、頑張りを見ていたので、結果はどうであれ、たくさん褒めて、ギュウっと抱きしめて、気持ちを伝えようと思っていた。結果は2チーム優勝! できすぎた話かもしれないけど、皆の気持ちがあったからの結果で、本当にうれしかった。たくさんの人に褒められている子どもたちを見て、私も誇らしい気持ちになった。
H男のひと言が、どこかでしょうがないと思っていた、私や友達みんなの心のわだかまりと向き合わせてくれた。H男のひと言がなかったら、不満はなかったかもしれないが、あの瞬間の感動は味わえなかったと思う。頑張れば何とかなるということを教えてくれた、自慢のメンバーと胸をはっていえる。
受賞のことば
この賞をいただいたときに、真っ先に浮かんできたのは、星組の子どもたちの、リレー後の笑顔でした。毎年、リレーで葛藤はありましたが、H男の言葉は強く胸に残っており、私を成長させてくれました。子どもたちに寄り添っているつもりでも、いつも子どもたちに気づかせてもらっています。子どもたちのサインに気づき、気持ちに応えられる担任でありたいと強く思います。子どもたちに、はっとさせられ、成長させてもらっている毎日です。
絵や作文では、賞と無縁だった私がこのような賞をいただき、子どもたちと毎日過ごせることは、幸せで天職と思っています。たくさんの思い出をくれた、絹ふたばのみんな、そして今を支えてくれている、取手ふたばのみんなに大きな大きな声でありがとうといいたいです。
講評
リレーのチーム分けをめぐって葛藤する5歳児の姿と、その子どもたちに対応しながら、保育者としての自らの姿勢を反省する過程が、ていねいに書かれている作品です。保育者は迷いながらも、子どもたちの葛藤と向き合い、子どもとともに在ることの意味を感じているのではないでしょうか。「……いろいろあったけど、みんなで気持ちを出し合ったり、我慢したりしたことが今、生きている」では、保育の醍醐味を感じました。それにしても、保育記録の行間からは、問題にぶつかりながらも、友達の気持ちに触れて、互いに励まし合い、たくましく生きる5歳児の姿を読み取ることができます。それは、まさに友達とかかわり合って新しい世界を切り開く、頼もしく成長する姿です。
神長美津子(國學院大學教授)