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日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第39回動物園のつくられ方

こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。

 

今回ご紹介する動物:ヒガシクロサイ・アミメキリン・グラントシマウマ・ダチョウ・アムールトラ・ケープハイラックス・アフリカゾウ(マルミミゾウ・サバンナゾウ)・ホンドギツネ・ホンドタヌキ・二ホンアナグマ・ハクビシン・オオサンショウウオ・マウス・シフゾウ
 
訪ねた動物園:広島市安佐動物公園

 
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夕刻、昔馴染みの飼育係に促されて草陰の水場からあがってくるのはヒガシクロサイのメス・ハナです(2018/7/27撮影)。ハナはオスのクロとともに1971/7/14に広島市安佐動物公園に来園しました。野生由来のため、年齢は推定で5歳とされ、誕生日も不詳なので来園した7/14と定められました。安佐動物公園自体が当時は開園準備中で、その年の9/1に開園を迎えたのでハナは文字通り、当園と歩みをともにしてきた動物でした。
 
 
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ハナとクロは1977年~1995年の間に計10頭の子をもうけ、これは現在も世界第二位の多産記録となっています。ハナの血を引く個体は国内外に広く飼育され、来孫(らいそん=子・孫・曽孫・玄孫に次ぐ五代下の子孫)までが生まれています。その後、1999年にハナ・クロは繁殖ペアとしての一線を勇退し、園路から遠望できる第二クロサイ舎で暮らしてきました。クロは2011年に亡くなりましたが、ハナは2015年に当時の世界最高齢記録に並び、以後、それを塗り替えてきたのです。
 
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マイペースな食事。人にもよく馴れているので、気が向くとふらりと格子際まで遊びに来てくれたりもしました(※1)。
そして、2018/9/7夕、軽いふらつきなどを見せたために強心剤などが処方され保温の措置がとられましたが、翌9/8朝、ハナは静かに息を引き取っているのが確認されました。苦しんだ様子もなく、静かに天寿を全うしたものと思われます(※2)。
ちょうどこんな巡り合わせとなりましたが、今回はそんなハナが生涯のほぼすべてを過ごした安佐動物公園を御紹介いたします。
 
※1.第二クロサイ舎でのハナの近影はすべて取材のために特別に立ち入らせていただいたときのものです。
※2.詳しくはこちらを御覧ください。
 
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まさに豆粒のような大きさから次第に近づけば、それはサバンナ随一の背丈のキリン。郊外型の動物園ならではダイナミックな展示効果です。
 
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テラスに立てば、そんなキリンと接近遭遇。長い舌を使った食事の様子も観察できます。
 
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さらなるサバンナの住人たち。グラントシマウマ、そしてダチョウ。羽色の黒が映えるのがオスです。
グラントシマウマは一頭の有力なオスが複数のメスを従えるかたちで群れをつくります。シマウマたちが群れるとパッと見には何頭いるかわかりません。よく知られている、体の縞のカムフラージュ効果です。シマウマの間ではオス同士で群れを率いるための争いが起きがちですが、十分な広がりを確保した展示場ゆえに、安佐動物公園ではそんな小競り合いもシマウマの自然な生活の一部として、あえて強い干渉はしていません。のびのびとしたシマウマたちは繁殖実績も高く、安佐動物公園は代を重ねての繁殖成功とその背景であり効果でもある群れづくりの功績により、動物園・水族館でのすぐれた繁殖実践に与えられる古賀賞を受賞しています(※3)。
 
※3.詳しくはこちらを御覧ください。
 
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こちらがハナの住んだ第二クロサイ舎に対するメインのクロサイ舎です。一見すると広い運動場に無造作に動物舎や植え込み、岩などが配されているように見えますが、野生では小規模な群れのほか単独生活を送ることも多いクロサイたちは、たとえば岩を挟んで微妙な距離をとったり、建物の陰で人目や他の個体から離れて一休みしたり、かと思えばそこから砂煙とともに登場したりと、しばし観察しているうちにこの飼育展示空間がきわめて機能的であることが分かってきます。
 
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クロサイ展示場の全景です。左手に設けられているのはライノテラス。安佐動物公園では動物たちと来園者をモート(濠)で隔てることで、視界のノイズとなる柵や檻を極力排していますが(※4)、このテラスはそれによって生じる動物と人の距離感を縮める体験の場となることを企図しています。先程御紹介したサバンナ展示でのキリンテラスと同一の趣向です。
 
※4.無柵放養式と呼ばれる技法で、20世紀の初めにドイツのハーゲンベック動物公園で大々的に活用されて以来、世界中の動物園に広まっています。
 
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フェンスの利用も動物との距離感を縮める工夫です。写真撮影が手軽なものになっている時代も配慮して、最近はウィンドウ形式も取り入れられていますが、特に猛獣の場合は爪による傷などで曇りやすく、一方でフェンスは動物たちの息遣いやにおいまで伝えてくれるなど、一長一短というところです。
 
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さて、ここに一冊の本があります。
 
小原二郎(1993)『動物園の博物誌』中国新聞社。
 
小原二郎(こばら・じろう)さんは安佐動物公園の初代園長で1971年~1983年まで在任でした。園の企画段階から関わっていたので、当園のプロデューサーともいえる人物です。その小原さんの文章をまとめた一冊ですが、歴史的視野も含めて動物園全般に及ぶ論が収められている一方、実際の安佐動物公園の設立・運営に込められた意図や想いも記されていて圧巻です。ここまでに御紹介した当園での動物飼育や展示の基本も、小原さんが定めたものと言えます。以下、「安佐動物公園のつくられ方」ともいうべき、この本を参照しながら進めていきましょう。
 
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ケープハイラックス、日本語ではイワダヌキと称される仲間のひとつです。大きめのウサギくらいの体、切歯(前歯)はげっ歯類に似て伸び続けます(げっ歯類とちがって、上顎の切歯だけですが)。運動能力も高く、野生でもこの展示場に通じる岩場を身軽に飛び回ります。そして、よく見れば足先に蹄?この動物は一体、何ものなのでしょうか。
生きものの分類の基本単位は種ですが、その上には属・科・目・綱……と上位のカテゴリーが続きます。哺乳類というまとまりは綱(こう)に該当します。そして、ハイラックスたちは哺乳綱イワダヌキ目ハイラックス科とまとめられ、およそ4種がいると考えられています。イワダヌキ目はハイラックス科のみで構成されます。
このように記すと、分類学的に稀少な珍獣だから飼育展示されているという印象を持たれるでしょうが、安佐動物公園の文脈としては別の意味があると考えられます。
前出の本で小原二郎さんは動物園を「地球の縮図」と呼んでいます。そこではさまざまな生きものたちが自分の住処を得、生活圏を展開しています。そして、数多くの生きものたちとそれをめぐる環境が全体として生態系を成しています。これを目の当たりに示すには数多くの動物種の飼育展示が必要になりますが、無際限なコレクションは不可能なので「分類の基準になる最小のもの」に絞るべきであると小原さんは述べています。
安佐動物公園では日本を含むアジアとアフリカに的を絞ったコレクションを行い、展示を構成しています。ここまでに見てきたのはアフリカの動物たちですが(トラのみがアジア産です)、そういう広がりで考えるとき、ハイラックスはイワダヌキ目という大きな分類群の代表ということになります。かれらの飼育展示は、アフリカの動物たちを全体として伝えようとする努力の一端と捉えられるのです(※5)。
 
※5.元よりアフリカの動物といっても、たとえばマナティーのような海牛類は飼育されていない等、現実的な制約はありますが、コレクションに理念的な方向性があることが重要です。
 
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こちらもアフリカ産のゾウたち。実はハイラックスは遠縁ながら現生の動物の中ではゾウや海牛類と近縁とされています。安佐動物公園には二種類のゾウがいます。上の写真で手前の小柄な一頭は森林性のマルミミゾウのメス・メイです。メイと一緒にいるのがサバンナゾウのメスのアイ、そして奥にいるのが同じくサバンナゾウのオス・タカです。最初、当園ではタカとメイだけを飼育していました。しかし、最近のDNA解析技術を使って調べたところ、タカとメイは別種とわかりました。そこでタカの相手として、あらたに群馬サファリパークからアイがやってきました。
動物園は世界中の稀少な動物を集めています。そうであるからには、それらの動物を健康に飼育し適正に展示して、来園者にかれら本来の姿と考えられるものを伝えていかなければなりません。また、たとえ展示のためとは言え、不用意に野生個体を調達することは出来ません。そのためには飼育下での繁殖が進められなければなりません。そういう営み自体が動物たちをより自然に飼育することにもつながりますし、飼育下とはいえ希少動物の生存を守ることになります。上記のアイの移動にはそんな意義に対する動物園間での共通理解と協力が現れているのです。そして、野生においてゾウのメスたちは群れをつくり、オスは馴染みのメスたちの群れと着かず離れず行動します。ミニマムなかたちながらアイとメイは群れを成し、その傍らにタカがいるということになりますから、アイの参入は、ゾウたちにより豊かな社会性をも与えたといってよいでしょう。
 
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続いて、当園のもうひとつの柱、アジアの動物の中でも特に力を入れられている日本産動物たちを覗いてみましょう。
よくよく目を凝らしてさえ隠れて見えないことがあるホンドギツネのメス・すずな。今年(2018年)の2月に保護されてきたばかりです。
 
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それでも時にはスリムな美貌を楽しませてくれます。
 
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かたやホンドタヌキ。そして、タヌキと「同じ穴の狢」と称される二ニホンアナグマ(※6)。
 
※6.このことわざとタヌキ・アナグマ、そしてキツネの生態との関わりは、こちらの記事を御覧ください。
「狢と狸」
 
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ハクビシンは日本に生息する唯一のジャコウネコ科動物ですが、最近の研究で台湾から人の手で持ち込まれたことがわかっています。かれらは元々、熱帯の森の樹上に適応しており、垂直の移動も得意です。当園でもそんな能力が発揮できるような動物舎の配置となっています。
 
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そして、安佐動物公園と地元の自然の結びつきを決定的にしたのが、このオオサンショウウオです。こちらは夜行性動物や両生爬虫類の屋内展示施設・はちゅうるい館2階のパノラマ水槽です。オオサンショウウオが暮らす川の中、繁殖に用いる巣穴も再現されています。オオサンショウウオの産卵は8月終わりから9月の初めにかけて行われますが、それに先立つ8月の初め、オスは産卵にふさわしい川岸の穴を占拠して、他のオスの侵入を排除しながらメスを待ちます。このようなオスは「ヌシ」と呼ばれています。やがて、この巣穴をメスたちが訪れては産卵し、ヌシはそのまま卵の孵化~生まれた幼生の旅立ちを見守ります(※7)。
 
※7.産卵期には他のオスも巣穴に出入りし、繁殖のチャンスを狙うことが知られています。下掲の本等を参考にしました。
 
広島市安佐動物公園・編(2007)『川の王さま オオサンショウウオ』新日本出版社。
 
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家畜などの身近な動物を中心に構成された「ぴーちくパーク」の中にある「どうぶつ子育ての家」でも成長中のオオサンショウウオの姿を観察することが出来ます。ここに掲げた2枚はどちらも5歳(2012年生まれ)の個体ですが、餌の与え方で驚くほどの成長の違いが生じます。このことからも野生個体の年齢判別は困難ですし、孵化の時期などがはっきりしている飼育下でのデータを積み重ねていく意義も大きくなるのです。
 
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どうぶつ子育ての家では、マウスたちの目を見張るような素早い成長の過程(写真は誕生直後と生後10日です)やブタの卵子の観察用プレパラートも展示しています。マウスたちは生後10日も立つと毛が生えて目も開きよく動くようになりますが、母親が子どものお尻をなめて排便の世話をするところも見られたりします。哺乳類(ブタ)も卵から生まれること、小さなマウスにも子育て行動が見られること、来園者はそんなあれこれを実感の中で納得していくのです。小原さんは書いています。
「現代の動物園は自然を知り、動物を知り、ひいては人の生き方を知る環境教育の場でなければならない」
 
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ここでオオサンショウウオと出逢った幼児たちの絵です。こうして、自分たちが暮らす地元の環境により深い理解を持った世代が育っていくのでしょう。
 
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こちらは非公開のオオサンショウウオ保護増殖施設です(※8)。安佐動物公園では長らく地元の川で野生のオオサンショウウオの観察と保護活動に取り組んでいます。この保護増殖施設はそれら野生での知見と、並行して積み重ねられた飼育下の実践の成果を活かしてつくられています(※9)。

※8. 毎月最終土曜日には1時間弱の特別見学ツアーが組まれています。こちらを御覧ください。

※9.詳しくはこちらを御覧ください。
 
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四連繁殖水槽では、金網部分が陽の当たる川の中央部、そこから狭い入り口でつながっている鉄蓋の下が繁殖用の巣穴の中の環境を再現しています。川を遡り巣穴を探して潜り込むという流れを経ながらヌシとなるオスの繁殖行動のスイッチが入るのです。
 
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繁殖用の水槽にはオスメス併せて5~7個体程度が入れられています。水温の変化を記録するデータロガーと呼ばれる装置と赤外線カメラによって、貴重な生態が記録されていきます。オオサンショウウオの繁殖行動には水温の変化が主な引き金になると考えられています(この水槽では8月末~9月末)。
 
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河川型繁殖水槽では井戸水を供給することで、自然の巣穴の奥からの湧水を再現しています。巣穴のかたちやそこへの入り口の数・大きさなどを変えたいくつかの水槽で比較飼育が行われていますが、野生の条件の再現性が高い方が産卵率がよいようです。
これらは野生のサンショウウオの生態調査から学ばれたことの活用ですが、同時にこうやって人工的に環境を整え、オオサンショウウオの飼育を通して可否を検証することで、環境が劣化してしまった河川にあらためて人工巣穴を設けてオオサンショウウオを保全するという試みも成果を挙げています。地元に密着した動物ならではの、野生と動物園のポジティヴなフィードバックが進んでいるのです(※10)。
 
※10.河川での人工巣穴設置の取り組みについては、こちらを御覧ください。
 
他にも飼育下ならではの採血による血中ホルモンの分析やエコーを使った精巣・卵巣の大きさの測定なども継続的に行われています。オオサンショウウオという魅力豊かな存在を科学的に読み解く営みです。オオサンショウウオに限らず、安佐動物公園は開園当時から園内でも盛んに研究会を行い、探究の成果を積極的に論文として発表している「研究する動物園」です。
なお、安佐動物公園の繁殖個体は広島市を流れる太田川に由来するもので、なんらかの理由で人の手で保護された個体についてもこの水系のものだけを受け入れています。
野外調査の概要は、こちらを御覧ください。
現在、オオサンショウウオの生息域の多くで環境破壊といった問題だけでなく、人の手で移入された中国大陸産のチュウゴクオオサンショウウオとの交雑も大きな脅威となっていますが、安佐動物公園の個体群は必要ならば将来、元の流域に野生復帰させることも可能な血統が守られているのです(生息域外保全)。
 
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幼生水槽です。個体識別と血統管理のためのマイクロチップを埋め込む前の10歳程度までの個体が飼育されています。幼生たちが身を潜められるパイプのほかに、同じ世代でも成長が遅い個体を他の個体の干渉から守るために三角コーナーが活用されています。
 
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安佐動物公園オオサンショウウオめぐりの最後は入場ゲートに程近い動物科学館です。広島県高宮町立エコミュージアム川根で飼育されていた個体の標本で、全長150.5cmは日本一の大きさです。かれと向かい合いながら、日本が世界最大級の両生類オオサンショウウオが住む国であることを再認識してみてください。
 
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もうひとつ。アジアに住む稀少な動物を御紹介します。その名もシフゾウ(四不像)。中国語で「四つの似て非なるもの」といった意味合いです。角はシカ・頭はウマ・蹄はウシ・胴体はロバと称されます。実際にはシカ科の動物で、当園でもオスのアスカには角がありメスのアオイにはないことなど、シカ科としての特徴を示しますが、1865年にフランスの神父で博物学者のアルマン・ダヴィッドが中国の皇帝の庭で飼われているのを発見した段階で既に野生では絶滅したと考えられる珍獣でした。この写真にもあるように湿地や水辺を好み、蹄もよく広がって柔らかい土でもめりこみにくいなど、本来はそのような環境で暮らしていたと考えられます。
その後、ヨーロッパの動物園での飼育が始まり、日本でも1888年(明治21年)に上野動物園に渡来したペアの繁殖記録がありますが、明治時代の間に絶えています。中国本国でも内乱を含む相次ぐ混乱の中で皇帝の庭園もそこで暮らしてきたシフゾウも姿を消します。ヨーロッパでは第一次世界大戦を経る中で動物園個体が死に絶えてしまいました。現在のシフゾウたちはイギリスの貴族ベッドフォード公爵が自身の大庭園で飼い続けていた群れを基にあらためて世界各地の動物園にもたらされたもので、現在、中国現地では野生復帰の事業も進められています。日本への二度目の渡来は1963年の多摩動物公園が皮きりで75年ぶりの来日でした。
しかし、動物園がシフゾウを復活させたとだけ言って済ませることは出来ません。明治の日本がシフゾウを求めたのは、この珍獣を欧米が争って入手しているのに対抗してのことでしたし、それら欧米のシフゾウ獲得熱には、世界のすべてをコレクションしようとする博物学的欲望が感じられます。それは植民地支配を広げる動きと無縁ではありませんでした(※11)。
以下は小原さんの著書に引かれた安佐動物公園創設以来の理念です。
「動物園は平和のシンボルであります。そこには全ての生き物が平等に生きる権利を主張し合いながら仲良く暮らしている姿が見られます。
人間はその発達した知恵によって、あらゆる生物をしのいで地球上を制する力を得ました。しかしその人間は余りにもわがままな生き方をしようとして、自分たちだけが良ければよいようなことをしたり、隣り合った者たちが争いを起こしたりするようになりました。その結果はいろいろな公害や戦争による荒廃として人間自身が苦しまなければならないようになりました。そして今、人間は自身の知恵で公害を無くし、平和を実現する唯一の方法は、あらゆる生き物を含む自然を大切にしなければならないことを再発見しています。
広島市はその平和を実体とする都市づくりをしています。その一つに長い間市民の待望していた豊かな緑と真実に満ちた安佐動物公園を開設いたしました。
安佐動物公園はたくさんの野生動物が健康に生活する姿を通じて、生命の尊さを知ることこそ真の平和を得る方法であると主張します」
 
※11.シフゾウについては以下を参照しました。
 
ヴェント、H.(1988)『世界動物発見史』平凡社。
高島春雄(1986)『動物物語』八坂書房。
 
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これはクロサイのハナの背中です。傷跡があるのがわかります。晩年まで血が滲むこともありました。調べた結果、これは銃で撃たれたものとわかりました。野生での幼い頃、ハナの母親は、角目当ての密猟者の弾に斃れたのかもしれません。ハナも撃たれたものの幼すぎて見逃されたのでしょうか。真相はわからないままです。
 
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再び、展示エリアのクロサイ舎。水浴びに興じるのはメスのサキ(ハナの第九子)と2016/8/13生まれのサキの娘・ニコです。ニコはサキの七番目の子になります。和むかれらを見ながら、わたしたちもまた心おきなく和める、そんな世界が保たれなければなりません。動物たちと和む世界、それは自明にあるのではなく、自ずから生じるのでもなく、わたしたちが自らつくるものなのです。
 
動物園に行きましょう。
 

広島市安佐動物公園
 
写真提供:森由民

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