トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第41回廃校水族館体験入学

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第41回廃校水族館体験入学

こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい水族館や動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
 
今回ご紹介する動物:アカウミガメなど、高知県・室戸周辺の生きものたち。その他、海と土地がつなぐ縁による生きものたち。以上、標本類を含む。
 
※1.今回は記事の特性から種名表記は参考的なものにとどまっています。
 
訪ねた水族館:むろと廃校水族館
 

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スタッフたちに運ばれたアカウミガメは保育園児たちが見守る中、砂浜を歩いていきます。
 

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濡れた砂、波を浴び、海の中へと還りました。日本ウミガメ協議会によるリリースの様子です(※2)。このウミガメは定置網にかかってしまい保護されましたが、各地でウミガメの調査保全に携わる方たちをつなぐネットワークである同協議会によって、無事に海へと戻されたのです。
 
※2.同協議会についてはこちらを御覧ください。
 

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ウミガメがリリースされた浜から程近いところ。椎名小学校の名が見える一方でバス停の名は、むろと廃校水族館前となっています。その名の通り、かつての小学校の校舎が生まれ変わった水族館がここです。そして、この水族館を運営しているのが、日本ウミガメ協議会なのです。
 

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学校なので始業と下校があります。
 

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扱われるグッズもこんなものが。学校の購買部で売られている文房具という感覚です。一方で記されたワンフレーズは水族館風味。
 

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ちなみに一番人気のアイテムは地元・室戸の定置網漁でも知られるブリのぬいぐるみ。一回1000円の三角くじは、当たるぬいぐるみの大小はありますがハズレはありません。この写真は事務所の中で撮らせていただきましたが、ブリだけにこんな飾り方も似合います。こだわりのポイントは尾の色。「ブリといえばイエローテイル」とのことです。
 

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館内では展示も掲示も学校備品をフル活用しています。
 

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クラス替え。新しく入ってくる展示動物は転校生と称されます。
 

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こちらはゴンズイの水槽。ゴンズイ玉と称される群れでの行動で知られていますが、このような群れを英語ではスクールと呼びます。まさに学校なのですね。
 

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カミナリイカは特徴的な姿や動きで人気を集めています。御覧のように当館はどちらかというとシンプルな水槽構成がメインで、長期飼育や繁殖は必ずしも目標とはされていません。目の前に広がる海からひととき借りた生きものたちを展示する、そんなスタンスといえるでしょう。
 

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いくつかの展示室=教室に設けられた円形水槽だけが、いわば本格的な水族館設備です。多くの水族館ではさらに大きな水槽で、さまざまな魚たちのひとつとして泳いでいることが多いエイですが、当館ではそのユニークな泳ぎをくっきりと見せてくれます。当館は「目玉がないのが目玉」などとも自称していますが、のんびりとした観察で、知っているような気になっている動物たちの新たな魅力の発見を促しているともいえるのです。しばしば、エイを追いかけて駆け回る子供たちの姿も見られるとのことです(※3)。
 
※3.他の教室の大水槽は直径3メートルですが、エイの水槽はかれらが存分に動き回れることを企図して直径3.5メートルとなっています。
 

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穏やかモードのハリセンボンとアカウミガメの幼体。冒頭でも御紹介し、室戸周辺での日本ウミガメ協議会の活動対象のメインともなっているこのカメは、当地から太平洋をハワイ・メキシコにまで回遊しますが、産卵・孵化はこの土地の浜辺で行われています。
 

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学校の設備であっても水族館は博物館。自学自習がモットーです。このエビは?ゾウリエビ。タビ(足袋)エビとも呼ばれます。どんなエビなんだろう?そう思ったら備え付けられた図鑑をどうぞ。
 

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観察の段取りも自分でつけましょう。この水槽は海洋深層水です。それだけにすぐ結露します。室戸周辺の海底は数キロ沖で崖のようになっており、一気に水深1000メートルに及びます。この特質を活かして水深300メートルほどに設けられた取水口から深層水を汲み上げ、食品加工に利用します。水槽内の魚たちは取水口から吸い上げられ、陸上で選り分けられたもので、いわば「陸上で捕まった深海魚」です。
 

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この黒板の通り、日本ウミガメ協議会は長年にわたり、室戸周辺の海で4000頭以上のウミガメを調査してきました。この間、あれこれの海洋生物の標本の蓄積も進めてきました。これらを基礎に今年(2018年)4/26にこの水族館が開設されました。
協議会として調査を継続し持続的な保全拠点を築き学生や研究者の利用に供することも大きな目的ですが、この土地で過ごすうちに地元の自然のみならず昔から海と関わってきた室戸の方々の人柄や文化に魅せられた会のメンバーたち自身が、この土地に関わり続けることを望んだ結果です(※4)。
 
※4.既に御紹介したイエローテイルのブリのぬいぐるみも、地元の漁師さんに「よくぞ、こだわった」と認めていただきたいという想いが込められています。
 

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標本の中には貴重なものも多数ありますが、肩の力の抜けた展示、型にはまらないまなざしが大切にされています。
 

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学校椅子の上のリュウグウノツカイ。
 

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こちらは深海性のムツエラエイ。2015年に定置網から発見されたときには、まだ日本で6例目の記録でした。先程のリュウグウノツカイなどは特異な姿から珍重されますが、実物標本の稀少性から言えば、このエイの方が勝るとのことです。
 

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さまざまな剥製の集積。ペンギン鳥という表記も歴史を感じさせます。あるいはまた椰子の実は遠き島より流れ寄りしものか。

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階段の踊り場も有効活用。さまざまな種類のカメたちの剥製、かつての御祝儀やお土産としての扱いから稀少動物の標本として博物館等に寄贈されたりする最近の流れが解説されています。
 

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そして、日本ウミガメ協議会の活動を伝えるパネル。海に囲まれた国でわたしたちが積み重ねてきた営みを見つめ直し現状を知り、これからの行く手を見定める。それはわたしたち自身の課題にほかなりません。
 

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これもまた、太平洋を広く周遊するウミガメが結ぶ縁。館内の生きものたちの解説の英訳はハワイ大学で日本語を学ぶ学生たちが請け負いました。彼らは正確さとともに、館を訪れる子どもたちにも親しめるものを、という想いを込めて仕事を進めたとのことです。
 

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こちらは元・理科実験室。教科書も展示されています。そして、ウミガメの卵や甲羅のハンズオン。
 

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理科準備室もいまは公開スペースです。棚に収められたツバクロエイの骨格。
 

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理科室といえば、お約束……?
 

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こちらは定置網の模型です。地元を代表する産業であり、当館の展示動物の多くの由来ともなっています。
 

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学芸員実習なども含めて、当館は学生たちの研修・研鑽に貢献することも企図しています。その意味もあり、図書の収集には積極的です。地元の方々からの寄贈もしばしばです。
書棚の上のクジラの骨格は2011年に解体された個体です。
 

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手洗い場を転用したタッチプールも話題となっています。
 

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水槽の普及以前、伝統的な金魚の鑑賞法は上から見下ろすかたちでした(※4)。意図せざる結果ながら当館でもそんなまなざしが得られます。
 

※4.こちらの記事も御覧ください。
「こがねうお、鉄の魚」
 

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こんなアイテムも、中で暮らすミズカマキリなどとともに地域の自然とコミュニティを反映しています。
 

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備え付けの黄色い傘も学校らしさを意識しています(これは館としての購入品です)。
そして、雨の日にはこの傘たちが活躍することもある屋外には……。
 

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学校プール転じて屋外大水槽です。
 

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シュモクザメ、そしてここにも保護個体のアカウミガメ。
 

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小プールには金魚が泳いでいますが、よく見ると協議会の名が記された機材もあります。
 

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地元の高知海洋高校が作成・寄贈したベンチが配されていました。
 

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最後にこの足踏みオルガンです。これは椎名小学校からの引継ぎ品でも、近隣の学校からの寄贈品でもありません。千葉市に住む年配の女性からの贈り物です。テレビで、むろと廃校水族館を御覧になり、60年以上前に両親が買ってくれたオルガンを、処分したりしまい込んだりではなく、子どもたちが親しんでくれればと託されたのです。
ここは一風変わった水族館です。けれども、学校という施設特性をフル活用し、学校という存在ともつながる地元のにおいのするありようを示しています。いまだ始まったばかりの歩みですが、そこから今後の動物園や水族館のあり方や、地域の人々と自然をつなぐ活動への、多くのヒントが得られることでしょう。それは当館そのものの将来にもフィードバックされていくことでしょう。
 
水族館に行きましょう。
 

むろと廃校水族館
 

写真提供:森由民

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