日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第48回未来に残す地域の自然
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:オニダルマオコゼ・ガンガゼ・トラウツボ・ホライモリ・アジ・ドチザメ・カワバタモロコ・ネコギギ・ミカワサンショウウオ・ニホンイシガメ・アユ・トルキスタンゴキブリ・マメザトウムシ・アオモンイトトンボ
●訪ねた水族館:碧南海浜水族館
コンパクトながらもユニークな水槽たち。たとえば、オニダルマオコゼ。岩に紛れる見事な進化に感心しながらも、どこかユーモラスな風貌が親しみを誘います。
子どもは元よりおとなも「ん?」と足を止めるクイズ。観察ポイントの導きともなっています。
この水族館では写真撮影を推奨しています。ルールさえ守れば、写真はこよなく楽しい思い出となるでしょう。
ところどころの水槽に貼られた「フォトジェニック」の表示。館のスタッフが何をお勧めしているのかを垣間見るのもまた楽しめます。
これは各種のウツボを集めた水槽でした。威風堂々のトラウツボ。
三河湾・伊勢湾という海辺に恵まれ、山々から注ぐ水系も豊富な愛知県には、多くの水族館があります。その中で1982年に開館した碧南海浜水族館は碧南市教育委員会の管轄下の登録博物館として、特に教育機能を核とした存在です。小学二年生の生活科・四年生の社会科・六年生の理科と付近の学校との連携も緊密です。
しかし、決して堅苦しい雰囲気ではないのは御覧の通りです。クイズに頭を捻り、写真撮影に工夫を凝らすうちに、知らず知らず観察が深まっていく、それがこの館のあり方です。
珍しい生きもの。ホライモリはクロアチア共和国周辺の洞窟内の水中に生息し、ドラゴンの子どもと信じられてきたと言います。さすがにドラゴンにはなりませんが、成長すると体長30センチほどとそれなりの大きさになります。クロアチアは2005年の愛・地球博の際、碧南市のフレンドシップ国となりました。その縁で贈られたのがホライモリで、国内ではここだけの飼育展示です。
本来の生息地を思わせる低温環境。暗く冷たい水に住むかれらは目が退化し、生涯エラが消えることのない幼形成熟の動物で、その寿命は80~100年とされています。
このような動物がどのように進化してきたのか。近縁種との関連はどうなっているのか。文化的なきっかけでこの館にもたらされたホライモリですが、その存在は生息環境と結びついて興味深い謎に満ちています。碧南海浜水族館はそのことを的確に伝えようとさまざまな解説プレートなどを設けています。
そんな館の最新施設のひとつが、今年(2019年)3月にリニューアルされたばかりの大水槽です。主役というべき存在はアジ。ここまでにも述べたように、この水族館は開設当初から地元に根差すことを軸にしている水族館です。
この大水槽がどのようにつくられたか。リニューアルにあたっての魚たちの一時移動や他館への転出などはどのように行われたか。備え付けのディスプレイが教えてくれます。地元ゆかりの魚を、かれら本来の生息環境に近づけたありさまで展示する。その苦心を具体的に知ることが出来ます。
手作り感もこの館の魅力のひとつ。たとえば、水槽のパッキングに使われているシリコンをかじってしまう魚もいます。それに対抗してカバーの貼り付け。このような日々の運用については、館のスタッフ自らが補修に努めることになります。
一方こちらはプロ(業者)の入魂の仕事。伊勢湾を望む灯台の周辺の実際の風景を再現しています。
この展示の水槽内で暮らすのは、まだ幼いドチザメです。既に御紹介した大水槽で生まれ、こちらに引っ越してきました。
さらにこちらは淡水系。遠く長野県に発して三河湾へと注ぐ矢作川をモデルとしています。日本の淡水生物は水系ごとのヴァリエーションに富んでいますが、この展示は矢作川の上流・中流・下流を特徴づける動物たちを、文字通り流れに沿って紹介しています。
こちらはまた別の水槽ながら、静岡・愛知県以西に生息する希少種カワバタモロコです。「絶滅危惧種の保護・繁殖活動に取り組む愛知県では唯⼀の水族館」を自負する碧南海浜水族館は、このような地元の希少種の飼育展示に積極的に取り組んでいます。
稀少種を飼育下で繁殖させていくことは、生息域の外で種を保存する大切な取り組みであり、飼育繁殖自体が貴重な知見を生み、動物たちを守る技術の向上につながります。そして、教育機能が充実した館ならではの伝えていく働きも重要です。水族館は、なぜ生きものを展示するのか、碧南海浜水族館はそんな問いが生まれてくる場で自前に発信し、答えを創り出す営みを続けています。
ネコギギはナマズに近縁ですが、愛知県・岐阜県・三重県、つまり伊勢湾・三河湾に注ぐ川の中上流域にしかいない固有種です。1977年に国の天然記念物に指定されましたが、河川改修をはじめとする開発によって生息地が狭まっています。碧南海浜水族館はこのネコギギをマスコットキャラクターにしています。
水族館は都市の施設です。たとえ郊外にあってもそれは変わりません。この館は稀少種の飼育繁殖や展示を軸とした環境教育を通して保全活動に貢献することを目的としていますが、このような水族館が設立されること自体が海辺の開発と都市化の歴史の一環であることもしっかりと意識されています。開発した分、環境への意識と責任感も育て保ち続けていかなければならない。いわば、そんな想いがこの水族館をスタートさせたのです。
そして、地道な取り組みとその意味を伝える努力は人びとにも響き、沁み込んでいきます。この春の大水槽のリニューアル完成の背景で、それを明かすような出来事が起きています。こちらのガバメントクラウドファンディングです。
「このままでは絶滅!ウシモツゴたちを救い地域の自然を未来に残したい!」
上記のリンクから引用すると、このガバメントクラウドファンディングの目的は、募った基金を「希少淡水魚の飼育・繁殖に要する費用や、希少生物の保護・繁殖活動の重要性を多くの方に知って頂くための周知事業」に活かすことでした。言ってしまえば地味な呼びかけです。コマーシャルめいた華々しさはありません。しかし、結果は見事に成功。設定額を上回る寄付が集まったのでした。タイトルに掲げられたウシモツゴはネコギギ同様に分布が限られ、愛知県・岐阜県・三重県のみで生息が確認されています。ため池といった人工的な環境がかれらの重要な生息地となってきましたが、人の生活の変化はそのような場所を急激に減らし、ウシモツゴも絶滅の危機にあります。愛知県では最も危険度の高い絶滅危惧IA類に指定されています。
こちらはミカワサンショウウオです。2017年に正式に新種と認定されましたが、その名の通り、三河地方 (愛知県東部)にのみ生息しています。碧南海浜水族館にとっては守るべき地元在来種のひとつで、今年から同県内の豊川市の「ぎょぎょランド」に次いで全国二番目の飼育展示館となりました。先程、クロアチアのホライモリを御紹介しましたが、ここまでのお話や、同じく両生類(有尾類)のこのミカワサンショウウオの存在と照らし合わせるなら、もの珍しさを超えて、またちがった感覚が生じるのではないでしょうか。
さて、今度は屋外施設です。こちらもこの春のリニューアル施設ですが、この展示の住人は……。
ニホンイシガメは本州・四国・九州などに分布する日本固有種です。既に陸地部では産卵が行われています。碧南海浜水族館では毎年たくさんのニホンイシガメが生まれています。
プロの写真家やデザイナーによる解説プレート。解説は展示の一部です。それは展示が何かを伝えるためのものであるというのと、ひとつことです。
ニホンイシガメの展示からはさらにビオトープの景観が開けます。
植えられた樹などはまだ成長の最中ですが、それ自体として生きた存在であるビオトープは徐々にその姿を充実させていくことになります。
ビオトープ内の川や池の源流にあたるこちらではアユなどの姿が垣間見えます。
元よりビオトープ本体にも魚たちは暮らしています。既に御紹介したカワバタモロコもガバメントクラウドファンディングのタイトル動物となったウシモツゴとともに放流され、ここでも繁殖が行われています。これらの種を継続して守り育ててきた、この水族館の現在形の成果です。
ビオトープの一角には「希少淡水魚保護施設」と銘打たれた囲い込みがあり、館が行っている生息域外での保全活動の実際を紹介する役割を果たしています。
しばし場を移しますが、こちらは館内のバックヤードです。展示水槽たちを見下ろすことが出来ます。
時には水際に踊るエイの姿なども。
バックヤードについても、この水族館でははじめから一般市民の立ち入りを前提として設計されました。学校との連携という点からは、もっぱら小学六年生の理科の枠での見学ですが、13年前からは毎土日を原則に来館者に対するバックヤードツアーを本格化しています。
そんなバックヤードの一角にも、カワバタモロコ・ウシモツゴ・ネコギギの希少淡水魚繁殖水槽があります。ビオトープにつくられた囲い込みの中も、この施設とそこでの事業の発展形ということになります。
再びビオトープです。この施設全体がつくられてきた経緯も掲示されています。この「ビオトープだより」は現在進行形で数を増やし更新されている最中です。
いささかの遊び心も込めて。ビオトープの回遊路にはいくつかの動物の足跡が描かれています。
そして、そのような足跡と響き合うであろう特別展示が現在開催中です。
「あしコレクション」~9/23(月・祝)、館内 2F 研修室。
今回の取材時(2019/7/19)にはまだ開催準備中でしたが、少しだけ覗かせていただきました。
左手にいろいろな動物たちの足の数を比較したランキングが掲げられていますが、その全容は実際に足を運んで御覧ください。
イエネコとツシマヤマネコ。ビオトープの足跡と比べてみましょう。
同じ愛知県三河地方の岡崎市東公園動物園のアジアゾウ・ふじ子の足跡です(※1)。
※ふじ子については、以下の記事を御覧ください。
「ゾウを慮る」
トルキスタンゴキブリは中東原産と考えられますが、近畿地方の港湾地域などで目撃され、愛知県でも見つかっています。昆虫なので六本足。
一方でマメザトウムシはクモ類とはかなり遠い系統ですが八本の足を持ちます(※2)。
※2.ザトウムシやサソリはクモガタ綱というまとまりに属し、その名の通り、そこにはクモ類も含まれますが、綱という単位は、すべての昆虫をまとめたものといった規模(昆虫綱)に匹敵し、そのレベルでの近縁性を強調することが常に有効であるとは言いかねます。
最後にこちらはリアルタイムでビオトープへの訪れを観察できた野生動物。アオモンイトトンボの産卵です。このようにビオトープはそのまま地域の自然に開かれており、時には野生動物たちの繁殖場所などとしても機能します。そして、訪れるわたしたちの学びも深まっていくのです。
この島はカワセミが営巣してくれることを期待して設置されています。先に述べた植栽の生長といったものだけでなく、こんなかたちでの展開も期待されていくことになります。
碧南海浜水族館はその地道な実践の積み重ねからビオトープを生み出しました。そのビオトープの発展は館の新しい歴史にほかなりません。
水族館に行きましょう。
特別展「あしコレクション」~9/23(月・祝)場所:館内2F研修室
◎碧南海浜水族館
写真提供:森由民
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