日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第49回テイルズ・オブ・テイルズ(尻尾の話をいくつか)
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:ハートマンヤマシマウマ・ポニー・ウシ・ミナミコアリクイ・アカエリマキキツネザル・オオカンガルー・コアラ・マーラ・ハツカネズミ・二ホンリス・オグロプレーリードッグ・二ホンモモンガ・チビフクロモモンガ・グンディ・ハダカデバネズミ・コツメカワウソ
●訪ねた動物園:埼玉県こども動物自然公園
夕日に映えるハートマンヤマシマウマ。この展示場の美しさが際立つ時間のひとつです。
シマウマにはいくつかの種や亜種が知られていますが、それらはお尻の模様で見分けられます。ハートマンヤマシマウマの場合、太くて間隔の空いた縞が特徴ですが、もうひとつ、尾の模様も独特です。なんだか、マンガの焼き魚の骨みたいにも見えませんか。
尻尾の模様が注目されることからも気づかれるように、シマウマとウマの尾のありようははっきりとちがいます。この写真はオスのポニーの玄徳。今年で30歳でちょうど平均寿命に達したというところですが、のんびりマイペースに過ごしています。
動物たちの尾にはいろいろな効用がありますが、ウマやウシの場合、尾を振って、たかってくる虫を追うのにも役立っています。埼玉県こども動物自然公園の牧場施設は、郊外の丘陵という立地を活かした本格的なもので、ウシたちのいろいろな行動や仲間同士のやりとりなども、ゆっくりと観察できます。
そんなわけで今回は、広々としたこの園内を散歩しながら、いくつかの動物たちの尻尾の様子をコレクションしてみましょう。
ミナミコアリクイ。その名の通りにアリ食に特化していますが、比較的小型のかれらは樹上を主な活動域としています。
特殊な食性に対応して、アリクイの口はほとんど開きません。しかし、その隙間からねばねばした長い舌を突き出すことでアリやシロアリを絡め取ります。埼玉県こども動物自然公園では、肉・ヨーグルト・昆虫食対応のペレット(固形飼料)をすりつぶしたペースト状の餌で対応しています。給餌の際には、前述の長い舌の動きも観察することが出来ます。
そして尻尾。ミナミコアリクイの尾はぐるりと巻きつけることが出来ます。これによって樹上での思い切った活動が可能となります。
ぴんと伸ばせば、バランスを取ることも出来ます。かれらの尾は、樹上生活への優れた適応の一例といえるでしょう。
こちらも長い尻尾が目立つアカエリマキキツネザル。マダガスカルに棲む原始的な特徴を残した霊長類(原猿類)のひとつです。現生のキツネザル類の中では大型種ですが、後ろ足だけで枝からぶら下がる能力を持ちます。これによって果実や木の花の蜜などを採ります。
しかし、御覧の通り、かれらの尾は巻きつくことはありません。あくまでもバランスを取るのみです。長い尾を持ち、樹上で暮らす動物の場合、尾が巻きつくタイプかどうかに注目してみるのも、よい観察ポイントと言えるでしょう。
オオカンガルーの生活でも尻尾は活躍しています。ゆっくりと動く際、かれらは前足と尾を支えにしています。尾は筋肉が発達しており、オス同士が力を競い合う時には、瞬時ながら尾だけで体を支えて、両足での蹴りを繰り出すことが出来るほどです。
けれども、ジャンプしながら高速で移動する際には、尾はぴんと伸ばされて、前に伸ばされた上半身とともに空中でのバランスを取る働きに用いられています。
こちらもオーストラリアの有袋類・コアラ。かれらの中国語名は無尾熊と言います。鋭い爪がある前後の足は枝を掴むことが出来て、樹上生活への適応を示しますが、確かに尻尾はないように思われます。
しかし、実はコアラにも尾はあるのです。ほんの1cmほどのそれは体毛に埋もれ、こうやって特別に撮影しないとわからないほどではありますが。
あるかなしかの特徴的な尻尾と言えば、アルゼンチンからチリにかけてのパタゴニアと呼ばれる地帯に住む齧歯類・マーラも挙げられます。埼玉県こども動物自然公園では、園内にマーラを放し飼いにしており、草原に暮らすかれらの本来の生態を考えるきっかけとなっています。
ハツカネズミ。齧歯類の中でも、かれらは尾の長さが際立つ代表と言えるでしょう。
御覧のように展示ケースの外にも金網の通路が続いています。こうして、ハツカネズミたちがさまざまな空間を自在に動き回る能力を持つことが一目瞭然となっています。
ハツカネズミたちの居場所は厩なのです。そして、その一角にはメンフクロウの姿も。
ネズミたちにとって農家の納屋はレストランのようなものです。フクロウは、納屋の作物を荒らすネズミを食べてくれるということで農家に歓迎されました。こうして、メンフクロウは「納屋のフクロウ」という愛称を得るようになったのです(※1)。
※1.詳しくはこちらを御覧ください。
「メンフクロウとドブネズミ」
樹上に適応した齧歯類と言えば、何よりもリスが挙げられるでしょう。ふわふわの大きな尻尾は一目でそのような生活の中でのバランサーであることを納得させてくれます。
二ホンリスが展示されている「どんぐりのもり」は現在工事中ですが、再開を楽しみにいたしましょう。
※11月下旬には再開予定
こちらは北アメリカに分布するオグロプレーリードッグ。さきほどの二ホンリスの写真と比べると、顔立ちなどよく似ているのがわかると思います。プレーリードッグは齧歯類、リス科の動物なのです。
一方でプレーリードッグと二ホンリスの生態は大きくちがいます。プレーリードッグは一頭のオスと複数のメスで群れをつくり、一族の単位で巣穴を掘ります。北アメリカの草原ではオグロプレーリードッグの群れが隣近所をつくるように集まり、全体としてタウンと呼ばれる数百頭のまとまりとなることが知られています。
種名も尾の先端が黒いことで名づけられているかれらですが、その尻尾やずんぐりした体型などに巣穴での生活との適合を見て取ることが出来るでしょう(※2)。
※2.巣穴を掘る「地リス」にも尾がかなり目立つ種もいるので、あくまでも傾向的なものにとどまりますが。
埼玉県こども動物自然公園では、来園者自身がプレーリードッグの目線を体験できる仕掛けも設けられています(来園者の御了解を得て掲載しています)。
さらにリスの仲間には、樹上のみならずそこから宙を飛んで見せるものもいます。二ホンモモンガもそのひとつ。二ホンリスよりも平たい尾は空中での安定をもたらします。
オーストラリア東海岸の森に住むチビフクロモモンガです。埼玉県こども動物自然公園では、2013年から国内初の飼育を始め、2015年以降は毎年、繁殖にも成功しています。体長と同じくらいの長さの尾は二ホンモモンガ同様に平たさが際立ちます。かれらは有袋類ですが、その姿かたちや習性は齧歯類のモモンガと共通点が多く、異なる系統の動物が同じような環境条件に適応して形態・生態を似せていく収斂進化の実例となっています。
チビフクロモモンガはフェザーテイルと呼ばれており、その愛らしい尻尾は滑空に役立つだけではなく、巣材を巻いて運ぶといった習性も知られています。
二ホンモモンガたちが展示されているのは、このecoハウチューです。取材時(2019/9/1)にはまだ開設準備の大詰めという状況でしたが、特別に内覧させていただいたので、今回の原稿の主旨に沿って、ささやかながら御紹介します(※3)。
※3.下掲リンクも御覧ください。
埼玉県こども動物自然公園 Saitama Children’s Zoo
施設の根幹は専門の業者たちがつくりますが、それに手を加え、魅力的な施設としての運用を可能にしていくのは、スタッフたちの手仕事です。このエントランスガーデン風の植栽も、ちょうど取材に伺った日に造られました。
猛獣はおらずキリンなど大動物も数えるほどで、むしろ身近な動物や家畜などを中心に組み立てられていると言える埼玉県こども動物自然公園ですが、以前から齧歯類のコレクションは充実していました。
齧歯類は世界中に分布し、さまざまな環境に適応しています。穴を掘ったり木に巣をつくったり、果実や種子・草木などを食べることも含めて、齧歯類の活動は環境に影響を与え続けています。時には他の動物の獲物となって、いのちとエネルギーの連鎖を創ります。こうして齧歯類はそれぞれの土地にあって生態系の一翼を担い、生態系を創造・維持するエコな存在なのです。多くは小型種ということもあり、寒熱の厳しい時には巣穴に籠ったりしてじっと耐える姿も無理なく環境に合わせるエコな姿勢と呼べるかもしれません。埼玉県こども動物自然公園は齧歯類のそのような多様性をモデルに、動物の世界の豊かさを伝えようとしてきたのだと思います。
ecoハウチューは、そうやって積み重ねてきた実績の上で拓かれる新たな展開です。前述のような齧歯類のエコな姿だけでなく、施設の電源の一部を地熱で賄うといった工夫もなされています。既に御紹介したチビフクロモモンガやアジアの森に住む夜行性の原猿類・レッサースローロリスなど、齧歯類以外の動物も比較対照の一環として展示されています。
二ホンモモンガたちは昼夜を逆転した夜の世界に展示されていますが、こちらは昼の世界。岩場を模した中にいるのは、これも日本初の展示となるグンディです。アフリカの砂漠に住むかれらは、まさにこのような景観の中で、時には岩陰に潜み、時には険しい岩肌をも素早く動いて暮らしています。尻尾はぽよぽよと毛が生えるのみですが、観察しているとモルモットの半分くらいの大きさながらにしっかりした足をしているようで、これが大いに活用されているのではないかと思われます。埼玉県こども動物自然公園でのこれからの飼育の中で、かれらのいろいろな秘密がわかってくるのではないかと期待されます。
もう一度、夜の世界。蛍光ペンでのイラストの試し描き。いかにも漫画のキャラクターのようなユーモラスな姿ですが……。
実はおおむねリアリズムなのです。ハダカデバネズミはケニア・エチオピア・ソマリアに分布し、女王と呼ばれるメスを中心とした群れで、地中にトンネルを張り巡らした巣の中で暮らします。この動物も1998年夏に埼玉県こども動物自然公園が国内初の飼育を開始しており、今回のecoハウチューでもメイン・キャラクターのひとつとなっています。
ハダカデバネズミ来日20周年だった去年から、ナイト・ズーでは布張りの大きなランタンが登場しました。今年も秋のecoハウチュー開設の前触れを兼ね、建設中の建物の前に飾られました(2019/8/17撮影)。
こちらは南アメリカ大陸の齧歯類ビスカーチャ。埼玉県こども動物自然公園は以前にも飼育歴がありますが、ecoハウチューにも導入が予定されています。
尻尾コレクションから、いささか話を広げて、新施設ecoハウチューにも触れましたが、最後にこちらを訪ねてみます。
コツメカワウソは、群れをつくる習性があり、何種類もの鳴き声で賑やかにコミュニケーションを取るなど、いかにも可愛いとか人気者とかいった扱いにふさわしい動物です。カワウソ全般が人間の赤ん坊を思わせる顔立ちで二本足で立ち上がるなど、擬人化しやすい特徴を持ちます。
しかし、かれらが二本足で立つ時、わたしたちとはちがって尾でバランスを取っていること、丁寧に観察するなら、そういうポイントも見逃せないでしょう。さらには、前後の足(特に後ろ足)に水かきが発達しているのもわかるはずです。
カワウソは水中を巧みに泳ぎ、魚を狩るハンターです。扁平な頭は水の抵抗を減らし、目が前方に寄っているのも、獲物である魚との距離を見据えるためです(※4)。尻尾もいささか平たくなっており、かれらのフォルム全般が泳いで魚を捕らえる肉食獣のそれであることが納得できます。カワウソにはカワウソの都合があるのであって、アイドル視するのは人の側の都合にすぎません。
※4.コツメカワウソは甲殻類なども好んで食べることが知られています。
可愛いと思う気持ちを否定する必要はありません。気持ちが沸き起こることを後ろめたく思っていても、ただネガティブな自己嫌悪の螺旋が回り続けるだけでしょう。しかし、可愛いという気持ちが無邪気に見たい・飼いたいにつながるだけなら、個人や施設での飼育展示のために東南アジアの生息地でコツメカワウソの密猟が横行したりすることになってしまいます。感情を拒む必要はないけれど、その感情が国際的なレベルで日本の汚名につながらないためにも、自省と自制が不可欠なのです。
埼玉県こども動物自然公園ではコツメカワウソ本来の行動や社会性が発揮できる飼育展示を目指し続けるとともに、チャート式のクイズを楽しみながらカワウソをめぐる問題の大枠を学べるような工夫を凝らしています。それこそが動物園がしなければならないことだからです。
多くの動物に共通の尻尾。それに注目して比べ合わせることで、結果としてそれぞれの動物の違いが見えてきます。人間の物差しで決めつけずに、動物たちそれぞれの進化・適応といったものにまなざしを向けること、それが動物たちの都合を配慮するということなのです。動物園はそんな実践に適切な場であることが出来ます。そうでなければなりません。そんな想いで、動物園に行きましょう。
◎埼玉県こども動物自然公園
写真提供:森由民
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