トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第51回キリンという哺乳類

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第51回キリンという哺乳類

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
 
今回御紹介する動物:フェネック・カバ・キリン・グレビーシマウマ
 
訪ねた動物園:京都市動物園
 

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アフリカのサバンナで暮らしている大型草食獣・鳥類等を展示することで、かれらの環境に適応したからだのつくりや生活様式の違いの比較を促す。それが2013年春にオープンしたアフリカの草原ゾーンのテーマです(※1)。
 
※1.アフリカの草原の概要については、こちらのリンクを御覧ください。
 

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たとえば、小さな体に大きな耳のフェネック。その耳は放熱の役に立つとともに、かれらが獲物とする小動物などの動きを敏感に察知するセンサーともなっています(※2)。
 
※2.フェネックについては、こちらの記事も御覧ください。取材先の井の頭自然文化園は写真のオス個体・マッチの生まれた場所でもあります。マッチは京都市動物園のメス・ミッチーとのペアリングを目指して来園しました。
「砂漠のキツネ・鳰(にお)の浮き巣」
 

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こちらはメスのカバ・ツグミ。ゆったりとプールに浸かっているだけでも、確かなファン層をつかんでいるのは、まさにスターの風格。
 

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寝部屋(こちらもウィンドウ越しに御覧いただけます)に戻る際には、その見事なボディも観察できます。
 

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園のサマースクールに参加した子どもたちによるカバの体の解説。コメントが記されているのはツグミの糞によるカバ糞ペーパーです。来園者はただのお客様ではなく、共に動物園を創るパートナーなのです。
 

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そんなツグミの向こうに見えるのは、これもまたアフリカのサバンナのシンボルというべきキリンです。
 

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テラスから望むキリンの展示場。手前のフェンスに見えるのはキリンが頭などを掻くことが出来る装置です。
 

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キリンの展示場は、ミライとメイの二頭のメスとオスのイブキのほか、グレビーシマウマも同居しています。このような混合展示を通して、サバンナの動物たちの生態を、よりリアルに伝えることが企図されています。
 

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時には飼育員も含めて巧まざる三種混合のひとときも。
 

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キリンは長い舌を使って木の葉を巻き取るという独特の食事法を持ちます。舌の先は黒いですが、根元の方はピンク色です(黒い部分も襞の間はピンク色をしているとのことです)。
 

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そんなキリンの食性を再現したのが、この給餌器です。朝の開園準備の一環だけでなく、午後にもこの給餌器への枝葉の取り付けが行われるので、心に留めておかれればと思います。
 

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偶蹄類(※3)の多くは一旦呑み込んだ食べものを胃の前半からまた口に戻して噛み直す反芻を行ないます。こうやって胃の前半部に共生する微生物の働きを借りながら植物繊維を消化し、その後に胃液の分泌される後半部に送り込みます。京都市動物園のキリンたちは好天時には運動場に座って休む姿が見られ、食後のゆったりとした反芻の観察の機会となります。噛み直しの姿だけでなく、長い首の中を食べものが上下する様子もチェックポイントです。
 
※3.カバは反芻を行いませんが偶蹄類に属します。元々は偶蹄目というまとめ方がされていましたが(目は科のひとつ上の分類単位です)、近年の研究でカバがクジラ類(イルカもここに含まれます)と進化的に近縁であることが分かり、偶蹄目と鯨目の統合が行われて鯨偶蹄目が成立しました(後段で御紹介する特別寄稿のエッセイも御覧ください)。
なお、グレビーシマウマが属する奇蹄目は鯨偶蹄目と並ぶ有蹄類の主要グループで、ウマ類のほかバクやサイもここに属します。
 

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テラスからも違った視角で、キリンの食事風景が観察できます。野生のキリンは広いサバンナを歩き回りながら、あちこちの木で葉を食べます。京都市動物園では運動場のあちこちに枝葉をつけることで、そんなキリンの習性を引き出し、かれらの日常をより豊かにすることに努めています。
 

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メイのお尻が気になるイブキの図。
京都市動物園では、もう一頭のメス・ミライが以前に飼育されていたオス・清水との間に6頭の子どもを設けています (※4)。残念ながら清水は一昨年(2017年)に死亡しましたが2017年に山口県周南市の徳山動物園で生まれたイブキがその後に来園し、メスたちとの将来の繁殖を期待されながら成長中なのです。
 
※4.こちらのリンクを御覧ください。
 
そして京都市動物園では、このキリンの繁殖をめぐって、近年、興味深い研究が行われました。2016年、ミライが六番目の子どもを産んだ時、京都市動物園は帯広畜産大学の乳成分の研究者と共同で出産をはさんで子育て中に及ぶ期間(※5)にミライの乳成分がどのように変化していくかをモニターしたのです。いまのところミライ一個体の一度だけのデータにはとどまりますが、産後1ヶ月半から2ヶ月頃にいろいろな乳成分が急激に減少するといった現象も見られ、この時期に子どもが固形物を食べはじめていたこととの関連なども問われています。キリンの乳成分の先行研究はありましたが、このような動態の研究は世界初でした。その成果は京都大学野生動物研究センターを加えた三者によって学術的な報告にもまとめられました(※6)。
飼育下でも野生動物の野生を出来る限り保って展示する。それが動物園の本義ですが、それでも親個体による世話が行き届かない場合、子ども個体のいのちを守るための人工哺育が決断される場合があります。そういう時、キリンの子には市販の調合乳が与えられるのですが、その成分はどんなものであるべきか、それを正確に知るにはどうしても専門的な研究が必要です。少しでも行き届いた哺乳をしたい。そもそもは飼育担当者のこんな想いから始まりました。そして、このような取り組みは結果としてキリンを、よりキリンらしくという理念にも適うことになるでしょう。京都市動物園のみならず、今後の研究の深まりと広がりが期待されます。
 

また、乳の採取に当たっては、それがキリンのストレスにならないようにあらかじめ、飼育員が乳房に触れ、乳を搾ることに慣らすトレーニングがなされました。ミライへのこのトレーニングは2015年の第5子の出産直前から始められていましたが、ミライを十分に慣れさせるには至らなかったので、実際の研究は第6子の機会を待つこととなったのです。これからはメイにも繁殖を視野に入れて同様のトレーニングを行っていければとのことです。さらにこのようなトレーニングの活用で体重測定・蹄の手入れ・採血といった健康管理上重要なケアや検査も可能となりました(※7)。
 

動物園はわたしたち市民に開放されているとともに、常に科学の基盤に立って動物たちの姿を発信する博物館でもあります。そして、そこに暮らす動物たちが安定した健やかな生活を維持するためにも、継承可能な科学的飼育が行なわれなければなりません。そして、そのような飼育のあり方は、動物たちをどのように配慮するかという事例として、動物園がわたしたちに示し、わたしたちがそれを支持して守っていくべきものなのです。
 

他ならぬわたしたちに向けて開かれた動物園に行きましょう。
 

※5.この時の子ども・ヨシダはその後、九州自然動物公園アフリカンサファリに移動しましたが、それまでの2年2ヶ月、ミライの授乳は続きました。乳が採取されたのは、分娩前18日から分娩後約1年です。
 

※6.今回は、この研究に携わった帯広畜産大学の峯口祐里さんから特別寄稿を頂きました。拙文の後に収録させていただきますので、学問の立場から一般向けに平易に語られた解説としてお読みください。
 
※7. 現在、イブキからは安定した採血が可能になっているとのことです。
動物たちのための検査やケアがストレスになったのでは元も子もありません。また、動物園での研究が飼育下でしか得られない貴重なデータを与えてくれるものだとしても、その際には動物たちのストレスの最小化が目指され、かれらへの重大な侵害は決して行われてはなりません。京都市動物園はそのような動物倫理規定を持っています。
採血などのストレス軽減に役立つトレーニングとはどんなものかについては下記の記事も御覧ください。
「モルモットにはモルモットの都合がある」
 

京都市動物園
写真提供:森由民
 

特別寄稿「ミルクが教えるキリンとイルカのひみつ」
峯口祐里(帯広畜産大学大学院 畜産学研究科 博士前期課程)
 

みなさんは、もし急に「クジラやイルカはウシやシカの仲間だよ」と言われたらどう思うでしょうか?私なら思わず「どこが!?」と口にしてしまうでしょう。当のウシもびっくりでしょう。
しかし、これは科学的に主張されていることなのです。2000年に入った頃でしょうか。「クジラやイルカ、すなわち鯨類は偶蹄目と近しい仲間だったんだ!」という報告がなされました。偶蹄目とはカバやウシ、ヒツジ、ヤギ、キリン、シカなどを含み、蹄の数が2つまたは4つの動物たちです(ちなみに、わたしたちヒトやチンパンジー、ニホンザルなどは霊長目というグループにまとめられます)。
一体どういうことでしょうか。クジラとウシは見た目が大きく異なるだけでなく、かたや魚などの水生動物を食べ、かたや草や葉などの植物を食べることから食性もちがいます。おまけに住む環境も水中と陸上とでかけ離れているではありませんか。カバは半ば水生で、ずんぐりむっくりした体形はなんとなくクジラに似ていなくもないけれど、それでも一目見て仲間と判断するのは難しいですよね。
そんな我々の驚嘆をよそに、科学の進歩と共に蓄積した多くのゲノム情報(DNAなどの遺伝情報の総体)から近い存在であると結論づけられた彼らはひとまとめにされ、現在「鯨偶蹄目」という新たな名前で分類されているのです。
 

さて、この全く姿の違う彼らに、何かはっきりした共通点はないものでしょうか。
わたしは現在、帯広畜産大学という北海道の東に位置する大学で哺乳類のミルクについて研究を行っています。そこで、この研究室ならではの方法で共通点を探してみることにしました。着目するのはもちろんミルクです。もし、ここに何かしらの共通点があったら面白いなぁと考えました。今回研究対象にしたのはキリン、それを昔同じ研究室で分析されたバンドウイルカと比べてみました。
 
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まずミルクの成分を比べてみました。京都市動物園で出産したキリンのミルク(出産後48日)には、脂肪4.7%, タンパク質6.1%, 糖1.2%, 灰分1.1%が含まれています(帯広畜産大学調べ)。一方でバンドウイルカのミルク(出産後198~210日)には、脂肪29.4%、タンパク質12.2%、糖1.2%が含まれていました(灰分不明、先行研究の文献による)。結果として、成分は大きく異なっており、特に脂肪分の差は明白でした。
ミルクというのは、赤ちゃんにとっては完全栄養食です。生まれてすぐの赤ちゃんが母乳だけですくすく育っていくことはご存知でしょう。つまり、その赤ちゃんにとって必要な栄養素がすべて詰め込まれているのがミルクなのです。
だからこそ、動物種によってミルクの成分は大きく異なります。どんな環境に生息しているか、どんな発達状態で生まれてくるか(生まれた仔が自力で立つまでの時間差など)、一度に何頭生まれるのかなどなど、様々な要因が複雑に絡み合ってミルクの成分は決定されているのです。
バンドウイルカのミルクに脂肪分が多いのは、水中で生活する彼らにとって必須なのが体温維持だからと考えられます。赤ちゃんは脂肪分をたっぷり含んだミルクをもらうことで、皮下脂肪を蓄えていくのです。
 

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ではミルクの中身をもっと細かく調べてみたらどうでしょうか。
実はわたしの専門はここにあります。ミルクの成分のうち、糖質を詳しく分析するのがわたしの研究です。
多くの哺乳類のミルクには、赤ちゃんのための大切な栄養成分として乳糖という糖が含まれています。そして同時に、ミルクオリゴ糖という糖も含まれています。このミルクオリゴ糖は、濃度は少ないものの何種類も存在し、動物種によって含まれるものが異なっています。もちろん、ウシやキリン、クジラ、イルカにも含まれています。
ならばここにこそ、キリンとイルカの共通点があるのでは?
詳しく分析するとキリンのミルクにはGM2テトラサッカライドというオリゴ糖が含まれていました。そして同時期に、同じ偶蹄目のシタツンガという動物のミルクも分析したところ、グロボトリオースというオリゴ糖が含まれていることが判明しました。
多くの哺乳類のミルクを調べてみると、これらのオリゴ糖はとてもレアなものであることがわかりました。
さて、一方のバンドウイルカですが、かつて調査したところによるとなんとGM2テトラサッカライドもグロボトリオースもバンドウイルカのミルクに含まれていたというのです。
キリンとバンドウイルカではミルクの成分は大きく異なりましたが、ミルクオリゴ糖にわずかな、しかし非常に興味深い共通点が見つかりました。
これだけの情報で、ミルクの共通点は鯨偶蹄目がひと括りに出来る証拠だと断言することはできません。しかし、こうした共通点が彼らの系統の近さを反映している可能性を想定し、さらに研究を進める必要性は明らかであると考えられます。
哺乳類だけがもつ「ミルク」には、まだまだ我々の知らない情報が詰まっているのです。

記事一覧

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。