トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第54回変わらない夢を流れに求めて

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第54回変わらない夢を流れに求めて

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
 
今回御紹介する動物:ニッコウイワナ、ムサシトミヨ、ミヤコタナゴ、トウキョウサンショウウオ、ミズカマキリ、コオニヤンマ(ヤゴ)、カラドジョウ、チョウセンブナ、ソウギョ、アオウオ、コクレン、ハクレン、コイ、カワウ(野生)、金魚、ニホンイシガメ、クサガメ、ムジナモ(食虫植物)
 
水族館:さいたま水族館
 

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さいたま水族館は埼玉県北東の羽生市・羽生水郷公園の一角を占めています。内陸ながら付近は平野が広がり、一部地域で古墳が見られるなど、古くからの人びとの生活が偲ばれます。
館の立地は利根川の水域に属し、かつては現在以上にそこここに川が流れて、人の歴史の流れと結びついてきました。
さいたま水族館は、そんな川と人の流れを踏まえ、地元の自然を展示することを目指しています。埼玉県内で採捕される86種の魚のうち、約70種を飼育展示しています。
 

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こちらは荒川の最上流域を模した水槽と、そこに生息するニッコウイワナです。イワナはサケ科に属し、本来、サケと同様に海へと下って大きく成長し、再び生まれた川を遡って産卵するという習性を持ちますが(※1)、日本の多くの地域でイワナは一生を川で過ごします(降海型に対して陸封型と呼ばれます)。
こうしてニッコウイワナが棲む上流域に始まり、中流・下流と流れのままに繰り広げられる水の世界が、さいたま水族館の展示の基本軸なのです。
 
※1.北海道などではエゾイワナの降海と母川回帰が見られ、成長して帰ってきたものをアメマスと呼びます。
 

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ニッコウイワナの水槽では真ん前に立った時だけ、どこからともなく解説のアナウンスが聴こえてきます。そんなときは、振り返って見上げてみてください。声の主は、この高指向性のスピーカです。
 

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館のマスコットキャラクターのムートくんです。全国から376体の参加があった2013年の「ゆるキャラサミット」にも参加しましたが、同サミットはギネスブックから世界最大のマスコットキャラクターの集いであったことを証されています。
 

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ムートくんから来館者の皆様に、魚たちの卵や子育てに関するクイズです。しばし考えたり、館内の実物と引き比べてみてから答えをめくるとよいでしょう。
 

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そんなムートくんのモデルとなったのは、このムサシトミヨです。冷たくきれいな川で水草を使って巣づくりをするトゲウオ類の一種です。埼玉県の天然記念物で県の魚に選ばれています。かつては県内のみならず東京都西部などにも分布していましたが、いまや埼玉県熊谷市を流れる元荒川の上流のみに生息が確認されています。さいたま水族館は開館当時から埼玉県の希少な魚として展示しています。
 

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こちらはミヤコタナゴ。東京都文京区小石川の東京大学附属植物園内の池で採集された個体に基づいて命名されました。国の天然記念物に指定されています。関東一円に広く分布していましたが、いまやムサシトミヨ同様に東京都では絶滅し、自然分布としては栃木県と千葉県の一部が知られるのみです。
タナゴの仲間は二枚貝に産卵するという独特の習性を持ち、そのような生きもの同士のつながり合いを含め、日本の川の生態系に根付いた象徴的な魚類と言えます。しかし、それだけに人びとの生活の変化の影響をあからさまに受けてもいます。このような動物たちを守り育て、未来の人びとと地域に受け継いでいくことは水族館の大切な役割です。
現在、さいたま水族館で飼育されているのは埼玉県滑川町に由来するもので、町は水族館と連携しながら、ミヤコタナゴの野生復帰も企てています。
 

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こちらはトウキョウサンショウウオ。幸い、いまでも東京都内にも生息していますが、繁殖行動や産卵を行う水場と、普段落ち葉などに潜って暮らし、小動物を捕らえて食べるための水辺環境を必要とする動物です。これもまた、埼玉県の川をフィーチャーしたさいたま水族館にふさわしい存在です。
 

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さらには昆虫たち。ミズカマキリはメダカなどの小魚に消化液を注入して捕食します。
 

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こちらはコオニヤンマのヤゴです(※2)。トンボ、特にヤンマは優れた飛翔力を持つ肉食昆虫で、食う・食われるの生態的つながりのひとつの頂点です。それだけに、生態系全体が整っていなければ、文字通り食べていけません。そして、御覧の通り、かれらも水なしではその生活史のサイクルを回していけないのです。
 
※2.展示しているヤゴの種類はその時々で変わります。
 

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こうして見てきた古くからのこの土地本来の動物たち(在来種)と対比して、さいたま水族館は外来種たちの姿も展示しています。
カラドジョウは中国大陸から朝鮮半島にかけてを原産地としますが、食用として輸入されたものが逃げて、日本各地に広がりました。この辺りの土地ではミズドジョウと呼ばれています。日本在来のドジョウよりも髭が長く、尾の付け根の上下に膜状のものが見られます。さいたま水族館ではドジョウとカラドジョウを並べて展示しているので、以上のようなポイントを基に観察してみてください。
 

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チョウセンブナもその名の通りの朝鮮半島から中国北部にかけての魚だったものが、観賞用の輸入個体が逃げ出し、埼玉県では北部の平地の沼や池に住み着いていましたが、土地開発により昔と環境が変わり、現在は絶滅しています。
 

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前に突き出した口のソウギョ。この口先で水草を食べます。白いのはアルビノ個体です。このアルビノ個体は、埼玉県水産研究所の飼育個体から偶然生まれたものを継代したものです。
 

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一方、アオウオの口はコイに似て下向きについています。この口を活かして川底のエビや貝などを食べ、1.5メートルほどにも成長します。
ソウギョもアオウオも中国由来の外来魚ですが、かれらは親から産み落とされた卵が長い川を流れ落ちながら孵化します。孵化の前に海水に入ると卵は死んでしまうのですが、いかにも広々とした中国大陸での進化を思わせます。日本では利根川水系だけが、かれらの繁殖生態に見合った長さを持ち、世代を重ねての定着が見られます。
 

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さいたま水族館では、このような難しさを孕んだアオウオを人工採卵し、日本で初めて繁殖することに成功しました。その業績に対して、日本動物園水族館協会から繁殖賞が与えられています。
 

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さらにはコクレンとハクレン。かれらもソウギョ・アオウオと同様の繁殖生態を持ち、中国の四大家魚として、古くから大きな池でこれらを育てて食用とする文化が続いています。利根川水系に定着しているのも同様です。
 

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四大家魚はすべてコイ科ですが、現在の日本では全国の河川等に生息しているコイそのものもユーラシア大陸や東南アジアなどを原産とする外来ゴイです(※3)。特に明治以降に盛んに放流が行われた結果と捉えられます。
この写真の鱗が少ないコイはドイツなどのヨーロッパで作出された品種で、食用のための処理が容易になっています。
 
※3.日本にも在来のコイがいますが、外来ゴイに圧迫されて危機的状況となっています。在来ゴイと外来ゴイの交雑による遺伝的攪乱も起きています。
 

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川の水域として発展してきたこの一帯では、昔からさまざまなかたちで淡水魚の養殖が行われてきました。コイもそのひとつで、産業としてのコイの養殖はこの地を発祥とすると言われています。明治時代には、同じように産業として発展した養蚕業の副産物としての蛹がコイの餌とされていました。
そんな歴史にちなみ、さいたま水族館の屋外の池にもさまざまな品種のコイが展示されています。写真の中央はヒレナガニシキゴイです。インドネシアのヒレナガゴイとニシキゴイの交雑したもので、名前通りに胸鰭や尾鰭が長くなってています。
コイにもまた、さまざまな歴史が映し出されています。外来魚は悩ましい問題ですが、それも人の手によるものとして、わたしたち自身が引き受け、対処していかなければなりません。かれらを悪者に見立てるだけでは、あまりに単純で無責任なのです。
 

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屋外には他にチョウザメ類の水槽などもあります。丸い鼻先の巨体はシロチョウザメです。
チョウザメは2億年以上前から存在する古代魚ですが、いまは北半球の一部にしか生息していません。もっぱら冷たい水域を好みますが温水にも耐えるため、日本とソ連(当時)の連携事業として養殖の試みが進められてきた歴史があります。その際、国内の水族館にもチョウザメが分散飼育され、研究が行われました。さいたま水族館のチョウザメもそういった系譜に属します。
 

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こちらは同じくチョウザメ類のベステルのアルビノ個体。珍味として知られるキャビア(卵)のほか、肉も含めての食用に幅広く利用されている品種(人間による掛け合わせ)ですが、アルビノは珍しいとされます。この個体は隠れていることが多いとのことですが、この日(2020/1/23撮影)は出逢うことが出来ました。
 

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屋外の池では以上のような大型魚のほかにもモツゴ・オイカワなどの小型の魚を入れて殖やし、屋内展示に導入するという営みもなされています。オイカワはコイに追撃されない狭い浅瀬を選び、モツゴは池の垂直面に産卵してコイの下向きの口に食べられないようにするなどして生き延びています。
しかし、飛来するカワウは自在に小型魚を狩り、水族館としては悩みの種です。かれらもまた、川とともに暮らしてきた地域の生態系の一部ではあるのですが。
 

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ここまで御紹介してきたとおり、さいたま水族館の基盤は常に地元に根差しています。チョウザメにしても日本での養殖という歴史的な文脈があります。
そういう中で、この特別展示室棟は期間限定の企画によって、館としての展示の幅を広げる役割を担っています。
 

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こちらは2019/10/5~2020/2/9に行われた「めくるめくカラシンの世界」で展示されたピラニア水槽です。カラシン類は中南米や中央アフリカに分布しますが、アマゾン川などに生息するピラニア・ナッテリーは頑丈な顎と鋭い歯を持ち、群れで動物を襲うことで知られています。実際には臆病なところも目立つようですが。
 

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特別展示室棟はその時々の用途に合わせて組み替えるため、天井もこのような仕様になっています。これならば自在にライティングも調整できますね。
次の特別展は春を予定しているとのことですので、館のサイトでチェックしてみてください。
 

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再び屋内に戻ってきました。今度は金魚のコーナーです。こちらは水槽の中心から顔を出すことで金魚の視界を楽しめる水槽です。
ちなみに外周の側の掘り込みは曲面と曲面が組み合わさるかたちになっており、こちらも魚眼的視野を意識しています。
 

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金魚コーナーでは、さまざまな金魚の姿を楽しむことが出来ますが、これはその名も「黄金魚(きんぎょ)」と呼ばれる品種です。埼玉県久喜市の養魚場で作出されましたが、命名はさいたま水族館のスタッフによります。
 

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関東の金魚養殖としては江戸川下流域が知られてきましたが、近年は宅地開発などの影響で埼玉県・茨城県に拠点が移っています。
この写真は品種名「水泡眼」、背びれがなく目の下にリンパ液の詰まった袋が出来ます。袋は成長とともに大きくなります。このように、人が選び育ててきた金魚の形質には、上から見下ろす鑑賞法に向いたものも目立ちます。実際、江戸時代に金魚の飼育鑑賞が盛んになってから、伝統的には写真のような水盤による手法が大きな流れとなっていました(※4)。
 
※4.金魚については以下も御覧ください。
「こがねうお、鉄の魚」
 
「小さな世界・大きな宇宙、ゲンゴロウ・冬虫夏草その他」
 

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さいたま水族館では、懐かしかったりファンシーだったりする金魚グッズも展示しています。
 

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こちらはタッチングコーナー。メインはニホンイシガメとクサガメです。この写真の一番右、甲羅の縦筋が一本なのがニホンイシガメで(クサガメは三本)、甲羅の下端が波打っているのも特徴です。
ニホンイシガメは本州・四国・九州に生息する日本の固有種ですが、生息環境の破壊や不適切なペット視による密猟などで危機的状況にあります。国内でもちがった地域の個体が放流されれば遺伝的な攪乱となります。
クサガメは最近、江戸時代に朝鮮半島から持ち込まれたのではないかと考えられるようになっています。また、近年は中国産個体の移入も指摘されています。ニホンイシガメと交雑することも問題視されていますが、クサガメ同士でも古くからの分布に、全く異質な個体が放流されれば上記のニホンイシガメと同じようなことも起こります。
カメたちをめぐる状況は入り組んでいますが、包括するなら、歴史的・社会的な経緯をしっかりと捉え、不用意な行動や破壊的な活動を慎むことが大切でしょう。
 

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決められたマナーでさわることも貴重な体験ですが、水中での様子が観察できる水槽の構造も是非活用してください。
 

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さいたま水族館が自らを取り囲む環境を伝え、守り育てることに務めている姿を見てきました。その営みは動物だけではありません。
これはムジナモと呼ばれる食虫植物です。
「今から、およそ六十年ほど前のこと、明治二十三年、ハルセミはもはや殆ど鳴き尽してどこを見ても、青葉若葉の五月十一日のこと私はヤナギの実の標本を採らんがために、一人で東京を東に距る三里許りの、元の南葛飾郡の小岩村伊予田に赴いた。」
植物学者の牧野富太郎は1890年に彼が偶然、日本国内でのムジナモの生息を発見することになった経緯をこんなふうに随筆に書き残しています(牧野富太郎「ムジナモ発見物語り」※5)。しかし、この東京での分布を含め、生息地の開発を大きな原因として国内のムジナモはほぼ絶滅しています。さいたま水族館がある羽生市の宝蔵寺沼では地元の方々や大学などが協力して生息地の復元の努力が続けられていますが、この沼は水族館のすぐそばで、さいたま水族館のムジナモ展示は、まさに「足元の自然から始めよう」というメッセージなのです。
 
※5.現在、ムジナモの分類は牧野らによるものとはちがうかたちで見直されています。
 

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ムジナモの捕食はビデオで紹介されています。
 

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さらにこちらはバックヤードです。水族館が健全に機能するためには、飼育環境調整や生きものの保持のためにバックヤードの役割が欠かせません。
 

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そんな一角にもムジナモが。ムジナモは水中で結実し種子をつくります。その種子に由来する冬芽が水底に沈み、春の水温上昇を待って新しい個体となるのです。この写真でも枯れた株の中に緑の冬芽が見えています(2020/1/23撮影)。
 

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さらに屋内の、文字通り展示のバックヤードには濾過装置など、水族館を守る設備が集まっています。
たとえば見た目ではわからないながら、上流・中流・下流の水槽はおおよそ15℃・23℃・25℃に調整されていますが、これらもバックヤードのシステムあってのことなのです。
 

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外からは岩のかたまり、裏からはこんなふう。
 

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最後にこちら。既に御紹介したムサシトミヨですが、希少な生きものについては、水族館内でもさらに場所や水槽などを分けて分散飼育を図ります。万が一にも絶やさないことが使命なのです。水族館や動物園にとって珍しさ(希少性)とは単に人目を惹く材料ではなく、まずもって守り立てていく責任の対象であることがわかります。
 
歴史は移ろいます。人間の問題として言うならば、いたずらに過去に固執することなく未来に歩み続けることも必要でしょう。
しかし、わたしたちは常に過去からの蓄積を踏まえて生きていきます。その時、自然環境を含む既存のものたちこそが、わたしたちの未来を可能としてくれます。いまの自分たちを絶対視することで、過去ひいては同時代の他のありようを否定するなら、それはわたしたちの世界を貧しくし、しばしば存続さえ危うくする振る舞いにほかならないでしょう。
自分たちの歴史に誇りを持つこと。それゆえにこそ他者の歴史を敬うこと。そして、同じ失敗は決して繰り返さないこと。それらを旨として身近な生きものや環境を見つめ直すためにも水族館に行きましょう。
 

さいたま水族館
 
写真提供:森由民

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