トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第58回冬が来る前に

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第58回冬が来る前に

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
 
今回御紹介する動物:シセンレッサーパンダ・スマトラオランウータン
 
訪れた動物園:市川市動植物園
 

去る10/22、深まってゆく秋とやがて来る冬を感じながら、市川市動植物園を訪ねてきました。
 

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園に足を踏み入れれば、わたしたちを歓迎するポジションのこの展示。矢印の先が主役です。
 

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ソラは2008年生まれのメス。レッサーパンダと言えば二本足で立つというイメージでしょう。確かに、ヒトでいう爪先立ちが基本の肉食獣の中で(※1)アライグマやクマなどとともに足の裏全体で立ちます。これはわたしたちヒトと共通で、二本足で立つには好都合です。しかし、かれらが二本足で立つのは警戒や好奇心による一時的なもので、日常的な行動というならば、むしろ木に登ることでしょう。写真のように爪が鋭く、からだもしなやかです。レッサーパンダは時に樹上で鳥の巣を襲い、卵や鳥そのものを食べることでも知られています。
 
※1.レッサーパンダはアライグマ科に近縁のレッサーパンダ科で、食肉目というグループに属しますが、クマ科のジャイアントパンダとともに、竹笹を主食にするという特異な進化を遂げています。
 

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こちらはソラの展示と背中合わせのナミです。2002年生まれですが、ソラの母親に当たります。レッサーパンダの成長は早く、生まれて一年半ほどで子どもがつくれる体になります。今年18歳のナミは、繁殖を含めてレッサーパンダとしてのライフプロセスをきちんと歩んできたベテラン個体ということになります。そんなことを胸に想いながら、そっと観察してみましょう。
 

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市川市動植物園は、間に谷あいの地形を挟んで二つに分かれています。そんな道筋はレッサーパンダの目で見れば、まさにごちそうの山なのです。
 

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ソラの展示施設は、もっぱら個体としてのレッサーパンダの姿を網や柵などの隔てなしで示すものですが、こちらのエリアにはさらに多くのレッサーパンダの個体がいて、隣接するケージのそれぞれで暮らしています(※2)。
 
※2.レッサーパンダは単独生活者です。おとな個体は野生でもばらばらに暮らしています。子育ては母親だけの仕事で、その意味ではレッサーパンダに「父親を含む家族」はありません。
 

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樹上生活の能力を活かせば、このくらいはたやすいことです。
 

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オスのムギは2015年生まれで京都市動物園からやってきました。血筋の中に野生個体がいるので繁殖が期待される個体です(※3)。
既に記したようにレッサーパンダは単独生活者で社会的な意味(育児との関わりでの役割)としての「おとうさん」はいませんが、市川市動植物園は12~2月頃に交尾のためのペアリングが行われます。2回の交尾で受精に至るのが普通です(※4)。出産自体は6~7月となります。
そんなわけで、秋はレッサーパンダにとって繁殖活動に向けてのからだをつくる大切な時期となります。この時期、かれらは盛んにペレット(固形飼料)を食べます。その後、冬になると竹中心の食事になりますが、体重は確実に増えていきます。ムギなどは、冬こそが毛並みもよく、見るからにきれいになるとのことです。気温が低くなるとそれに刺激されるように盛んに鳴くようになりますが、そこには異性への呼びかけの意味もあるのです(※5)。
 
※3. シセンレッサーパンダはレッサーパンダという種のなかの二つの亜種(種のひとつ下のまとまり)のひとつですが、国際的に登録されているシセンレッサーパンダの飼育個体のうち約75%は日本にいます。また、全国の動物園で子どもも誕生しており、何世代もの繁殖に成功して、他の動物園にたくさんの個体を送り出している園もあります。こうしたこともあり、国際的な取り決めとして、日本はシセンレッサーパンダの世界的繁殖拠点に定められています。どの個体を組み合わせるか、そのために園館の間でどんな移動を行うかなどの、日本国内のシセンレッサーパンダの繁殖計画は、静岡市立日本平動物園にいる調整者(日本動物園水族館協会が任命)を中心に全国レベルで考えられています。現在、園館同士の個体の移動は貸し借り(ブリーディング・ローン)として行われることが一般的になっています。生まれた子どもの所属をどうするかなどは、それぞれのブリーディング・ローンにおいて細かな取り決めが行われます。
 
※4.メスの発情の時期は個体ごとに異なりますが、オスはそれに反応して交尾に至ります。メスの発情は交尾によって治まります。
 

※5.ペアリングに向けて、市川市動物園では隣同士のケージに入れてのお見合いなどのほかに、メスのいない間にオスをメスの寝部屋に入れたりします。かれらは視覚よりもにおいを中心として世界を認識しているので、こうやって互いを意識させることが有効なのです(逆のパターンも検討しているとのことです)。普段の暮らしを見ていても、飼育員がケージ内に仕掛けたリンゴを目よりも鼻で探す様子などが見られます(後の方に掲げた写真も御覧ください)。
 

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一方で日本の暑い夏はレッサーパンダにとっては厳しい季節です。夏には寝部屋にエアコンをきかせます。適温は22~23℃と考えられますが、日本の動物園で暮らしてもらう以上、ある程度は暑さに馴らすことも意識しています。25℃くらいまでは大丈夫な状態にしておけば、涼しい寝部屋から外に出したときに気温差でダメージを受ける危険が減らせると考えています。それでも、気温が30℃を超えると寝部屋の掃除の時以外は外の展示場に出すのを控えることもあります(個体の様子次第では、外に出さずに清掃を行うこともあります)。
この写真のライチは2005年生まれで、ソラと同様、ナミの子どもですが、このくらいの年齢になると、自分で暑い・涼しいを感じ分ける力が落ちてくると思われ、飼育員は毎日、注意深いまなざしを向けています。
 

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こちらは2018年生まれのメス・ココアです。ムギの娘になります。お得意の登攀能力でお隣を気にしています(※6)。
 
※6.ココアのお姉ちゃんひまわりと、ココアと一緒に生まれたミルクは既にそれぞれ、多摩動物公園と長野市の茶臼山動物園に移動しています。ココアもいずれはちがう園に移動する可能性があります。既にお書きしたように、それらによって、日本のレッサーパンダ全体のバランスが世代を超えて保たれていくのです。
 

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お隣はリーファ(梨花)、2013年生まれのメスでライチの娘ですが、ココアにはおばさんに当たります。
 

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そして、ココアの母親でリーファと一緒に生まれたユーファ(優花)です(※7)。足の裏に注目です。肉球が見えないほど毛が生えていますね。これも雪深い本来の生息地で冬も歩き回り、雪に埋もれた竹笹を探す生活への適応なのです。
 
※7.リーファ・ユーファはオスのメイト(明登)と三頭で生まれました。市川市動植物園にはメイトも展示されているので、訪れた際には是非御覧ください。
 

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こういう仕掛けがお気に入りなのも、からだの柔らかさの反映でしょう。
 

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ユーファが網越しに何かを見つめて(嗅いで?)います。リンゴですね。リーファがなかなか食べないので気になっているようです。
 

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ようやくリーファが食べはじめました。レッサーパンダは片手でものを持つことが出来ます。わたしたち霊長類は枝を握るための適応として親指が他の四本の指と逆を向いているので(拇指対向性)、こういう操作はたやすいのですが、同じように樹上を得意とするとは言ってもレッサーパンダに拇指対向性は見られません。代わりに手首の骨が特殊化し、これと指で挟むようにして竹などをつかむことが出来るのです。
 
その愛らしさで幅広い人気を持つレッサーパンダですが、繁殖や子育てのありようなども含め、ヒトとはちがう姿を動物園で実感していただければと思います。
 

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さて、こちらは霊長類。それもわたしたちと同じヒト科の大型類人猿スマトラオランウータンです。
2018年生まれのメス・ポポと母親のスーミー。スーミーにとっては三回目の子育てです。生まれて一年半もすれば性成熟してしまうレッサーパンダに対して、オランウータンは8歳くらいでも授乳が見られるなど、文明社会の人間の女性に匹敵する長い子育て期間を持ちます(※8)。
 
※8.オランウータンの詳しい生態は、こちらの本などを参考にしてください。
久世濃子(2020)『オランウータンに会いたい』あかね書房。
 

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ポポは遊びたくて仕方がない年頃です。オランウータン独特の柔軟な手足を活かして動き回ります。これによって、さらに健康なからだがつくられていきます。
この写真の姿などは、野生のオランウータンが木の枝や幹をしならせて隣の木に移動する「スウェイ」という行動を反映していると捉えられます(※9)。
 
※9.市川市動物園のオランウータン施設はもっぱら人工物で構成されていますが、その背景にはかれら本来の生息地である東南アジアの熱帯雨林の構造を読み解き、必要な機能を再現する試みがあります。この園で独自に考案された捩じられた消防ホースは大型類人猿の使用にも耐え、熱帯の蔓植物や大木の枝ぶりに相当するものとして国際的にも知られています。
「オランウータン本来の行動を引き出すための試みと考察」

人間の活動によってオランウータンの生息地が分断されているボルネオ島では、川を挟んだ二つの森でのオランウータンの移動を助けるために、これらの技術が活用されています。
ボルネオ保全トラスト「オランウータンのための吊り橋」プロジェクト参加報告

オランウータンの森を伐採した木は紙の原料になります。跡地に植えられるアブラヤシからは、食品から口紅までさまざまな用途に用いられるパームオイルが生産されます。
野生のオランウータンとわたしたちの生活は深く結びついています。
 

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どれが手やら足やら、それがオランウータンのからだです。段ボールはかれらの器用さを活かしての退屈防止の素材となります。
 

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とにかく何でも気になる好奇心いっぱいのポポです。
 

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あと何年かはこれが続きますが、その後には単独生活が予定されます。オランウータンもレッサーパンダ同様の単独生活者です。だからこそ、こうやって母親と過ごす時間と経験が、その後の生き方に決定的ともなるのです。
 

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ポポの成長記録。展示場前に掲げられています。
 

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遊びまわっていたポポがなぜかとどまる格子の前。よく見ると、中から別の手が伸びています。
 

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2010年生まれのリリーはスーミーの第二子で長女です(※10)。
 
※10.第一子で長男のウータンは現在、豊橋総合動植物公園で暮らしており、繁殖も期待されています。詳しくは下記リンクを御覧ください。
https://shigen.nig.ac.jp/gain/ViewIndividualDetail.do?id=463
 

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既に独立しているリリーは午後にスーミー・ポポと交代に出てきます。ポポと比べて、まだ若いけれど既におとなのリリーの動きのダイナミックさは印象的です。
 

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青草は好物のひとつです。
 

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何やら遠望する様子。
 

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隣にも別のケージがあります。
 

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こちらに展示されているのはオスのイーバンです。スーミーの相方でリリーたちの父親に当たりますが、単独生活者のオスなのであくまでも独立した暮らしです。
 

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大型のケージは、樹上生で立体的な動きをする霊長類にとっては、森と同じような意味を持つことが出来ます。長い飼育実績に基づいて張られたロープも、そのような森林的構造の構成を助けています。
 

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オランウータンの独特の手のありさま。こちらのケージでは間近に観察できる機会も多いので、自分の手との異同を考えてみてください。
 

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定例の公開給餌(※11)。唇だけで食べたいところとそれ以外を仕分けてしまう器用さも、不安定な樹上で手足でからだを支えながら採食しなければならないオランウータンにとっては必須の能力と言えます。
 
※11.オランウータンの展示入れ替えや給餌のタイミングは園で御確認ください。
 

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落花生や固形飼料などを詰め合わせたビニール袋。こういうところにはヒト科としての、わたしたちとの共通性が見て取れます。
 

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リリーにも牛乳。もったいないから舐めちゃいます。
 

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時にはこんな行動も。おそらく土の中のミネラルを本能的に取り入れているのでしょう。
 

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これもまた中国・四川省の冷涼な高地の原産のレッサーパンダとは対照的に、熱帯雨林に適応したオランウータンにも、日本の季節とのすり合わせで、いろいろな配慮が必要となります。
 

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市川市動植物園では夏場にはオランウータンのためのミスト装置が稼働します(2015/6/31撮影、写っているのは同居期のリリーとスーミーです)。熱帯産だから暑いのは得意なのでは、と思うかもしれませんが、熱帯雨林の中は30℃前後の安定した気温です。オランウータンの場合、十数メートルの樹上が生活の中心なので、さらに涼しい状態が本来ということになります。また、熱帯雨林は盛んにスコールが降ります。これらを考えあわせてのミスト装置の導入なのです。屋内の寝部屋ではエアコンもつけられます。
ただ、秋~冬にはミストはオランウータンのからだを不適切に冷やしてしまいます。しかし、湿度は保ちたいので秋になると飼育員が寝部屋の清掃時に壁などを適宜濡らしたりして対応しています。冬には加湿器も登場します。
 
わたしたちを取り巻く季節の移ろい。その中で、対照的な二種の動物たちと、それに対する動物園の飼育的配慮を垣間見てきました。可愛いとか微笑ましいとかいう想いは動物たちと親しむきっかりになりますが、さらに知識を増し、まなざしを磨くことで、動物たちはもっとたくさんのことを伝えてくれます。そこから始めて、わたしたちは自分の一方的な印象を超えて、動物たちを感じ、理解していくことが出来るでしょう。動物園は、動物たちへの入門の場(ゲートウェイ)なのです。
 
動物園に想いを込めて。
 

市川市動植物園
 
写真提供:森由民

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日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。