トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第60回未知豺、焉知狗狼(いまだやまいぬを知らず、いずくんぞいぬおおかみを知らんや)

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第60回未知豺、焉知狗狼(いまだやまいぬを知らず、いずくんぞいぬおおかみを知らんや)

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
 
今回御紹介する動物:ドール・ホンドギツネ・ヤブイヌ・ホンドタヌキ・二ホンアナグマ・リカオン
 
訪れた動物園:よこはま動物園ズーラシア
 

「よこはま動物園(ズーラシア)は、世界中の野生動物を、展示、飼育、繁殖している国内でも最大級の動物園です」
 
 園長の村田浩一さんは、園の公式サイトにそう記しています。このようなあり方を反映して、ズーラシアという名前の由来も以下のように説明されています。
 
>「ズーラシア(ZOORASIA)」という愛称は、動物園(ZOO)と広大な自然をイメージしたユーラシア(EURASIA)の合成語。<
 
そんなズーラシアには、国内でもここだけといった動物種もいます。
 

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ドールもその一例です。ドールはイヌ科の動物で、北はロシアから南はインドや東南アジアにまで広く分布しています。中国語では「豺(チャイ=さい)」と呼ばれます。豺は日本語では「やまいぬ」といった解釈がなされますが、種としてのイヌ(中国語「狗」)ではなく、その野生原種であるオオカミ(狼)とも異なります(アカオオカミという呼び名もありますが)。
 

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キツネに似ていると思う人もいるかもしれませんが、見比べればだいぶちがうとわかるでしょう。日本産のホンドギツネは北半球に広く分布するアカギツネの亜種です(※1)。日本にはホンドギツネと北海道に棲むキタキツネの2つの亜種がいます。
イヌ・ドール・キツネ、互いにちがう動物種でありつつ、かれらはみんなイヌ科です。そこで、今回はタイトルのように、ドールをはじめとするズーラシアのイヌ科動物たちを訪れる、ささやかな世界旅行で、あらためてイヌ科の多様性や世界的な広がりを感じてみたいと思います(※2)。豺を知り、比べ合わせることで、わたしたちがよく知っているつもりのイヌやオオカミ(狗狼)のこともより深く見るまなざしを得られればと思います。
 
※1. この写真はズーラシアで飼育展示されていたホンドギツネのコウシロウです。コウシロウは2010年5月に石川県で狩猟用のワナにかかっていたところを保護され、同年10 月にズーラシアに来園しました。たくさんのファンのいたコウシロウですが、残念ながら2021年4月14日に推定11歳で死亡しました。この写真は2018年8月に撮影されたものです。
 
※2.ズーラシアの展示は、世界の気候帯・地域別にゾーニングされています。これを辿ることは、いわば動物たちの棲む世界各地を訪れる世界旅行の体験なのです。
 

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こちらがドールのメインの展示場です。
 

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ドールの棲む環境は、山岳地帯や森林地帯から草原にも及びますが、ここでは主に草原的な景観が創られています。
 

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ドールは10頭弱の群れをつくることが知られていますが、この日(2021/4/19)、こちらの展示場には、ドローレスとドラの2頭のメスがいました。2頭は同腹の姉妹で2011年の生まれです。さきほどの2枚の展示場写真にも、それぞれの姿が映っているので探してみてください。
 

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メインの展示場と隣接した、こちらの展示場には、5歳のオスのケーシーがいました。
ズーラシアでは今年(2021年)3月に、新たにチェコ共和国から今年1歳のメスのモーアを導入しました。モーアはまだ展示されていませんが、ドールとしては御年配になってきたドローレス・ドラに代わって、モーアとケーシーのペアによる群れづくりを計画中です。そのため、メス2頭とケーシーを分けています(展示の際の個体の組み合わせなどは園の判断で変動します)。
 

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この日、ケーシーがいた展示場は、メインの草原風のものに対して、森のようになっています。回り込んで覗くと、こんな眺めも楽しめます。
 
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代わって、南アメリカです。
 

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ヤブイヌはイヌ科動物で、ヤブイヌ属はヤブイヌ1種です(※3)。胴長短足という体型ですが、これは名の通りに森の藪や草むらをすり抜けて活動するように進化してきた姿です。足には水かきがあり、泳ぎも得意です。
 
※3. 属は科のひとつ下の分類レベルです。
ヤブイヌについては、埼玉県こども動物自然公園でも取材させていただきました。こちらの記事を御覧ください。
「ウサギ喜び庭で穴掘り、イヌはこたつで丸くなり、ネコは……?」
 

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ちなみに、こちらがドールの足です。
 

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ヤブイヌたちは、よく列を成すようにして動きます。オスのフキとメスのスマイラーが、こんな姿を見せてくれました。このほか、3月に京都市動物園からやってきたオスのパパマルなど、計6頭を飼育しています。
 

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スマイラーが立ち木をかぐと、陰に回って何かしました。
 

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マーキングです。展示場にある小屋でもこの通り。ヤブイヌはメスだけが、このような特徴的な逆立ちによるマーキングをします。メス同士の間で高さを競うことで進化してきた習性とも言われています。
 

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小屋の中でもなかよしの2頭。ヤブイヌにはヤブイヌの愛情表現があるのです。
 

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先程もホンドギツネを紹介しましたが、「日本の山里」のゾーンを訪ねてみましょう。
この小屋に入って右側を見ると、こんな展示場があります。どこに動物がいるか、わかりますか?
 

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ホンドタヌキです。タヌキは東アジア固有のイヌ科動物で、世界的には珍貴な存在です(※4)。
 
※4.珍貴は日本語なら「珍奇」と書くのが一般的でしょう。そして、「珍獣」ということばの現代的意味は、いかにも珍奇なものを好む好奇心だけが感じられるかと思います。しかし、「珍貴」と記せば、中国語にも通じて「貴重なもの」という意味が含まれます。
今回は漢文めいたタイトルから始めたので、ひとこと記させていただきました。
このエッセイの冒頭でも「ドールは国内でズーラシアだけ」とお話ししましたが、だからこそ、珍獣としてではなく貴重な動物種として、海外の個体を迎えて飼育展示の維持を図るとともに、ドールという動物の、より健やかで総体的な姿を伝えることを目指しているのです。
ヤブイヌのオス・パパマルも、ズーラシアと京都市動物園のブリーディング・ローン(繁殖契約)に基づき、園や自治体を超えたネットワークの中でやってきました。詳しくは、こちらを御覧ください。(PDFファイルが開きます)
 

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振り返れば、二ホンアナグマ。かれらはイヌ科ではなく、イタチ科です。タヌキと見比べてみてください(※5)
 
※5.タヌキとアナグマは日本各地で、ひとまとめに「貉(むじな)」と呼ばれます。このことについては、井の頭自然文化園・東武動物公園を題材に記事にしたことがあります。
「貉と狸」
 

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さて、駆け足ながらに世界のイヌ科をめぐり歩いた旅の最後はアフリカです。
 

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ここにいるのはリカオンです。「アフリカン・ワイルド・ドッグ」とも呼ばれるかれらは、オオカミとともにイヌ科の最大級で、ヤブイヌ同様、1種でリカオン属を成します。
ペインテッド・ドッグという呼び名もある独特の模様をしています。日中の昼寝姿も、たとえばカメラのズームで覗けば、じっくりと「ペイント」を観察するチャンスです。この日の展示は、シーとジュリの母娘の2頭でした(※6)。
 
※6.ズーラシアのリカオンは全部で11頭いますが、個体間の闘争などで傷ついたりしないように、相性を判断した組み合わせで展示しているとのことです。
 

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草にまぎれると2頭なのか1頭なのか、あいまいになったりもしますね。
 

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夕刻に再び訪れると、うって変わっての疾走中。
 

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時にはこんな荒技も見られます。すらりとした足のリカオンは走る能力にもジャンプ力にも恵まれています。1頭のリカオンが高速で走れるのは短い距離で、狩りの成功率も高いとは言えませんが、リカオンたちは仕留めた獲物の肉を分け合うことで群れとしての生活を維持していると言います(※7)。
 

※7.かつて、リカオンは広々としたサバンナで、群れの協力による長距離追跡で獲物を仕留めるのが本領だったと捉えられますが、現在、リカオンは、もっと木々が茂った環境で暮らしており、絶滅のおそれの中にあります。そういう中でも、かれらの身体能力や社会性が、ちがったかたちで発揮されていると考えられます。
こちらの記事を参考にしました。
「分かち合いはリカオンの狩猟に極めて大事」
 

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ここはズーラシアの噴水口ゲートからほど近い休憩所「ころこロッジ」です。
 

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ころこロッジは動物たちの展示エリアからは少し離れていますが、その中には貴重な骨格標本が展示されており、ヤブイヌやドールの骨格も見ることができます。生きた動物たち同様、かれらの骨格などの標本も動物がわたしたちにさまざまな事柄を学ばせてくれる貴重な資料です。こうやって、かれらの体の仕組みを知ることで、さらに細かな観察も可能になるでしょう。
 
動物園は、生きた動物の博物館です。そこでは、さまざまに工夫された展示や日々の飼育の積み重ねに支えられ、まさに生き生きとした動物たちの姿に出逢うことができます。かれらはわたしたちに、貴重な知識、そして忘れられない思い出を与えてくれます。
 
動物たちを知りましょう。
 
写真提供:森由民
※ホンドギツネとホンドタヌキの写真は、ライターの田中大輔さんに御提供いただきました。

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