日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第10回 ジャコウネコってネコなの?
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
・今回ご紹介する動物:アフリカジャコウネコ・コジャコウネコ・ハクビシン
・訪ねた動物園:豊橋総合動植物公園、名古屋市東山動植物園、上野動物園
豊橋総合動植物公園の夜行性動物館では、国内で唯一、アフリカジャコウネコを飼育展示しています。
「ジャコウ(麝香=ムスク)」とはジャコウジカのオスの腹部にある分泌腺から採れる物質で香水の原料となります(※)。ジャコウネコ類も肛門近くの分泌腺から麝香に似た物質を出すためにこの名を持ち(この分泌腺がない仲間もいます)、アフリカジャコウネコの分泌物は香水の原料にもなっています。これらの分泌物は本来、かれらがあちこちににおいをつけて互いにコミュニケーションするために用いられています。
※現在、麝香の商業取引は国際条約(ワシントン条約)で禁じられており、化学合成された代替品が用いられています。
この個体も「においつけ行動」をしている様子でした。
こちらはアジアに生息するコジャコウネコです(名古屋市東山動植物園・自然動物館)。プロポーションや体の模様、そして動き。見るほどにユニークなありさまです。
動物園でジャコウネコたちを前にすると、ほとんどの来園者の皆様は解説プレート(ジャコウネコ科)を見るなり「あ、ネコなんだ」と納得するようです。
しかし、実のところ、ジャコウネコ類(ジャコウネコ科)はネコ科とは独立したグループです。確かにジャコウネコ類は進化の系統に基づく分類ではイヌよりネコに近いと言えますが、それはクマ科がネコよりはイヌやアザラシに近いという程度の大づかみな話に過ぎません。
では、なぜジャコウネコは「ネコ」という名を含んでいるのでしょうか?
ジャコウネコ類はもっぱら南アジア~東南アジアやアフリカの中南部に分布します。日本に生息するのはハクビシンのみで、それも近年の遺伝子レベルの研究で台湾から人の手で持ち込まれたという判断が有力になっています(※)。
※写真は、豊橋総合動植物公園内の自然史博物館の展示標本です。
上野動物園の子ども動物園では給餌の際にハクビシンの身体能力や体の特徴がわかるような工夫をしています(給餌の時間や頻度は不確定です)。
ヒトの赤ちゃんにも似たすべすべでしなやかな足裏の前足を器用に使い、伸び上がったり枝から吊るされた餌を手繰り寄せたりします。
野生のハクビシンは果実等を好みますが、小動物を捕食することもします。動物園では馬肉などが与えられます。
このようなハクビシンの姿を見ると、かれらが熱帯の森の樹上でも自在に活動できるように進化していることがよく分かります。
そして、このように元来は日本と隔たった地域や環境の動物であるがゆえに、それらに日本語で名をつける時、わたしたちは「強いて身近な動物になぞらえるならネコ……かな」といった心の働かせ方をしたのではないかと思われます(ネコも人の手で日本に持ち込まれた動物ですが)。
このような発想法は人間一般に当てはまるように思われます。たとえば、野生のタヌキは東アジア原産で欧米人には馴染みの薄い動物ですが、タヌキの英語名は”raccoon dog”(アライグマのようなイヌ)と言います。タヌキはイヌ科ですがアライグマは北アメリカ原産のアライグマ科の動物です。つまり、見慣れぬタヌキをそれよりも馴染みのあるアライグマに引き寄せて捉えており、これもまた「文化的な見立て」と言えるでしょう。
人の文化と動物たちの(科学的)本質、その両方を知ることでわたしたちの知識と感覚の世界は益々豊かになるでしょう。
動物園に行きましょう。
※以下の文献を参考にしました。
長谷川政美(2011)『新図説・動物の起源と進化』八坂書房。
マクドナルド、D.W.編(1986)『動物大百科 1.食肉類』。
◎「アフリカジャコウネコ」に会える動物園
豊橋総合動植物公園
公式サイト http://www.nonhoi.jp/
◎「コジャコウネコ」に会える動物園(※)
名古屋市東山動植物園
公式サイト http://www.higashiyama.city.nagoya.jp/index_pc.php
※ハクビシンも飼育展示されています。また、同じジャコウネコ科のビントロングもいますが、これもきわめてユニークな動物なのであらためて特集したいと思います。
◎「ハクビシン」に会える動物園
上野動物園
公式サイト http://www.tokyo-zoo.net/zoo/ueno/
写真提供:森由民
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