日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第77回サメのしぐさを熱く観ろ
●訪れた施設:横浜・八景島シーパラダイス
☆以下の取材は、2024/1/29に行いました。
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物:ハナザメ、アカシュモクザメ、メジロザメ、トビエイ、コロザメ、ネコザメ、ドチザメ、トラザメ、ナヌカザメ、シロワニ、ラブカ、ミツクリザメ、ギンザメ、アオウミガメ、ツマグロ、イヌザメ、マダラトビエイ、ホシエイ、バンドウイルカ
横浜・八景島シーパラダイスのアクアミュージアム。700種類、12万点の生きものたちが生活する、日本最大級の水族館施設内のLABO5「大海原に生きる群れと輝きの魚たち」と名づけられたゾーンの大水槽に沿って、海のただなかをエスカレーターで昇っていきます。
特徴的な吻を持つハナザメ。かたや、横に張り出したハンマーのような頭部のアカシュモクザメ。シュモクザメのユーモラスな目のつき方は狩りの視野を広げるはたらきを持つと考えられています。また、頭の前面には微弱な電流を感じるロレンチーニ瓶と呼ばれる器官が並び、これも獲物の感知に役立っています。
こちらはメジロザメ。中国語名は「高鰭白眼鮫」ですが、なるほどというところです。背びれにはコバンザメ。
しかし、コバンザメはサメではありません。
コバンザメは硬い骨格を持ち(硬骨魚類)、体の左右にひとつずつの一対の鰓(えら)の開口部(鰓孔)を持つスズキの仲間です。頭部に鰭(ひれ)が変化した吸盤を持ち、サメなどの他の魚類にはりついて、それらの魚が食べる餌のおこぼれを摂りこみます。
これに対して、サメは板状の鰓の弁が並んでおり、板鰓類(ばんさいるい)と呼ばれるグループに含まれます。ここにご紹介したそれぞれのサメの写真でも体の側面に鰓弁が並んでいるのがわかります。板鰓類はさらに大きな分類としては軟骨魚類に属します。軟骨でできた骨格を持つ仲間ということです。
サメと同じ板鰓類に属するのは、エイの仲間です。こちらはトビエイ。シャープなフォルムではばたくように泳ぎます。大水槽ではなく、LABO8「海の王者サメ~五感で知るサメの世界~」の一部である水槽のなかで見られます(大水槽では別種のマダラトビエイが飼育されています)。トビエイの名は、鳥のトビに似たかたちや色模様からであるとも(鳶鱏)、水面を飛び跳ねるからとも(跳鱏)言われているとのことですが、いずれにしろ鳥を思わせるものがあるという見立てのようです。
ご覧のようにエイはサメとはちがい、腹部に鰓弁が並びます。これがサメとエイの一番わかりやすい見分け方となり、進化の系統としても2つに仕分けられます(板鰓亜綱サメ亜区/板鰓亜綱エイ亜区)。
こちらもLABO8のフロアに置かれた水槽です。ここにいるのはコロザメです。平たい姿はエイを思わせますが、頭部と胸鰭の間に隠れるかたちながら体の側面に鰓孔があります。つまり、サメということになります。
板鰓類の別の大きな特徴は鱗です。LABO8で時間を決めて催されるタッチング体験(LABO8のリニューアルに伴い、2023年4月下旬から始まりました)。
対象はこちらのネコザメとドチザメです(※1)。
※1.動物たちの健康等に配慮しながら構成されているイベントなので、タイム・スケジュールや内容は変動があり得ます。詳しくはこちらをご覧ください。
俗に「鮫肌」ということばがあります。肌荒れなどでざらついている状態をサメの触感にたとえています。実際、サメの皮そのものを使って、鮨などのわさびを擦る「鮫皮おろし」は古くから使われている道具です。わさびだけでなく、大工仕事での板の表面の仕上げなどにも鮫皮が使われてきたとのことです。鎧などの武具の一部に装飾として鮫皮があしらわれたこともあります。これらの用途は、おしなべてサメの楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる鱗の性質に拠っています。
魚類の鱗は骨と共通の成分を持ち、骨格(内骨格)に対して、皮膚組織のすぐ下に形成される「皮骨」と解釈されています(※2)。板鰓類ではこの鱗が細かい粒状のかたちで並んでおり、これが板の仕上げに使えるほどの滑らかな削り具合や、わさびの細胞をうまく壊して辛み成分を引き出すといったはたらきにつながっているのです。
そして、板鰓類が軟骨魚類であることも思い返しましょう。板鰓類の体内には軟骨しかありませんが、楯鱗は硬い骨質となっているのです。また、楯鱗の表面にはエナメル質も形成され、このような点から歯との共通性(鱗から歯が進化してきた可能性)が指摘されています。
※2.四肢動物(陸生脊椎動物)の進化では、両生類の段階でいったん皮骨としての鱗が失われた後に、現生の爬虫類・鳥類・哺乳類などに向かう系統では皮膚自体が変化した鱗が形成されました。鳥の羽毛もわたしたちの体毛も、このような皮膚に由来した鱗に起源を持ちます。
なお、以下、鱗については下記の文献を参照しました。
田畑純ほか(2020)『鱗の博物誌』グラフィック社
LABO8では、ネコザメやドチザメのタッチング体験で楯鱗を実感するとともに、こちらのような拡大映像での観察もできるようになっています。
ゾーン名に付された「五感で知るサメの世界」ということばにふさわしく、タッチング体験の時間にはこんなものも登場します(※3)。ネコザメなど、ある種のサメ類の卵は硬い殻(卵鞘)に包まれており、卵は卵鞘のなかで育ってから孵化します。
※3.その時々の担当者が、来館者の年齢層などをもとにどんな標本を提示するかを判断しているため、ラインナップは変動します。
かたや、ドチザメは母親の体内で卵が幼魚に成長してから生み出される胎生です。これもサメ類では珍しくありません。サメ類の進化はかなり多様なのです。
こちらはナヌカザメとトラザメ(右)の卵鞘です。ネコザメの卵鞘のねじれたかたちとは対照的で、ときに「人魚の財布」などとも呼ばれます。
こちらが「人魚の財布」から生まれた子宝。人魚ならぬトラザメの幼魚です(卵鞘から出て四日目)。楯鱗の様子もよくわかります。
ちなみにこちらがナヌカザメの成体です。タカアシガニなどと混合展示されています。
タッチング体験が行われる「サメ体感カウンター」から振り返った水槽を悠然と泳ぐのはシロワニです。サメ(鮫)類は古くから「鱶(フカ)」と呼ばれてきたほか(既にご紹介したメジロザメもしばしば「ヤジブカ」と呼ばれています)、しばしば「鰐(ワニ)」とも称されます(※4)。
※4.中国語では「鰐」は文字通り、爬虫類のワニですが、これは古代中国にはワニが生息していたからではないかとも言われています。たとえば、下記が参考になります。
青木良輔(2001)『ワニと龍 恐竜になれなかった動物の話』平凡社
そんなわけでシロワニもまた、サメらしい名の持ち主ということになります。シロワニは他のサメ類を捕食するので「サメ食いザメ」とも呼ばれますが、夜行性で嗅覚が発達しています。昼間は海中の洞窟や岩陰などに隠れているのが常です。この水槽の左半分が暗くなっているのは、そんなシロワニの習性を念頭に、シロワニたちが自分の過ごす空間を自由に選べるようにと言う配慮となっています。
シロワニ水槽に同居する魚たちの影の向こうに、何か白っぽいものが沈んでいます。
これはシロワニの歯です。タッチング体験では、水槽のなかに抜け落ちていたものをスタッフが回収して提供しています。
「サメ体感カウンター」の壁面にはさまざまな種類のサメの頭骨が展示されており、シロワニのものも見ることができます。サメの歯は顎の内側から次々と新しい歯の列がせり出してきて、古い歯が抜け落ちる方式になっています。
こちらもタッチング体験で提示されるネコザメの頭骨ですが、顎の奥の方の歯に注目です。わたしたち哺乳類は大きく分けて4種の歯(切歯・犬歯・小臼歯・大臼歯)を持ちますが、他の脊椎動物ではほ乳類ほどに明確な歯のかたちの分化(異歯性)は見られません。けれども、サメ類についてはこのネコザメのような例外が知られています。ネコザメは、固い殻を持つ貝類やウニ、甲殻類などを好んで食べるので、このような歯が適応的に進化したのでしょう。
こちらもなかなかの歯並び。ラブカです。世界各地の深海に広く分布していますが、円錐形の内側に曲がった歯でイカなどを捕らえ、丸呑みします。この歯や、鰓弁が6列であること(現生のサメ類の標準は5列)、ウナギのような細長い体型など、3億数千万年前に生息していた古代のサメ類の特徴を引き継いでいる存在として注目されています。
ラブカという名はいかにも学名(原則としてラテン語)とかにありそうな響きですが「羅鱶」と漢字をあてることができます。滑らかな皮膚を毛織物のラシャ(羅紗)にたとえたと言われています。八景島シーパラダイスでは冷凍標本ながら実際にラブカに触れることもできます(写真中央がラブカです)。
こちらの写真の一番上はミツクリザメです。独特の顎の構造で、それを素早く突き出して他の魚を捕食することが知られています。
ミツクリザメの名は著名な魚類学者・箕作佳吉にちなみ、最初の学術的記載は横浜沖で捕獲された個体に基づいています。また、その捕食行動の解明にも日本の研究者やメディアが大きく貢献していますが、冬季にタカアシガニ漁などで捕獲されるものの、いまだ長期の飼育には成功していません。横浜・八景島シーパラダイスでは過去に17日間の飼育を行った記録を持ち、今後、同館を含む水族館の取り組みが、ミツクリザメについてのさらなる探究につながることが期待されます。
もうひとつ。さきほどのミツクリザメの冷凍標本の写真で一番下に収められていたのはギンザメという魚です。ギンザメは軟骨魚類ですが、サメやエイが属する板鰓類ではありません。全頭類と呼ばれ、鰓弁は4列で硬骨魚類と同じようにその上に鰓蓋があります。4億年前には板鰓類と分岐していたと考えられ、ギンザメもまた、魚類の進化の歴史の多様性を体現する存在なのです。
数々の魅力的な水槽の並ぶアクアミュージアムの館内を屋上部に登っていくと、LABO10「サンゴ礁を彩る群れの魚たち」の一部、屋外とつながった水槽があります。主役と言うべきアオウミガメ。
そして、ここにもサメがいます。鰭のワンポイントとなる黒が特徴的なのは、その名もツマグロです。野生でも比較的浅い海に生息しています。
こちらはイヌザメ。サンゴ礁の砂底を主な生息域とします。
LABO8でご紹介したネコザメはネコザメ目、イヌザメはテンジクザメ目でそんなに近縁ではありませんが、甲殻類や硬骨魚類などを捕食することは共通で、どちらも水中のにおい物質を集めるひげを持っています。それぞれの和名の由来についてはいまのところ定説がないようですが、見比べるとイヌザメの方がいくらか面長で犬っぽいかななどとも思われます。
アオウミガメたちの水槽はウミガメの上陸用の砂浜が設けられています。
そんな浜辺に、顔ならぬ鰭を覗かせるツマグロです。
かたやアオウミガメとコバンザメ。この組み合わせは、他の水族館でも時折見かけます。
板鰓類を中心にアクアミュージアムを堪能してきましたが、もうひとつだけ板鰓類の特徴をご紹介しましょう。これはトビエイのオスです。オスメスを見分けるポイントは腹鰭の後ろに2本並んでいるクラスパーです。クラスパーは板鰓類の交接器でこれをメスの総排出口と呼ばれる部位に挿入してメスの体内に精子を送り込みます。哺乳類などのペニスに似たはたらきをするわけです。
こちらはホシエイのオスです。
板鰓類はわたしたち四肢動物とはまったくちがう系統ですが、それだけに板鰓類のクラスパーの進化は、それと比較することで四肢動物の進化にも新しい角度からの探究の光を当てることができるように思われます(※5)。
※5.水族館での行動の観察では、サメやエイのオスは個体ごとにメスへの交接に右からとか左からとかの好みがあるように映るとも言います。もしかしたらクラスパーの使い方に「右利き/左利き」があるのかもしれません。そんな興味も抱きながら水族館を楽しみたいと思います。
ちなみにイルカも泳ぐ姿の観察からオスメスを見分けられます。こちらはアクアミュージアムとは別の施設ドルフィンファンタジーのアーチ水槽です。映っているのは、メスのバンドウイルカのリグと、ロイです。この水槽には、他にロイの母親のフォアもいます(リグとロイには血縁はありません)
3ショット。中央にいる個体がリグです。ロイにとっては「近所のおばちゃん」というところでしょうか。しかし、単に擬人化するだけでなく、せっかくの機会に「本物」のイルカたちのありさまをさらに細かく見ておきたいところです。イルカは社会性が豊かな動物です。この3個体の間にも、イルカならではのいろいろな関わりが観察できるでしょう。
さて、オスの見分け方ですが、こちらはロイ。筋になっているのが生殖溝で、このなかにペニスが収納されており、交尾の際には伸びてきます。生殖溝の後ろにあるのが肛門です。
一方、ロイの母親であるフォアは生殖溝と肛門が近接しています。そして、生殖溝のなかに尿道口と膣口が開いています。さらに生殖溝の左右にあるのが乳溝で、ここに乳首が収納されています。イルカはわたしたちと同様に哺乳類で、体の基本構造は一致しますが、水中生活に再適応することでいろいろな変化を遂げています。これもまた、板鰓類のあれこれの特徴と同様にわたしたち自身と比べ合わせながらじっくりと観察してみたいテーマです。
エスカレーターに始まったお話の最後はエレベーターで締めたいと思います。アクアミュージアムの各階を結ぶエレベーターのなかでもエイに出逢えます。
種類は?性別は?
深く豊かに、水族館で想いましょう。
写真提供:森由民
◎横浜・八景島シーパラダイス
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