日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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- 第79回動物たちのつかみどころ
- 第78回動物園がつなぐもの
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第23回 砂漠のキツネ・鳰(にお)の浮き巣
こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物:フェネック・アカギツネ(ホンドキツネ)・ニホンリス・アズマヒキガエル・カイツブリ
●訪ねた動物園:井の頭自然文化園
子ギツネたち?それが、すなおな第一印象でしょう。しかし、この動物たちは立派なおとなですし、ペット向けに愛らしく改良された品種でもありません。
展示の造り込みに注目しましょう。砂漠を思わせる乾いた景観です。かれらの種名はフェネック、アラビア半島やアフリカ大陸の乾いた土地に分布します。
のんびり昼寝の姿にも、フェネックの特徴が見て取れます。大きな耳は小動物などの獲物の気配を鋭く感じ取るとともに、熱を逃がすラジエターの機能も担っていると考えられています。足の裏も毛で覆われていますが、これは熱い砂や岩の上を歩くための適応です。
「動物は本来の生息環境にいる姿が一番魅力的なはず。体のつくりや色などもそんな環境に適応している」
動物園の限られた空間にもスタッフのそんな想いと工夫が詰め込まれています。ケージと人止め柵の間に礫が敷かれているのも、来園者の感覚がその向こうの「フェネックの世界」につながってほしいという願いからです。
フェネックのケージは三つ並んでいます。左と中央にはペアが、右側にはメス3頭が展示されています(2017/3/3現在)。
中央のケージ、オスのトシチャンは人工哺育された三兄弟の一頭ですが展示個体には必要以上の「人づけ」は行なわれず、サンシャイン水族館由来のメス・ミミコとの和やかな姿も自然です。
時間等は不確定ながら原則として午後遅めに行なわれる給餌。固形飼料やジャンボミルワーム(甲虫の一種の幼虫)などが与えられます。
食事の際に見せる表情や足先で引っ掛けるような取り方に、ふと野生の面影を見出します。
ひとしきり食事をすると、餌の一部を埋める貯食行動が観察されたりもします。
こちらは前に埋めた分を掘り出しているところ。無事に見つけられたようです。
フェネックは排泄の後にも鼻先で砂をかけます。展示場のあちこちにフェネックたちがさまざまな理由で掘った跡を見つけることが出来ます。
冒頭にも触れましたが、来園者の多くはフェネックを見て「キツネ?」と反応します。その後、種名プレートに気づくのですが、今度は「キツネじゃなくイヌ(科)なんだね」という声が聞かれます。
しかし、フェネックはキツネの一種でありイヌのなかまでもあります。同じ園内にいるアカギツネ(ホンドキツネ)のプレートと並べてみました。どちらもイヌ科です。そして、学名の前半が”Vulpes”になっていますね。これは「科」よりひとつ下のグループ分けで「キツネ属」を意味します。つまり、フェネックもアカギツネも同じようにイヌ科~キツネ属で、しかし別種なのです。学名とか分類とかはなにやら抽象的なだけの理論に思われますが、フェネックとアカギツネのように生きものは近いなかまながらも互いにちがった環境に適応しながら進化しており、分類とはそんなかれらの生き方を「科学のことば」で綴ったものなのです(※)。
※キツネについては、こちらの記事も御参照ください。
「第7回 貉と狸」
貯食と言えば、こちらも。落ち葉溜まりを漁るニホンリス。クルミをひとつ見つけ出しました。井の頭自然文化園の動物コレクションの中心は、日本産(ことには園がある武蔵野ゆかり)の動物たちや、童話・昔話などで馴染みのある動物たちです。先述のホンドキツネもそうですが、ニホンリスについては来園者がリスを放し飼いにした中に歩み入って、かつての武蔵野の「森」を感じられる飼育展示施設「リスの小径」が設けられています。
リスの小径の一角に置かれた盛り土。中には飼育スタッフの手でクルミが仕込まれています。リスはクルミを好みますが、一度埋めて隠して後で食べるといった貯食を行ないます(※)。この装置はそんな行動(地中のクルミを見つけたり、あるいは埋めたり)を引き出し、リスにも来園者にも、より自然なありさまでの出逢いの場を提供することを試みているのです。
※野生でもクルミのほかドングリの類いなどが土に埋められ蓄えられますが、リスが回収しそびれたものはやがて発芽し、結果として森の木々の若返りにもつながります。
巣箱の中でうとうと。巣箱は妊娠個体の出産・育児の場ともなります。リスたちが垣間見せてくれる生活のあれこれを、妨げにならないように観察させてもらいましょう。
リスの小径を流れる小川。「コンパクトな森」として整備された場には、リス以外にもさまざまな生きものが飼われています。
たとえば、アズマヒキガエル。かれらは寒くなると落ち葉の積もった中などに潜り込んで越冬しますが、春には活動を再開し、オスはメスに背後から抱きつくようにして(抱接)、メスが生む卵に放精します。今年も取材した時期(2017/3/3)にはそんな姿が観察されはじめたということでした。
さて、先程のヒキガエルの写真はリスの小径のものではなく、リスやフェネックのいる「動物園(本園)」と車道を挟んだ「水生物園(分園)」にある淡水水族館「水生物館」のものでした。水生物館は水生物園が面する井の頭池に生息する、あるいはかつて生息していた生きものを中心に展示しています。この写真のカイツブリもそのひとつです(最近の井の頭池の様子を模しています)。
カイツブリは魚食者です。数分に一度は潜水し魚を捕らえます(※)。
※現在、水生物館ではペアのカイツブリを飼育しています。後述のようにまだ未熟さの残る若い個体で「狩り」もあまりうまくありませんが、それでもこの写真のような上首尾も観察できます。
カイツブリは一見不格好なほど足がお尻寄りについています。しかし、御覧のようにこのプロポーションが素早い潜水活動を可能としています。カイツブリの後ろ足は一般的な水かきではなく、指一本ずつがオールのようになっています。これを「弁足」と呼びますが(※)、このように一見、ガンやカモに似たカイツブリは、実は進化の系統ではかなり離れた存在です。ガン・カモとの類似は、似たような環境に適応した「水鳥的特徴」なのです。
※ガン・カモ類の水かきは「蹼足(ぼくそく)」と呼ばれます。
さらにカイツブリは水辺の草などを集めて「浮き巣」をつくることが知られています。現在の若いペアにはいまのところ巣づくり行動は見られませんが(※)、以前の個体ではペアが共同製作する特徴的な浮き巣を観察することが出来ました(2010年撮影)。
カイツブリは古い日本語では「鳰(にお)」と呼ばれます。「鳰の浮き巣」ということばは書物の中にも見出すことが出来ます。井の頭自然文化園はその名の通り「人と動物の自然と文化」の営みのあれこれを、わたしたちに体験させてくれる場なのです。
※飼育スタッフは巣づくりスポットに水苔を敷いて、かれらの行動を引き出せないか試行中です。
水生物館の裏手、これが井の頭池です。野生のカイツブリと出逢うことも出来ました(※)。
※園内に水辺の観察路が設けられています。
最後にもう一度、フェネックです。こうしてさらに間近で観察できるスポットも設けられています。どんな夢を見ているのやら。みなさんも、かれらの向こうにアフリカの砂漠を、動物園のいまに武蔵野の森や水辺の面影を、ひととき思い描いてみてはいかがでしょうか。
動物園へ行きましょう。
写真提供:森由民
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