日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第28回ウサギらしさはどこにある?
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
※1.以下、大阪市天王寺動物園は今回のために取材しました(2017/9/5)。他の園については過去に別途行なった取材や一般入園者としての見学に基づき、あらためて各園の御了承を頂いて掲載させていただいております。
●今回ご紹介する動物:イエウサギ(カイウサギ・ヨーロッパアナウサギ)、メキシコウサギ、トウホクノウサギ、キュウシュウノウサギ
●訪ねた動物園:海の中道海浜公園・動物の森、名古屋市東山動植物園、盛岡市動物公園、大阪市天王寺動物園
「ウサギってなぁに?」
そう尋ねられたら、みなさんはどう答えますか。
「耳が長くてぴょんぴょん跳ねて……」
たとえば、こんなイメージが一般的でしょう(写真は、海の中道海浜公園・動物の森のイエウサギ、2010/6/7撮影)。この写真でもわかりますが、ウサギ類の跳ね方(走り方)は独特です。前足は前後に着地しています。そして、それを跳び越えるように揃えた長い後足が踏み出されます。つまり、雪などの上に残る足跡とウサギの進行方向は下掲のようになるのです。
(‥:→‥:→‥:)
海の中道海浜公園・動物の森では、イエウサギたちが広々とした運動場で暮らしています。
イエウサギ(カイウサギ)はヨーロッパアナウサギを家畜化したものです(※2)。かれらは巣穴を掘り、繁殖もその中で行ないます。ゆったりとした「動物の森」の土の運動場では、そんな穴掘り行動も引き出されています。
※2.このウサギは日本でも広く飼育され、色素を持たないアルビノ個体を品種化した日本白色種は「白いからだで赤い目」というわたしたちのウサギ・イメージの元ともなっています。しかし、ここで述べたようにイエウサギは日本在来のウサギではありません。日本の野外に放たれている個体は「外来種」ということになります。
では、こちらは?耳も足も短く、外見上は尾もありません。あまり「ウサギらしく」ありませんね。
これはメキシコ市近郊の高地にのみ生息するメキシコウサギです(名古屋市東山動植物園、2013/10/10および2017/9/10撮影)。ウサギ類の先祖はこんな姿をしていたと考えられます。東山動植物園では現地の野生での生態に学び、かれらの運動場にナギナタガヤというイネ科の草などを植えています。メキシコウサギはその繁みの中で過ごすのを好んでいます(※3)。
鹿児島県奄美大島・徳之島の2島にのみ分布するアマミノクロウサギもメキシコウサギと同様、ウサギ類の祖形をとどめる稀少な種であることが知られています(※4)。
※3.現地では、メキシコウサギはこのナギナタガヤに似た「サカトン」という草の繁みを好み、「1テポリンゴ(メキシコウサギの現地名)、1サカトン」と言われるほどに、メキシコウサギの生息環境はサカトンと結びついています。巣穴もサカトンの根方に掘ります。
※4.アマミノクロウサギについては、こちらの記事も御覧ください。
「動物たちのくにざかい」
なお、メキシコウサギとアマミノクロウサギは互いにそれほど近縁ではありません。ウサギ類の進化のいくつかの枝で古い特徴をそのまま遺した種が見られるということです。
では、日本全体としての野生のウサギとはどんなものなのでしょうか。
こちらはトウホクノウサギです(盛岡市動物公園、2017/8/15撮影)。ここまでに登場したウサギたちとは異なり、かれらは巣穴を掘りません。その代わりに穴を掘るウサギたち以上に俊足で敵から逃げることが出来ます。
もっともかれらもまた肉食動物に捕らえられる側である以上、用心深いのは言うまでもありません(キュウシュウノウサギ、同前)。
さて、ここで問題です。この写真は2013/4/25に盛岡市動物公園で撮影したものです。前出のどちらの種類であるか、わかりますか?
答えはトウホクノウサギです。かれらは冬と夏でまったくちがった姿を見せてくれます。よこはま動物園ズーラシアの写真で比べてみましょう(2010/1/29および2012/7/19撮影)。トウホクノウサギもキュウシュウノウサギも、同じニホンノウサギという種に属しますが(種よりひとつ下の亜種として区別されます)、雪深い地に住むトウホクノウサギはその気候に適応して冬に向けて白くなり、夏に向けてまた毛変わりします。これはそれぞれの季節の野で景色に紛れるのに適しているからであると考えられます。ここにも南北に長い日本列島の自然の多様性が現われています(※5)。
ちなみに冬のトウホクノウサギは、白いイエウサギ(日本白色種)そっくりですが、よく見ると耳の先が黒く、目も赤くありません(つまり、アルビノではありません)。
※5.なお、北海道にはノウサギとは別種のエゾユキウサギとエゾナキウサギが生息しています。後者は今回扱っているウサギ類とは独立したグループで、現在、日本の動物園ではナキウサギ類は飼育されていませんが、エゾユキウサギについては下記を御覧ください。
「ブラキストンという名のフクロウ」
さまざまなウサギたちの姿を見てきました。日本のノウサギや祖形を遺すウサギたちとの対比で、身近なイエウサギにもその原種のヨーロッパアナウサギの特徴が垣間見えていることもおわかりいただけたかと思います。
ここは大阪市天王寺動物園。飼育員の手で育てられた青草を賞味するのは、オスのカイウサギ(イエウサギ)のペーターです。
「ふれあい広場」の一角にあるカイウサギのコーナー。どちらかといえばコンパクトと言えるでしょう。
ここで暮らすのはオス1・メス4の5個体です。紹介プレートと見比べれば、すぐに個体識別できますので、是非観察に役立ててください。
かれらはどれも7~8歳とウサギとしては高齢です。ふれあい等は行なわれておらず、のんびり暮らしてもらうのが主旨というところですが、それでもかれらの日常をより快適にするために出来るだけのことはやりたい、ということで2017年6月から、まずは餌の改革が進められてます。おしなべていえば、それまで与えていたカボチャ・サツマイモ・ニンジン・リンゴといったものを順次やめていき、野生のアナウサギに近い草食中心の暮らしを実現しようとしています。
片目の黒いパッチ模様が特徴のフック。引っ込み思案の個体で巣箱にこもってばかりでしたが、餌の改革が進むにつれ、外出してくるようになりました(※6)。フックに限らず、4月頃にはがらんとした放飼場にウサギたちの影もほとんど見られませんでしたが、現在は何よりもかれらそれぞれの行動圏が広がっていると言えるでしょう。
※6.この青草の栽培箱は当日にウサギたちに開放されたものです。前出のペーターの写真が開放直後の昼前の11時頃。そして、このフックの写真は15時頃です。
青菜を吊るすのは直接地面に置きたくないからです。野生でもいろいろな角度から草を食べているはずですし、このような工夫はささやかながらもウサギたちの選択の幅を広げることになっていると考えられます。青菜は原則として午前中に登場します。この時間帯、ウサギたちはあまり積極的に活動しない傾向があるため、かれらの自発性に任せつつも、こんな工夫がされています。
飼育的配慮は、その効果を検証しなければなりません。継続的に体重測定が行なわれています。いまのところ、体重は大差ありませんが、繊維質の入った糞が目立つようになりました。
食べてもよし、潜ってもよし、隠れてもよし。
隠れ場所、特に穴はかれらにとって必需品ですが、いまや穴掘り行動も盛んに見られます。ペーターは自分で穴を掘ることはしませんが、他個体が掘った穴(くぼみ)に一緒に入っている姿も見られます(※7)。
※7.おしなべてメスが積極的に穴を掘るようですが、オスが穴掘りに参加するという報告もあります(参考文献の河合雅雄)。
この夏に活躍したのは、こちらの簡易冷風装置です。発泡スチロールの箱に保冷剤を入れ、パイプで冷気を導くだけの仕掛けですが、2~3時間はもつとのことで、ウサギたちの快適さに大いに貢献したと思われます。
午後から夕方にかけては、送風機の前に群れる姿も見られます。
これから秋が深まり、やがて冬が訪れます。夏が「冷たい仕掛け」なら、冬は?なんらかの簡易暖房の導入も視野に入れて、天王寺動物園のカイウサギ飼育は続けられています。
動物たちと向き合い、飼育下でも野生の要素や動物たちの快適さに配慮したやり方を試みていくこと。それによって「生きもの」としてのかれらを伝えようとするのが動物園という場なのです。
動物園に行きましょう。
※以下の文献を参考としました。
河合雅雄(1971)「飼いウサギ」今西錦司・編『日本動物記I』思索社。
山田文雄(2017)『ウサギ学』東京大学出版会。
☆今回取材した園
◎イエウサギ(カイウサギ・ヨーロッパアナウサギ)に会える動物園
海の中道海浜公園・動物の森
大阪市天王寺動物園
※名古屋市東山動植物園・盛岡市動物公園でもイエウサギを飼育しています。
◎メキシコウサギに会える動物園
名古屋市東山動植物園
◎トウホクノウサギ・キュウシュウノウサギに会える動物園
盛岡市動物公園
写真提供:森由民
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