日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
- 第80回ぼぉとする動物園
- 第79回動物たちのつかみどころ
- 第78回動物園がつなぐもの
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- 第76回泳ぐものとたたずむもの、その水辺に
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- 第73回京都市動物園はじめて物語
- 第72回ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの名にあらず
- 第71回尾張の博物学 伊藤圭介を知っていますか
第24回 ジャガーをめぐる色模様
こんにちは、ZOOたんこと、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物:アムールヒョウ・ジャガー
●訪ねた動物園:神戸市立王子動物園・京都市動物園・天王寺動物園
高低差も十分の広々とした展示場でダイナミックに過ごすのは、アムールヒョウの母子・ポンとセイラ(※)。わたし(カメラアイ)と逆側の地上部にも観覧窓があるのが分かりますね。
※他にオスでセイラの父親にあたるアムロも飼育されています。ライオンを除くネコ科の動物は原則として単独生活者なので、飼育下でも母子を除いては一頭ずつで展示されるのが普通です。
神戸市立王子動物園の円形猛獣舎は、アムールヒョウをはじめとするネコ科猛獣たちの姿を回遊しながら高低両様の視点で観察することが出来ます。
おおあくびをするのはクロジャガーのアトス(オス)。寛ぎながらも、かれらが木登りを得意とし樹上で獲物を待ち伏せる習性を持つことを教えてくれます。
さて、こちらは京都市動物園のジャガー・アサヒ(オス)です。八月(旧暦では「葉月」)九日の生まれなのでフルネームは「葉月旭」と言います。骨の髄まで丹念に。さきほどのクロジャガーとは打って変わった華やかな斑文。では、両者はまったくの別種なのでしょうか?これから少しお話ししてみたいと思います。
アサヒと交代に展示場に出ているメスのクロジャガー・ミワです。ミワも熱心に食事中。食べているのは鶏肉ですが、たっぷりと青草がまぶされているのがわかりますか。先ほどのアサヒの写真でも、よく見ると台の上に青草が散っています。
この草は野生での獲物の毛に見立てられています。ジャガーたちはそれをむしりながら食べることで、野生での狩りにより近い体験が出来ることになります。そして、わたしたちもそのような目で観察することでジャガーの生態の理解を深められるでしょう。
さてではいよいよアサヒとミワの体を比べてみましょう。明るい日差しに照らされると、ミワ(上記1枚目の写真)にもジャガー独特の斑文があるのがわかりますね。クロジャガーはジャガーの黒変個体つまり個体変異で、種としては他のジャガーとまったく同一なのです。
そんなわけで、アサヒとミワの間にもいずれは繁殖が期待されています。ミワが王子動物園から来園したように、アサヒも大阪市の天王寺動物園から来園しました。こうやって、動物園同士が個体を貸し借りすることで、飼育下の繁殖を計画的に行い、日本全体、時には世界規模での飼育下個体の維持に努めています(※)。
※このような貸し借りを「ブリーディング・ローン」と呼びます。
こちらは天王寺動物園時代のアサヒです(写真手前・2015/6/10撮影)。一緒にいるのは同腹の「葉月ココ」(メス)です。葉月ココも2016/4に高知県高知市の「わんぱーくこうちアニマルランド」に移動し、同園のオス・ルモとの繁殖の取り組みが進められてます。
葉月旭・ココに続いて(2016/4/21)、天王寺動物園ではオス2頭が誕生し、卯月小助・佐助と名づけられています。
再び、京都市動物園。屋内展示場から表を窺うアサヒ。そこにはミワがいるのです。2頭の今後を温かく見守りましょう。
京都市動物園ではジャガーの樹上活動に配慮してケージが観覧者側にせり出した「オーバーハング」を設けています。
このあたりは、観察の醍醐味を堪能するわたしたちの自己責任で……。
京都市動物園も地域を問わず世界各地のネコ科猛獣を集めた複合的な展示施設「もうじゅうワールド」をつくっています。そこでは、比較展示によって動物たちの多様性が示されています。また、それぞれの展示の構造や解説プレートによって、個々の動物種の本来の習性や生息環境、さらには生息地の現状を伝えて、野生本来の生息地での動物や環境の保全活動とも連携することが目指されています。
これらに加えて、以上でも見た給餌や設備の工夫をはじめとしてさまざまな動物福祉にも意識的に取り組んでいます。それによって健やかで生き生きとした動物たちの姿を展示しています。このような福祉の意義自体を伝える掲示やさらなるレベルアップに向けたワークショップなども行なわれています(※)。
※写真のポスターにあるように、このような動物福祉の観点からの飼育動物の環境の向上を目指す科学的実践を「環境エンリッチメント」と呼びます。動物園は昔から常になんらかの飼育的配慮のもとに動物たちと向き合ってきたとは言えるでしょうが、経験的で時に途切れる危うさもある個人的な営みにとどまらず、ひとつひとつの実践の効果を検証し、園全体の組織としてスタッフの世代を超えての継承を実現していこうというのです。
最後にもう一度、斑文のお話です。これは王子動物園のアムールヒョウの斑文です。ジャガーとのちがいが分かりますか。ヒョウもジャガーも同じネコ科ヒョウ属というグループになりますが、まったくの別種です。ヒョウがアフリカからアジアにかけて広く分布するのに対して、ジャガーは中南米に生息します。遠く隔てられての長い時間は、かれらをそれぞれ特徴的なありさまに進化させましたが、そんなちがいは斑文にも表れているのです。
ヒント代わりに京都市動物園・もうじゅうワールドに掲げられたあみだくじ式のクイズです。画像処理で答えを隠してありますが、ここまでの写真を御覧になれば、きっと正解に辿り着けます。
あとは是非、実際の展示で御確認ください。
動物園へ行きましょう。
写真提供:森由民
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