日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第34回頭でかくて尾も隠さず
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物:オオアタマガメ・ヒメカエルガメ・カブトニオイガメ
●訪ねた水族館:世界淡水魚園水族館 アクア・トト ぎふ
その名もオオアタマガメ。中国南部~インドシナ半島に生息するこのカメは体に不釣り合いなほどに大きな頭を持ち、結果として首を引っ込めることが出来ません(※1)。
※1.代わりに後頭部にある堅いうろこが頭を守るはたらきをしています。
今回はこんなユニークなオオアタマガメの容姿に潜む秘密とかれらカメたちへの飼育的対応を覗いてみましょう。
カメラを構えて近づくと、こちらを観察するようにじろり。甲長十数センチとそんなに大きなカメではありませんが、なかなかの存在感です。
しかし、以前の当館のオオアタマガメの展示ではカメは水槽の奥に落ち着いていることが多く、特徴的な頭もよく見えないことが多かったのです(※2)。
これは本種にとって本来の姿ではないのではないか。飼育スタッフからのそんな疑問が展開の始まりでした。野生のオオアタマガメは岩場の多い渓流に住み、泳ぐのも速ければ、頑丈な肢や爪で岩や木にも登ると報告されています(※3)。そんな行動を引き出し、かれららしく暮らしてもらうことがカメのためにもなり、展示効果ともなるはずだ、そんな想いが高まっていったのです。
※2.この写真は以前の飼育個体です(2015/2/11撮影)。現在の個体は2015/6に来館しました。しかし、この写真のような様子が日常的だったのは変わりません。
※3. かれらの大きな頭も水生昆虫・魚介類などを捕食する生活に結びついています。時には動物の死体や果物なども食べることが知られています。当館での主な餌は固形飼料で、これによって安定した飼育を維持していますが、特別に魚やコオロギなどを与えると目覚ましい食欲を示すとのことです。
そこで取り入れられたのが科学的トレーニングの手法でした(※4)。竹のピンセットにビニールテープを巻いてカメの口を傷つけないようにしたものを使い、飼育スタッフが意図した行動が見られたらホイッスルを鳴らして固形飼料を与えます。こうして望ましい行動を定着させていくのです。岩登りだって、この通り。これは単に餌で引きつけて動かしているというのにとどまるものではありません。先程の写真のように、飼育スタッフ不在の際にもカメの好奇心や活動性が増しているのが何よりの証拠でしょう。目的はオオアタマガメがかれららしく暮らしてくれることなのです(※5)。このような「淡水ガメ類のトレーニング」の取組みはあまり実施例がなく、アクア・トト ぎふでは実験的に行っています。
※4. このトレーニングは不定期に公開展示水槽内で行なわれています(昼頃が多いとのことです)。過去には短期の特別イベントとされたこともあります。
※5. 運動不足の解消も期待されます。飼育下の環境は規模も質的な豊かさも野生に比べて切り詰められたものとなります。だからこそ、飼育下の動物たちの環境を少しでも豊かにする飼育的努力が不可欠となります。このような試みを体系的に行なうことを「環境エンリッチメント」と言います。文字通り、飼育環境を豊かにするという意味です。
木に登ることを促しています。飼育スタッフは、この場面でカメに大きな期待を抱いています。
あわや転落……と見るや、踏みとどまりました。このカメ独特の長くてしっかりした尾が役立っているのがおわかりでしょう。これも野生での知見として、木の枝などに尾を巻きつけてぶら下がることが出来るとされています。尾の力は急斜面や急流などでも体を支える役目を果たしているのではないかとも考えられています。トレーニングを通して、そんな姿が垣間見えてきているように思われます。
行動を起こすことが大切で、望ましい行動をしたことに対して報酬(餌)を与えます(※6)。
※6.具体的には尾を木にかける行動が見られたらホイッスルを鳴らして給餌し、その行動を強化・定着しています。
既に述べましたが、これらのトレーニングは展示効果のみならず、動物たち自身の健康な暮らしのサポートを目指しています。一般来館者の目には触れないバックヤードでもトレーニングは行なわれています。こちらは南アメリカ原産のヒメカエルガメ。ターゲット棒を用意し、そこにタッチしたらOKというトレーニングをしています。この個体は反応がよく、現在はターゲットの追尾、持ち上げても静止状態を保つことが可能となっています。
アメリカ合衆国原産のカブトニオイガメには水槽の内外からのライトの刺激に反応することをトレーニングしています。
合図に従って一定の行動をすること(※7)。餌という報酬を活かしながら、動物とトレーナーの間でそのような約束をつくりあげるのです。先程のヒメカエルガメの静止のように、結果として、たとえば体重測定・採血・治療といったことも動物へのストレスが低いかたちで実現できます。
※7.オオアタマガメのトレーニングでは、ピンセットで水槽の縁を叩くことで始まりを告げるといったことも行なわれています。「ここからがトレーニングだよ」という枠を創ることは、それ以外の場面で動物たちが、より自然な行動をとるためにも有効です。目的は飼育スタッフになつかせることではないのです。
動物園や水族館は動物たちの野生や健康を保ちながら展示するように努めています。時には飼育スタッフとの合理的な関係づくりとしてのトレーニングが、より自然な姿の展示につながることもあります。
そして、そういう営みまで含めての全体を見聞することで、わたしたちはさらに深く動物たちを知っていくことが出来るのです。
水族館に行きましょう。
☆今回取材した館
写真提供:森由民
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