日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第40回ゾウを慮 る
こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物:アジアゾウ・ラマ・ポニー・モルモット・マーラ・ケヅメリクガメ
●訪ねた動物園:岡崎市東公園動物園
※1.特に注記のない写真は、2018/6/22および9/5に撮影したものです。
岡崎市東公園動物園は、その名の通り、緑豊かな公園の一隅にある無料の動物園です。市民が散歩がてらに気軽に訪れられる、そんな場所と言えるでしょう。
アジアゾウのふじ子は1968/4/10生まれ、1982年の来園以来、当園のシンボルとして親しまれ、満50歳を迎えました。それは当園の開園時でもあり(1983/5/1)、時代背景としては東京ディズニーランドの創設とも重なります(1983/4/15)。
もっぱらマイペースなふじ子ですが、気が向けばこうやって反応してくれたりもします。
こちらは2014/11/13に撮影したものです。ここまでの写真と見比べると動物舎の位置が90度変わっていますね。当園では2015年秋から昨年(2017年)の4月までかけてゾウ舎を大規模に改修しました。
ゾウは60年以上生きる可能性のある動物であることが知られています。ふじ子についても、彼女がまだ10年以上、ここで暮らしていくことを想定して、運動場・バックヤードともどもの拡充が計られたのです。
施設を改善していくことも大切ですが、日々の飼育的ケアはもっと重要です。他園同様、旧動物舎の時代から、ふじ子にも長年の飼育担当者を中心にトレーニングの時間が設けられていました(2014/11/14撮影)。大型で知能の高い動物であるゾウを健康に飼育し続けるには、ゾウとの間にいくつかの約束事を成立させ、日常的な健康診断や傷病時の手当てなどが、飼育スタッフの安全とゾウの平穏を維持しながら行えるようにしなければなりません。
具体的な約束づくりとして、たとえば、檻に体を横づけし、耳に触れる。一連の動作が行えたら、少しの餌を報酬的に与えます(※2)。これによって採血などがスムーズに行えるようになります。
当園ではこのようなケアの意義を伝えるための掲示も行われてきました。
※2.そこに飼育員と動物の信頼関係があることは言うまでもありません。現在ではこのようなトレーニングの流れは動物の行動学的研究に裏付けられて洗練され、特定の飼育員と動物の個人的な絆といったものを超えて継承・継続が可能になりつつあります。特に動物園という環境やゾウのような長命な動物に関しては、このような改革はきわめて重要と言えるでしょう。以上のような文脈でのトレーニングをハズバンダリー・トレーニングと称しています。この連載でも折々に御紹介しています。
こちらは現在のトレーニングの様子です。年齢を重ねてきた影響か、この数年、ふじ子は爪がもろくなってきた印象があります。昨年来(2017年秋)、右前足は蹄の中に一種のできものと思われる異常があり、外科的な措置を含めて治療とケアが進められています。これらが可能なのもトレーニングの賜物ですが、当園では長らくふじ子を担当してきた方が一線を退かれたのち、徐々にゾウ班というチーム単位でのふじ子との関係づくりを進めています。
新ゾウ舎になってからこのような公開性のあるトレーニングも可能になりました。ふじ子に対する飼育的配慮を市民に知ってもらうためにも効果的と思われます。
トレーニングや班体制での飼育は、ゾウにとって他にも意義があります。
野生のゾウはメスとその子どもたちのみが群れをつくり、おとなのオスは単独生活をするのが普通です。このような種特異的な社会性は飼育展示の上でも重視されるべきですが、多くの動物園ではどの動物種についても、もっぱらつがいといった最小個体数で飼育されてきた過去があります。ゾウなどはオスが独立心が高く、しばしば気の荒さを見せるなど長期の安定飼育がしにくいこともあり、結果としてメスの単頭飼育が一般的という状況にもなっていました。
いま、動物園もゾウを飼育するならメスの群れ飼育およびオスへも配慮した扱いをするべきであるという理念が定着しつつあり、それが出来ないならゾウ飼育からは撤退するべきであろうとも考えられるようになっています。
このような経緯の中で、現存の高年齢・単頭飼育のゾウたちに対しても、かれらの日常をかき乱さない範囲でさまざまな刺激を与える工夫や乏しいものになっている社会性を補償しようという試みが行われています。ふじ子についてもトレーニングは生活のリズムになると思われますし、ゾウ班のメンバーとの関わりが、ある程度までは群れにいるのと似た効果につながるであろうと期待されています。
ふじ子はホースで水を注いでもらうのが好きです。水浴びも自分でプールに入るより、ホースで水をかけてもらうのを好むといいます。
「ふじ子の要求を読み取りながら、飼育的に必要なケアもふじ子が進んで受け入れてくれるようなメンタリティをつくっていくこと」、ゾウ班のメンバーはそういう意識でふじ子と向き合い続けています。
昼下がり、ふじ子を一旦収容しての掃除、そして運動場のあちこちに餌を仕掛けます。
タイヤの中にも固形飼料が隠されています。こうしてあちこちの餌を探して歩くことは、ふじ子にとって運動となるだけでなく、感覚や知能への刺激、そしてそうやって退屈させないことで動物園での暮らしを少しでも豊かに過ごしてもらおうという意図があります。
青草は食べるばかりでなく、背中に載せるのも好きなようです。当園では公園内の枝葉を切ってきて与えるほか、時には飼育員が河川敷などに出かけて新鮮な青草を刈ってくることもあります。背中には白菜の葉などを載せることもあり、若干の重みがかかるのが心地よいようです。
指定された餌を購入して、ふじ子にプレゼントすることが出来る、ベルトコンベアー式の給餌器です。こちらは旧ゾウ舎の頃からの人気アイテムであり、ふじ子のお気に入りでもあります。鼻でベルトを回して餌を引き寄せる手並み(鼻並み?)も慣れたもの。
そんなふじ子ですが、運動場の一角にはなぜか手つかずの草が生えています。この草が好物でないというわけではありません。どうも、ふじ子なりのこだわりがあるようで、この辺りには近づかないのです。ゾウ班は近くに砂浴び用の砂を用意してやるなど、少しずつふじ子の気を惹いて、このエリアも活用してくれるように誘いかけていますが、30年以上も親しんだ設備をリニューアルしたばかりでもあり、ゆっくりと慣れてもらうしかないであろうと思われます。
ここでひとたび、ふじ子を離れ、園内の何箇所かに足を運んでみましょう。こちらはラマのオス・アムールへの餌やり体験です。南アメリカ原産の家畜ラクダ。間近で観察することでアジア・アフリカに分布する大型ラクダとの類似や相違もよくわかるでしょう(※3)。
※3.当園ではアムールのほかメス・リヤンも飼育しています。こちらのリンクの動画も御覧ください。
ウマも人の生活や歴史と強く結びついた家畜動物です。当園ではふれあいのほかに、ポニー乗馬も行っています(2014/11/13撮影、保護者の御了承を得て掲載しています)。
貼り出されているのは毎年恒例の動物たちの人気投票の結果です。ふじ子はいつも不動の一位。今年もきっと……
今年(2018年)の一位はモルモットでした。元々、当園ではふじ子とモルモットが常に接戦を行っていましたが、とうとう逆転です。ふじ子も来年に向けての張り合いが出来ましたね。
ふれあい時間ではありませんでしたが(※4)、特別にモルモットたちを撮影させていただきました。当園では2チーム30頭のふれあい個体とそれ以外に20頭のモルモットを飼育しています。
※4.ふれあいの内容やスケジュールなどはこちらのリンクを御覧ください。
当園では従来、イングリッシュという品種を飼育してきましたが、新たにシェルティという品種も導入しました。これが人気投票の勝因だったのでしょうか?この個体、1歳のメスのココシェルもシェルティ種の血を引いています(※5)。
※5.当園では最近、モルモットに個体名をつけはじめました。気になる個体がいたら飼育員に尋ねてみてください。
モルモット(テンジクネズミ)同様、南アメリカ産の齧歯類マーラ。草原に適応してウサギのような外見を持ちます。足元の器に注目です。給食センターのおさがりを活用しています。
こちらも、ふれあい広場の住人。メスのケヅメリクガメ・アオイは卵を産んでいました。無精卵ではありますが。
隣の運動場。アオイの卵にはまったく身に覚えのないオスのビワは食事に夢中でした。
「ZOO~っとおかざき」は当園が発行している季刊誌です。10/1に第50号が出されました(※6)。園内情報のみではなく、飼育スタッフ自らによる特集記事やコラムなども充実しており、コンパクトながらも魅力的な発信というそのありようは、東公園動物園の姿そのままと言えるでしょう。岡崎の地がゆっくりと育み続ける文化の一環として、是非当園を訪れてみてください。
動物園に行きましょう。
※6.詳しくはこちらを御覧ください。PDF版での閲覧も出来ます。
写真提供:森由民
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