日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第46回つま先立てて狩りへ
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:ニホンザル・アミメキリン・グラントシマウマ・カバ・ヒガシクロサイ・アフリカゾウ・アジアゾウ(標本展示)・ライオン・スマトラトラ・ホッキョクグマ・ニホンツキノワグマ
●訪ねた動物園:仙台市八木山動物公園
ニホンザルたちのためにさまざまな運動器具が設えられたサル山。
食べる姿、遊ぶ姿。そこにわたしたちはヒトとかれらの近しさを感じます。何よりも手の仕組みでしょう。かれらは、わたしたち同様に親指が他の指と向き合った構造になっているのです。
ヒトはサバンナでの直立二足歩行に適応して後ろ足ではものをつかめませんが、他の霊長類は四肢のすべてでものが掴めます。これは樹上生活への適応と解釈できます(※1)。わたしたちの手の構造も元々はここに由来しているわけです。
※1.今回の記事のテーマに関連して、下掲リンクも御覧ください。ゴリラの手の例を挙げるとともに、哺乳類以外の動物の足についても御紹介しています。
ビバリウムから「あし」を延ばして
ニホンザルは掌・足の裏全体を地面につけて歩きます。足の裏(蹠)全体で歩くという意味で蹠行性と呼ばれます。
一方こちらはアフリカ園。八木山の立地を活かした展示の代表です。木立の中の道をたどりながら折々に開ける眺望のなかで動物たちと出逢うことが出来ます。
長い舌で草や葉を巻き取るように食べるアミメキリン。
そんなかれらの足はどうなっているのでしょうか。
地下鉄の八木山動物公園駅から入園してすぐのビジターセンターには、過去の飼育キリン個体の貴重な骨格標本があります。
その足先をゆっくりと観察してみましょう。キリンは偶蹄目(正確には鯨偶蹄目と称されます)、重心が懸かって体を支えるのは第三趾(中指)と第四趾(薬指)です。わたしたちの指と比べると分かりますが、写真のように蹄に覆われた先端を含め、計三本の骨が指ということになります。つまり、キリンは指の先だけで立っているのです。蹄は単に硬い爪というのではなく、鞘のように指先の骨をすっぽりと覆って補強し、このような立ち方に役立っています(※2)。
※2.キリンの立ち方を「つま先立ち」というのは誤解を招きます。裸足になって試してみればわかりますが、わたしたちのつま先立ちというのは指全体で体を支える立ち方です。キリンの立ち方はむしろバレリーナ立ちとでも言うべきでしょう。蹄を持つ動物の指先だけでの歩行は蹄行性と呼ばれています。
先ほどの写真でもアミメキリンの遠景に写り込んでいたグラントシマウマ。ウマの仲間(奇蹄目)もバレリーナ立ちをしています。ただし、かれらは中指一本に重心がかかるのでキリンの二本指に対して蹄一本の足となることが可能となっています。
仙台市八木山動物公園には、この三月(2019/3/15)に広島市安佐動物公園から来たアンズを含め、グラントシマウマのメスは三頭います。また、普段は柵を隔てるかたちですが、メスたちの様子を見るオスのケイの姿も見られます。
奇蹄目にはウマ科の他にバク科とサイ科が含まれます。
こちらも仙台市八木山動物公園ならではの通景。カバは親指を除く四本指ですが、キリンと同じ鯨偶蹄目で、重心は中指と人差し指の間に来ます。
そして、ヒガシクロサイ。メスのランは今年(2019年)2/5に生まれました。母親ユキに育まれ、すくすくと成長中です。
かれらは親指と小指を除く三本指ですが、ウマ同様、重心は中指に懸かります。
草原に適応した動物種、特に肉食獣に狙われる側の動物たちでは力を一点に集中して地面を蹴ることが高速で安定した走行につながり、生き残るのに適していると考えられます。有蹄類(蹄を持つ動物)の進化での、指先だけで立つこと・指の本数を減らすこと・蹄で先端を補強することなどは、このような点できわめて有利に働いていると言えるでしょう。
クロサイは単独生活者なので社会的に父親はおらず、オスのアースは母子とは交互に展示されています。
アフリカゾウもまた、八木山ならではの森蔭の出逢いが楽しめます。かれらの足と言えば、太い柱のようなイメージですが……
仙台市八木山動物公園のビジターセンターにはアジアゾウの骨格も展示されています。御覧のように骨格のレベルではむしろ蹄行性の傾向を持ちます。かれらは巨体なので、浮き上がった踵に脂肪を中心とした柔らかい組織が支えとして発達し、外見上は柱のような足となるのです。いわば踵にたっぷりとクッションを入れた状態です。こういうありさまは亜蹄行性と呼ばれることがあります(※3)。
※3.下掲の文献を参照しました(PDFファイルが開きます)。
甲能直樹(2013):ゾウの仲間は水の中で進化した!? ―安定同位体が明らかにした長鼻類の揺籃―, 豊橋市自然史博物館研報, No. 23, 55–63.
この骨格の主はアジアゾウのトシコです。1963/10/22に仙台市八木山動物公園の前身の仙台市動物園に来園し、2012/7/27に死亡するまで仙台市八木山動物公園を代表する個体のひとつでした(2012/5/22撮影)。
植物をすりつぶす大きな臼歯(奥歯)や筋肉の塊ともいうべき鼻など、骨格のほかにもトシコはたくさんのゾウの秘密をわたしたちに明かしてくれています。
猛獣舎もまた、森の道を辿って動物たちと出逢う趣向となっています。
ライオン舎では現在、広島市安佐動物公園と秋田市大森山動物園で昨年(2018年)生まれた二頭が来園し公開が始まりました(公開時間等は状況によって変動すると思われます)。
こちらは5/21に六歳の誕生日を迎えたばかりのスマトラトラのアイナ(※4)。
ここまで、ものをうまく握れる霊長類の手足、走ることに特化した有蹄類の足を見てきましたが(※5)、狩りのプロフェッショナルというべき肉食獣たちはどうでしょうか。かれらの足にも注目してみます。
※4.スマトラトラ飼育園は全国で9か所です。稀少な動物を飼育下で守り、インドネシア現地(スマトラ島)の野生のかれらへの関心を高めるため、各飼育園のネットワークは繁殖等を念頭に個体の交換や移動を行っています。たとえば八木山生まれ(2013/5/21)のオス・アカラは現在、高知県のわんぱーくこうちアニマルランドにいます。アカラについては、下掲リンクの記事で御紹介しました。
動物園はだれのもの?
※5. ヤギの蹄の役割などは別の観点からも考えられるかもしれません。下掲リンクの記事も御覧ください。
あさひやま行動展示見学記
ここでもビジターセンターの貴重な標本(スマトラトラ)がポイントを教えてくれます。御覧のように、趾(指)全体を地面に押し付けるようにして歩く様子が思い描けます。今度こそ、わたしたちで言うつま先立ちです。趾行性と呼ばれます。
趾行性はいわば蹄行性と蹠行性の間です。そして、それこそが肉食獣の生活に適ったありようと考えられます。素早く走る有蹄類に追いつくためには、ある程度踵を浮かせて強く地面を蹴って走らなければなりません。しかし、追いついた獲物を仕留めるには、鋭い爪を自由に操れる指が必要なのです。
同じ肉食獣でもホッキョクグマはべったりと足を着ける蹠行性です。
その安定性からクマ類は二本足でしっかりと立ち上がることが出来るのです。
この模型の前にはホッキョクグマが遊んだ後のポリタンクも展示され、鋭い歯を持ち、海で泳ぐことに適応した肉食獣としてのかれらの生活を彷彿とさせてくれます(実際の遊びの写真は2015/3/7の取材の際のものです)。
仙台市八木山動物公園にはペアとして飼育されているカイとポーラのほか、1984/12/15生まれで国内最高齢のメス・ナナもいます。悠々自適の昼寝。足の裏の毛は、厳しく凍てつく北極圏周辺に暮らすホッキョクグマにとっては滑り止めの役を果たします。
こちらはニホンツキノワグマのオス・ツバサ。怪力なだけでなく器用なクマ類の姿を教えてくれます。
動物園を歩く、歩く動物たちと出逢う。そうやって、かれらとわたしたちの共通性と差異、さらには動物のかたちと暮らしの適合性と多様性を実感するのも、動物園の楽しみです。そこでは、動物園が所蔵する標本なども貴重な資料として、わたしたちに語りかけてくれるでしょう。
動物園に行きましょう。
取材先
◎仙台市八木山動物公園
写真提供:森由民
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