日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第52回カヤネズミからの二つのおはなし
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:カヤネズミ・ニホンリス・プレーリードッグ・テンジクネズミ・ハツカネズミ・カピバラ・チンチラ・アオダイショウ・ミナミメダカ・クロダハゼ・ドジョウ・ホトケドジョウ・ミシシッピーアカミミガメ・ニホンイシガメ
●訪ねた動物園:千葉市動物公園(子ども動物園)
カヤネズミは日本最小の齧歯類で、体重は500円玉と同じくらいです。
こんな姿を見ると地面の中に巣をつくるようにも見えますが、ポイントはこれが草であることのようです。
カヤネズミはその名の通りにイネ科植物の丈高い草原を好み、小さなからだや敏捷さを活かして、草を編んだ巣をつくります。
千葉市動物公園では子ども動物園内の飼育センター(どなたでも自由に観覧できます)でカヤネズミを展示しています。展示のなかには鳥用の巣なども仕掛けてありますが、最初に草を詰め込んでおくと、カヤネズミたちは草を運び出したり裂いたり、あるいは側壁に穴を開けたりして、自分たちなりの工夫をしながら利用しています。先程の床の草の中のような様子も観察され、この展示のなかでの繁殖も確認されています。
かれらをさらに知りたい方は、要領よくポイントをまとめた壁面の解説などもお楽しみください。
萱(カヤ)ならぬこの稲束は雁音米(かりおんまい)です。宮城県大崎市を中心に生産されており、機械化を抑えるなどして、渡り鳥(ガン・カモなど)やカヤネズミをはじめとした田んぼやその周囲に暮らす生きものたちとの共生を目指しています。この稲束にも、カヤネズミたちにどんな環境がふさわしいか、かつてのわたしたちはそういう環境を保っていたからこそカヤネズミが身近な存在だったのだ、といったメッセージが込められています。
ちなみに、この三枚の写真は、稲束を仕掛けた直後と約一週間後、そして半月後を示しています。米粒が食べられ、束が開かれていくのがわかります(※1)。このまま野生本来の巣(カヤ玉)をつくることも期待されています(前掲写真参照)。
※1.近年の細やかな野外観察による研究では、田んぼの周辺で活動する野生のカヤネズミは米などよりも稲と競合する雑草類を好むという報告もあります。害獣というイメージも再検討の余地はあるようです。
こちらはバックヤードでのカヤネズミ飼育の様子です。現在、展示には22頭が出されていますが、多すぎると互いに牽制して、時には尾を齧ってしまうといったことも起きます。バックヤードとの出し入れ、それぞれの群れの状態の観察などを通して、適正なあり方の模索が続けられています。
カヤネズミを振り出しに、まずはひとつ目の物語を辿ってみましょう。
子ども動物園と言えば、もっぱら家畜やペットなど、人間が飼い馴らし自分たちの世界に引き込んだ動物たち(品種)との出逢い・ふれあいを通して、生きた動物たちの姿を間近で感じてもらうための施設と捉えられます。
しかし、千葉市動物公園ではカヤネズミをはじめ、フンボルトペンギンといったものも含めて、何種類かの野生動物が取り込まれています。そこには”The First Zoo”と呼ぶべき考えがあります。はじめて動物園に来る乳幼児連れの家族、それは千葉市動物公園の来園者の中心的な層ともなりますが、それらの方々の多くはゾウやキリンといったポピュラーな動物と子ども動物園程度が体験の全体となることも多いと思われます。子ども動物園を一周するだけでも、ふれあいのみならず、動物たちの世界の全体性を感じていただけないか、そんな発想からコレクションに野生動物が加えられているのです。そして、その主軸は、これもまたカヤネズミを含む齧歯類です。
たとえば、この写真のニホンリス。齧歯類は全体としても「ネズミの仲間」などと呼ばれますが、その中でも狭い意味でのネズミの系統以外にも数種の系統があり、頭部の筋肉のありようなどからリスの系統も認識されています(近年は遺伝子の解析も行われています)。
リスと言えば、ふわりとした尾。それを活かしてバランスを取りながら、樹上を巧みに動き回り、木の実などを漁ったり、木を齧って巣に取り入れたりします。
しかし、こんなリスもいます。北アメリカの草原(プレーリー)に住むオグロプレーリードッグ。目鼻立ちは確かに二ホンリスによく似ています。前足を使った食事の仕方も重なりますが、御覧のようにもっぱら草を食べますし、体形もちがいます。尾も樹上活動向きの大きくふわふわとしたものではありません。
プレーリードッグは草原に巣穴を張り巡らし、1頭のオスを中心に複数のメスとその子どもによる群れをつくる地上性のリスです。生息環境だけでなく、社会のありようも単独性のニホンリスとはまったくちがい、姿かたちにも地中の巣穴での生活への適応が見て取れます。
南アメリカ大陸原産のテンジクネズミはモルモットと愛称され、動物園でも代表的なふれあい動物ですが、原産地では家の広い土間などで飼われている家畜です。ネズミの系統・リスの系統に対し、かれらは進化系統上、アジア・アフリカや北アメリカに分布するヤマアラシと連なることが知られています。千葉市動物公園でも、ふれあいとは別にこのような現地の飼育状態を意識した展示が行われています。かれらもまた、群れることで安心して暮らす動物と言えます(※2)。
奥の方に網になった筒が見えますが、テンジクネズミと近縁な野生種たちは巣穴を掘って暮らすことが知られています。たとえば、プレーリードッグと比べることで、生活の仕方の重なりによる相似や、系統によるちがいなどを考えていくことが出来ます。
動物たちの多様性と共通性・環境への適応を体感させ観察のまなざしを開く、これは世界中の動物を集めて飼育展示する動物園の重要な意義です。”The First Zoo”としての子ども動物園が齧歯類をコレクションしていることの大きな意味もそこにあります。
※2.楽しいふれあい体験をさせてくれるテンジクネズミですが、かれらもまた生きた動物です。動物園での飼育展示にも、かれら自身の快適さが配慮され、それを来園者に伝える工夫もなされています。下掲の記事も御参照ください。
「モルモットにはモルモットの都合がある」
冬季のふれあいは飼育センター内で行われています(タイムスケジュールはセンター入り口に掲示されています)。抱き上げずにふれるだけのかたちです。テンジクネズミには一頭々々に名前がついています。見た目や性格など、比べ合わせてみてもよいでしょう。
ハツカネズミも同じ要領でのふれあいです。カヤネズミほどではありませんが、小型で身軽なかれらはこのようなアスレチックでその能力を見せてくれます。
長い尾はバランサー。ただふれるだけでなく、わたしたちとは随分とちがうであろうハツカネズミが見たり感じたりしている世界にも想いを馳せてみてはいかがでしょう。
カピバラもまた、南アメリカ大陸原産で、和名をオニテンジクネズミというように、テンジクネズミと近縁です。しかし、現生の齧歯類最大のからだはテンジクネズミとは好対照です(※3)。悠然と登場し、用意された野菜を食するのはオスのモーブです。
※3.ちなみに現生で二番目に大きいのはビーバーの仲間です。千葉市動物公園でも、子ども動物園とは別の小動物ゾーンでアメリカビーバーを飼育展示しています。こちらも比較対照してみてください。
体の大きさとともに、カピバラの特徴は半水生です。足には水かきがあり、泳ぎも得意です(※4)。のんびりと水に浸かるのはメスのアズ。モーブとの間で繁殖も行ってきましたが、年を経たいまはそれぞれがマイペースに過ごすことを優先して、交代で展示しています。
※4.この点でもビーバーとカピバラがそれぞれどのように水に適応しているかを比べ合わせることが出来るでしょう。
こちらも南アメリカ大陸原産の齧歯類チンチラです。10月に2頭のメスから計3頭の子どもが生まれました。成長の早い齧歯類ですが、互いの体の大きさのちがいなど観察してみてください。
チンチラはチリの固有種ですが、アンデス山脈の高地に住み、岩場などでも活発に跳ねて活動します。千葉市動物公園でも隠れたり跳ね回ったりが出来るような展示場づくりを行っています。
また、手首の骨が変化した突起と掌で挟み込むようにして、片手でものが掴めることも知られています(2011/4/24撮影)。
こちらは二ホンリス・プレーリードッグ・チンチラの重さを体感できるハンズオンです。野生動物であるかれらに気安くふれてはいけませんが、代わりにこの工夫を楽しんで、かれらの暮らしに対する想いを深めてください。
言わでもがな、来年の干支は「子」です。飼育センターでは、既に年明けに向けた掲示のリニューアルも行われています。子ども動物園内の齧歯類の紹介など、この記事とも読み合せていただければと思います。
ここからは、カヤネズミから連なる、また別の物語を辿ります。
既に記したように、カヤネズミは田んぼを含むイネ科の草原を好んで生息し、かつては全国で身近な動物として知られていました。最近の調査でも宮城県以南の本州・四国・九州での分布が確認されていますが、農業の機械化や生息地としての草原そのものの開発の影響を受け、減少傾向にあると考えられています。
飼育センターでは、千葉市の身近な生きものたちの何種かをまとめて展示することで、カヤネズミにも見られるようなわたしたちの生活とかれらの関係、時代や社会の変化に伴う推移を見つめ直し考えを深めるきっかけとなることを目指しています(※5)。
※5.残念ながら、カヤネズミ自体はこの数年、千葉市での生息が確認されていないとのことです。
カヤネズミのお隣はアオダイショウ。かなり大きなヘビですし、ヘビというだけでも抵抗感がある方も多いかと思いますが、よく見るとつぶらな目をしています(※6)。ちろちろと舌を出すのは空中のにおい物質を集めては口の中の上あご側にあるにおいを感知する器官(ヤコブソン器官)に運んでいるのです。
そんなアオダイショウの英語名はラットスネークと言います。その名の通り、ネズミはかれらの好物です。身近な生きものたちは食べる・食べられるなどの関係を通して、生きていくために互いの存在を必要としているのです。
※6.ヘビには瞼はなく、透明なうろこが目の表面を覆っています。また、耳もなく地面の振動から周囲の音を感知しています。そんなところも観察してみてください。
こちらは複数の水族や水草を入れた水槽です。バランスの取れた環境を作ることで、ほとんど掃除や水の入れ替えを必要としない状態が保たれています。
ここでは、たとえば、年配の方がお孫さんと一緒に御覧になり、ふと近所の川にも魚を見せに行こうかと考えていただけないか、そんな願いも込めて、生息地を見せる展示が試みられています。水が濁っているのも、赤土が多い千葉の土地柄からの自然な要素のひとつとなっています。
この水槽のモデルは田んぼの脇の用水路です。杭の模型などもあしらわれています。
メダカはそんな用水路でおなじみというべき存在でしたが、かれらもまた農業のあり方の変化とともに生息数や分布を大幅に減らしています。さらに遺伝子レベルの研究成果を受け、メダカは2012年に大きく、ミナミメダカとキタノメダカの2つに分けられました。どちらもさらに細分することが出来ますが、それらのそれぞれについて生息状況の把握と保全の検討が求められることになります。千葉市に住むのはミナミメダカです。
こちらは園内の大池から採集されたスジエビです。近年、飼育個体の流出で本来はいなかった外来のエビ類が増えることで希少なものとなっています。大池の場合は1985年の開園時から外部の水系と切り離されてきたことで、かれらの生息が保たれてきたと考えられます。
特徴的な容貌のクロダハゼ。水底や水の中の枝・岩などの上にいることも多く、のんびりと観察できる機会も得られるでしょう。
こちらの写真、ぱっと見ではよく似ていますが、手前はドジョウ、奥はホトケドジョウです。
ホトケドジョウはきれいな水を好み、国レベルでは絶滅の危惧に瀕している種で、千葉県では要保護生物に指定されています。この水槽ではかなりたくさんのホトケドジョウが観察できますが、それもまたバランスの取れた環境づくりの賜物です。
千葉市の身近な動物たちのラインナップの最後は淡水性のカメたちです。まずはミシシッピーアカミミガメ。いまや有名と言ってよいであろう外来ガメですが、水槽の中でも、入れられた水草などを選り好みなく盛んに食べる姿を見せるなど、かれらが入り込んだ場所での破壊力の大きさを偲ばせます。もとより、かれら自身に罪はないのですが、それだからこそ、わたしたちが正確な知識を持ち、それに基づいたモラルを徹底して、悲劇の発生を防がなければなりません。
この水槽では空き瓶を沈めるなどして、都会の池を演出しています。
これはミシシッピーアカミミガメの足です。動物園ならでは水槽ならではの間近さで、かれらが環境に適応して創り上げてきた姿をじっくりと観察してください。それはまた、本来の生息地から切り離されたかれらが外来生物として日本の環境との間で起こしている歪みや軋みをさらに深く受け止めることにもなるでしょう。
かたや、ニホンイシガメ。かれらこそが日本固有のカメなのですが、ミシシッピーアカミミガメとの食べものやすみかの競合、あるいはクサガメとの交雑(※7)などで数を減らしており、ペット用などで密猟されて海外に送られてしまう(当然、違法です)といった問題も深刻化しています。千葉市動物公園では市内と南房総の絶滅が危惧される個体群のニホンイシガメを飼育展示しています。飼育センターの水槽で展示されているのは、園で繁殖した個体です。水質汚濁も厭わない隣のミシシッピーアカミミガメと見比べることで、きれいな水を好むニホンイシガメのデリケートさが印象づけられます。
※7.交雑によって生まれた個体はウンキュウと呼ばれます。イシガメの特徴が強いものからクサガメに近い姿のものまで、さまざまなウンキュウが知られています。
カヤネズミからの二つのおはなし。齧歯類の多様性と身近な生きものたちの世界は、どちらも進化を含む歴史を振り返り、いまここという現在がどうなっているのか、それはどのように出来上がってきたのかを知ろうとするものです。そして、その先には動物たちやわたしたちの将来があります。それを意識的に組み上げるのは人間こそが担わなければならない責任です。生きた動物たちとの出逢いの体験を通して、楽しさとともに、かれらと生きていくべき世界を考える手がかりを得ていただければと思います。
動物園に行きましょう。
◎千葉市動物公園
写真提供:森由民
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