日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
- 第80回ぼぉとする動物園
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- 第78回動物園がつなぐもの
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第53回小さな世界・大きな宇宙、ゲンゴロウ・冬虫夏草その他
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:金魚(庄内金魚・鳥海和金・土佐金)、ユーラシアカワウソ、コハクチョウ(野生)、ウシガエル、モツゴ、コイ、カワネズミ、ハコネサンショウウオ、カワセミ、カワガラス、ゲンゴロウ、クロゲンゴロウ、マルチビゲンゴロウ、オウサマゲンゴロウモドキ、トビケラ、エサキアメンボ、二ホンアマガエル。
他に今回は福島県ゆかりの植物として、ビャッコイ・エゾノチャルメルソウ・コチャルメルソウ、さらに菌類として冬虫夏草(オオセミタケ)も御紹介します。
●訪ねた動物園:アクアマリンいなわしろカワセミ水族館
アクアマリンいなわしろカワセミ水族館 (以下、「カワセミ水族館」)は前身となる「いなわしろ淡水魚館」が2015年に同じ福島県のいわき市にあるアクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館、以下AMF)と同一指定管理者となることで生まれました。
館に入るとすぐに出逢う約30種の金魚の展示もAMFの展示の流れを組むものです。
金魚はフナをドメスティケイト(一般には家畜化と訳されます)することで人間が作り出した存在です。中国がはじまりですが、日本でも江戸時代以降に愛好家が増え、多様な品種の作出が進められました。金魚は日本人の歴史の一端をまさに体現していると言ってよいのです。
庄内金魚や鳥海和金は既に育成家が数名(鳥海和金は年配の方が一名のみ)となっており、水族館が組織的・継続的に守っていく意義も大きくなっています。
動物園・水族館が種の保存に貢献するのは野生動物ばかりではありません。家畜等のドメスティケイトされた生きものたちも動物と人の関係を記録し考えていくうえで貴重なものです。ここでの金魚もそのように捉えられます。
上から眺めるというのは金魚の伝統的な観賞法のひとつですが、この土佐金は水平に美しく広がる尾鰭など、そういう趣向に沿って作出された品種の典型と言えます。
かたや、カワウソはかつてはわたしたちの身近な存在であったはずの野生動物です。残念ながらニホンカワウソは2012年に絶滅宣言が出されてしまいましたが、カワセミ水族館はAMFとともにニホンカワウソに最も近縁と考えられるユーラシアカワウソを飼育展示することで、わたしたちにそういう歴史を体感させてくれます。カワセミ水族館の飼育展示「カワウソのふち」では、午前午後2回のお食事タイムで水陸を自在に動き回るカワウソたちのダイナミックな姿に接することが出来ます。そういった体験でカワウソの魅力を実感し、あらためて歴史を反省することが、わたしたちの将来のあり方に静かに、しかし確実に響いていくことでしょう。
ニホンカワウソをめぐる文化や絶滅の経緯を含む歴史、そして最近の日本のカワウソ・ブームのあり方への問いかけなど、親しみやすくも深く伝えるマンガは、パートタイムスタッフの手で描かれています。この方のイラストは他にもあちこちに活用されているので、観覧しながら探してみてください。四コママンガにしたのは短い文章で必要なことを端的に伝え、保護者の皆様が子どもたちに読み聞かせてくださるのを期待してのことです。
こちらは2020/3/8まで開催されている企画展「なんでも猪苗代」の一環です。ニホンツキノワグマが枝葉を集めて樹上につくる熊棚を再現しています。
来館者が実際に手を触れ、遊んでみたりすることで学びを深める工夫も豊富に設けられています。こちらはオオオナモミの実をダーツのように投げて動物のイラストにくっつけるゲームです。こうやって動物の毛皮を利用して分布を広げるのも、植物たちの重要な戦略であり、これを体験した来館者は、日常の中にいままで見過ごしていたそのような植物の存在を見出すまなざしを得ることでしょう。
コハクチョウを抱いて、リアルな体重を知りましょう。みなさんは数値を当てることが出来るでしょうか。
カワセミ水族館のスタッフの御厚意で、近在の田で野生のハクチョウたちが寛ぐ姿も観察出来ました。
猪苗代の自然や文物を知るための文字やイラストの掲示もあります。水族館以外の専門家のサポートや監修を得ることで、博物館としてのあり方に相応しい、より広く正確な情報提供がなされています。
一階の特別展は二階の「森のこばこ」とも連動しています。こちらは木の床のスペースに、いろいろな手づくり遊具が並んで、子どももおとなも楽しみながら、木の文化を再認識することが出来ます。保護者の方々は子どもたちを見守りながらひと休みしたり、一緒に興じたりすることが出来ます。ひざ掛け毛布なども揃った気配りの空間です。
木の玉を転がす遊具(保護者の方の御了承を得て掲載しています)。
こちらはムササビやカワウソなどをかたどったプレートをカタカタと落として遊ぶものです。これらの遊具もパートタイムスタッフを中心として作成されています。別の遊具では、飼育スタッフをモデルにするといった遊び心も見つけられます。
ここまで御紹介してきたように、カワセミ水族館の随所で出逢える、きっちりというよりはゆったりとしたDIY感覚はコンパクトな園館ならではの空気となって、わたしたちを包んでくれます。こちらの写真は飼育展示場の壁面に使われているもので、やはりDIYアイテムですが、どこに使われているでしょう?実際に確かめてみてください。
さて、こちらは再び、一階フロアの掲示のひとつです。ここにもあるようにカワセミ水族館がある猪苗代は水生昆虫の宝庫でもあり、その代表とも言えるのがゲンゴロウ類です。ここまで観覧してきた1号館から、生きもの展示のメインである2号館に足を運び、そんなゲンゴロウたちを探してみましょう。
動物展示ではありません。ビャッコイという水草です。冷たい清水の泉に自生し、日本では福島県白河市だけで確認され、県の天然記念物に指定されています。また、国の種の保存法(※1)の施行令改正に伴い、ビャッコイは種子の採取が規制されることとなりました。
カワセミ水族館では、福島大学と共同で調査を行い、こうして動物園・水族館としては唯一、ビャッコイの生息域外での種の保存に努めています。水槽が左右に分割されているのも万が一を考えてのリスク分散です。
※1. 正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」です。
こちらは意図してではなく、たまたま水槽内に生えてきたのですが、左がエゾノチャルメルソウ、右がコチャルメルソウです。どちらも福島県内に自生しますが、エゾノチャルメルソウについては分布南限とされています。
人の活動は時には、本来そこにいなかった生きものを持ち込み、生態系の秩序をかき乱してしまうこともあります。
元々は食用を企図して持ち込まれた北アメリカ産のウシガエルは国際自然保護連合の世界の侵略的外来種ワースト100や日本生態学会の日本の侵略的外来種ワースト100にも選ばれ、大きな問題となっていますが、コイ科の小型魚類であるモツゴも、日本では本来、関東以西の魚でした。養殖用のコイやフナに紛れて福島県に持ち込まれてしまったのではないかと考えられていますが、たとえ同じ国の中でも外来種は外来種です(国内外来種)。
カワセミ水族館では以上のほか、さまざまな外来種を紹介するとともに、こんな問いかけの水槽を設けています。あえて答えは提示していません。来館者それぞれが展示を通して考える、そのための情報は伝わっているはずだ、というコンセプトです。
こちらはカワネズミです。分類的にはモグラの仲間ですが、泳ぎが得意で山の渓流で魚などを捕らえて食べます。カワセミ水族館では生息環境を再現した水槽とシンプルな飼育展示を併設して、幅広い観察を可能にしています。
こちらはハコネサンショウウオと福島県檜枝岐村でつくられている燻製です。ハコネサンショウウオを代表とする小型サンショウウオ類を滋養強壮のための薬用とする習慣は江戸時代からありましたが、檜枝岐村では大正末期からサンショウウオ漁が行われるようになり、1970年代からは観光資源として地元の民宿などでサンショウウオ料理が出されるようになりました。ここでも小さな生きものの中に動物と人の関係の歴史が刻まれているのです(※2)。
※2.下記の論文を参照しました。この論文ではさらに、国有林の利用をめぐる政策の変化などで、サンショウウオをめぐる文化が衰退し、ひいては村の方々と山との関わりにも構造的な変化が見られることが述べられています。
関礼子(2013);自然順応的な村の資源保全と「伝統」の位相,宮内泰介・編著,なぜ環境保全はうまくいかないのか,新泉社。
館名にもなっているカワセミも展示され、折々に展示内の水場にダイブして魚を捕らえるところも観察できます。
先程のカワネズミに続いて、こちらはカワガラスです。日本では北から南まで広く分布しますが、渓流に潜って水生昆虫などを捕らえる習性を持ちます。
カワセミ水族館でもこんな行動が観察できます。しばし足を止めて、待ってみるのもよいでしょう。
いよいよゲンゴロウたちのゾーンです。世界全体では約4000種、日本国内では150種ほどのゲンゴロウ類が知られていますが、福島県内では51種の報告があり、特に猪苗代周辺では33種が確認されています。カワセミ水族館では写真のような小型水槽を連ねて、福島県に分布することが分かっているゲンゴロウ類のうち40種ほどを飼育展示しています。
こちらは「ふくしまの希少な淡水生物」という別コーナーですが、ゲンゴロウとガムシです。これらは比較的大型の種となります。
こちらは先程の水槽群のひとつ。マルチビゲンゴロウは体長1.5ミリほど。福島県内で最小のゲンゴロウです。
そして、オウサマゲンゴロウモドキ。北ヨーロッパ原産で体長4センチを超える世界最大種です。お尻を出して羽と腹の間に潜水用の空気を貯める姿も悠然としています。
このゲンゴロウは昨年(2019年)の11月に国内初の展示を始めたばかりです。国際的な保護種なので、今回の輸出元であるラトビア政府の許可を得た上で生体を捕獲・輸入しています(※3)。
カワセミ水族館にとってこの試みは、現存最大種のゲンゴロウの迫力や美しさを体感していただきながら、それを保全する意義や、具体的な取り組みについても紹介していくことにあります。それらはカワセミ水族館が地元の動物としての福島県産のゲンゴロウ類を守り伝えていこうとする志と響き合うものなのです。
※3.今回、カワセミ水族館のほか、石川県ふれあい昆虫館(http://www.furekon.jp/)と北杜市オオムラサキセンター(http://oomurasaki.net)の併せて3館が互いに協力しながら飼育展示を開始しました。この国際的な試みの開始にあたっては、国内のマルコガタノゲンゴロウの研究者である小野田晃治さんと、送り出す側としてラトビアのラトガレ動物園に勤める研究者のヴァレリー博士の尽力があったとのことです。
オウサマゲンゴロウモドキはしばしば、このように複数で群れるようにして身をひそめています。
こちらはメス個体です。お尻に白いかたまりがついていますね。これは交尾栓と呼ばれます。トンボやムササビなど、さまざまな動物で、オスが交尾した後のメスの生殖口などに蓋をして、後から別のオスと交尾するのを妨げることが知られています。
オウサマゲンゴロウモドキは冬に産卵するので、いままさに繁殖の好適期をあるのです(2019/12/29~30取材)。水槽内にあるカサスゲは鉢に植えられており、そこにオウサマゲンゴロウモドキが産卵したら、必要に応じて取り出して卵を保護したりできるようになっています。
このほか、オスには交尾の際にメスをホールドできる前足の吸盤があることが知られ、また、
メスは背中に複数の筋があることで普段でもオスと見分けられます。
同じ水槽の中、斜めになった棒からぶら下がっている蓑虫のようなものと、その隣の何枚かの葉を折り合わせるようにしてまとっているものは、どちらもトビケラの仲間です。オウサマゲンゴロウモドキの幼虫はトビケラを好み、特に一番最初のステージである一齢幼虫はトビケラを与えるかどうかで生存率が大きく左右されると言います。
今回のカワセミ水族館等での飼育では、そのような生態を検証しつつ、何とか代用食になるような餌なども見出せないかと探究することが大きな課題となっています。それによって、より確実に飼育が出来るようになるなら、オウサマゲンゴロウモドキたちを飼育下で守り、野生の生息域内での保全を補っていく一助となるでしょう。
冬に活気づくオウサマゲンゴロウモドキをよそに、冬のカワセミ水族館では多くの動物が寒さをやり過ごすための眠りについています。それらの姿もまた、生きものたちのリズムを感じ取れる貴重な観察対象です。
植物の中に紛れるようにして冬眠しているのはエサキアメンボ。かれらは年に3回のペースで羽化し、この写真ではよくわかりませんが、活動期の個体は腹が白いのですが、腹黒に生まれた個体はそのまま冬眠に入るとのことです。
こちらは二ホンアマガエル。水槽内の落ち葉などの集積を工夫することで、その隙間に潜り込んで冬眠するかれらを展示することに成功しています。他にも何種類かのカエルたちの冬眠が観察できます。
ゲンゴロウやアメンボなどが居並ぶ水槽群の反対側の壁面には、普段なかなか出逢うことのない生きもののコレクションがあります。
冬虫夏草は地中で眠る幼虫や蛹などに菌類が寄生しているものです。古来、冬の眠りに就いている虫が夏には草めいたものに姿を変えるのだと見なされ、不老長寿や滋養強壮の薬として珍重されてきました。中国・チベットなどの伝統医学ではコウモリガという蛾の一種の幼虫から生えたものを指すのが原義とのことです。この写真の場合は蝉の幼虫への寄生例です。
冬虫夏草は人びとの夢想ですが、そこには季節や世代を超え、時には姿さえ変えながら繰り広げられるいのちの営みへの憬れや敬意が込められていると言ってよいでしょう。
わたしたちはそんな歴史や文化に学びつつ、科学的な見識をも取り込んで、身の回りの自然ひいては地球規模の環境を考えていかなければなりません。楽しさとともにそれを可能にしてくれる場として、水族館に行きましょう。
◎アクアマリンいなわしろカワセミ水族館
写真提供:森由民
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