トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第57回ずーっといっしょにいるために

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第57回ずーっといっしょにいるために

ZOOたん、こと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
 
今回御紹介する動物:アジアゾウ・ヤギ・ヒツジ・チンパンジー(オブジェ) ・ニホンザル
 
訪れた動物園:岡崎市東公園動物園
 

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今年で52歳のアジアゾウ・ふじ子。文字通り、この動物園とともに生きてきた存在です。2017年4月に完成した新しいゾウ舎での暮らしにもだいぶ馴染んできたようです(※1)。タイヤは彼女のお気に入りアイテムのひとつです。
 
※1.ふじ子と、そのケアに心を砕く飼育スタッフの日常については、下掲リンクを御覧ください。
「ゾウを慮る」
 

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しかし、この動物園も今年は特別な時間を過ごさなければならない状況が続いています。ほかならないCOVID-19(新型コロナウイルス)との向き合いです。これまでわたしたちが当たり前に思っていた人と人・動物と人の距離が見つめ直され、しばしば避けるべき濃密接触と判断されるようになっています。動物園の中でも、ことには「ふれあい」のゾーンは、そういう変化を端的に示しています。
 

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ヤギやヒツジにしてみたら、最近、なんとなく人間たちが遠いね、という感じなのでしょうか。
あらためてわかってくるのは、人間の側こそがそういう距離を構成できるということです。今回の試練の中で「社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)」ということが言われるようになりました。直接には「身体的距離(フィジカル・ディスタンス)」ということになりますが、人間が意識して距離を保つ営みと考えるなら社会的ということばにも意味があると言えるでしょう。
 

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この動物園で長年発行されている広報誌「ずーっとおかざき」の最新号です(※2)。今回の「ZOOたん」はいささか変則的ながら、動物園の「知る・知らせる」取り組みの一端として、もっぱらこの「ずーっとおかざき」のつくられ方について御紹介します。
この表紙でも、いささかのユーモアを込めて、わたしたちが考えるべき新しい距離が問いかけられています。ユーモアや親しみやすさ、いま明らかになりつつあることが世界全体に関わり、これから先の人間の長い歴史的な努力によって対応していくしかないものなのだと考えるなら、ただ一時的に昂ったり声高になることばかりが適切とは言えないでしょう。深刻な事態であるからこそ気持ちを落ち着け、手を取り合うことさえためらわれる中でもお互いの信頼を失わずにいなければなりません。本当に深く考え、取り組み続けるためのための糧として微笑みを忘れないこと、「動物園は楽しい場所」というのはそういう意味なのではないでしょうか。
 
※2.バックナンバーの一部はネット上で閲覧できます。
『ずーっとおかざき』
 

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先程、掲げた最新号の編集風景です。現在、「ずーっとおかざき」は飼育スタッフからなるチームで編集されています。スキルのあるスタッフがいることもあり、パソコンも導入しながら細やかな作業が行われています。以前はおおまかなコンテンツが決まったら、後は業者に委ねていましたが、7~8年ほど前から園内での編集が行われるようになり、昨年から本格的な編集委員会がつくられました。
 

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およそ十年を隔てたレイアウトの対比。園のスタッフが編集することで、より創意に満ちた紙面が創られるようになってきたことがわかるでしょう。
 

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昨年の、ふじ子の誕生記念。来園者の方々のお祝いの寄せ書きを載せていますが、レイアウト上の設計もしっかりと行われていることがわかります。
 

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こちらはなんだかわかりますか?先程の第53号(2019年夏号)の表紙をよく見てください。縁取りが、この浮き輪とふじ子のお気に入りのタイヤになっているのがわかるでしょう。こういった遊び心のあるデザインも園内編集の賜物です。
最新号の縁取りにも、ちょっとした趣向があります。特に裏表になっているページでの対比なのですが、これは是非、実際にめくって御覧になってください。
 

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ゾウの鼻のはたらきを紹介する記事のためのイラスト。園内編集の経験の中から、スタッフの中の絵心のある人たちも実践的なスキルを向上させています。アジアゾウの鼻先、イラストとしての簡潔な分かりやすさは、飼育スタッフならではのツボを得たリアリズムと表裏一体と言えるでしょう。色味についても丁寧な吟味が行われています。
 

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園内同様、紙面のあちこちにもスタッフたちが登場。園を訪れるなら、あの似顔絵はこの人かな?といった出逢いもあるかもしれません。
 

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切り取り可能な「ずかん(図鑑)」は人気連載のひとつです。ここでは、ことば遣いをはじめ、小さなお子さんにも利用できるような配慮がなされています(先程のゾウの鼻も「ずかん」の記事となっています)。
他にも動物たちの夕方の餌(ばんごはん)を突撃取材する記事など、創案し、話し合いの中で練っていく編集委員たちを思い浮かべながら読みたいものが盛りだくさんです(※3)。
 
※3.原稿自体は飼育スタッフ全体に割り当てられます。「ずーっとおかざき」は園全体で創られているのです。
 

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この動物園は今回のCOVID-19への対応として4月11日~6月1日まで休園しました。しかし、この間も動物たちとスタッフの日々は続いていました。それは、再びの開園と来園者の皆様との交流を期してのメンテナンスの期間でもありました。「ずーっとおかざき」最新号には、そういった姿も記録されています。丹念に創られた広報誌は単にその都度の広告宣伝といったものではありません。その時々に、動物園が何を考え何を目指し、どんな実践を積み上げてきたか、動物園自らが未来にのこす貴重な歴史記録ともなるのです。
 

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いまは顔出し看板もお休み中です。
 

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園指折りの人気者、チンパンジーのジミー君とも少しばかりのソーシャル・ディスタンス。
 

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こちらはリアルなソー「サル」ディスタンスです。グルーミングは大切なコミュニケーション。この動物園のニホンザルの群れは元々、香川県の小豆島に由来しますが、園内掲示でもわかるように高齢化が進んでいます。それだけにかれらのマイペースな生活の中に、適度に刺激を与えていくことが大切になります。
 

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ニホンザルに対して、夜の収容は行っていませんが、毎日13:30頃にいったんバックヤードに収容して屋外展示場に餌を撒きます。だいたい14:00頃から、それぞれに食事をするニホンザルたちの姿が見られます。
ニホンザルは母子のつながりを中心にさまざまな優位性にまつわる関係などを孕んだ群れ社会をつくっています。また、野生では季節変化がある日本の風土に適応し、四季折々の花・葉・果実・木の芽などをつまんで採食するため、とても器用な指先をしています。そんなかれらなので、細かめの餌を広く散らばらせることで給餌が万遍なく可能となります。動物たちが飼育下でもかれららしく、少しでも豊かな暮らしをしてもらおうというのが、動物園飼育の基本であり、それによってこそ、わたしたちは動物たち本来のありようを知っていくことが出来るのです。
 
人もまた自分たちなりの群れ(社会)を創らなければ生きていけない動物です。しかし一方で、わたしたちは日常的な距離を超えた者同士でも交通(コミュニケーション)できる文明を築いてきました。
そこには暗い面も多々あります。動物たちを含む自然環境は人間活動によって大きく変容し、いまや地球全体としても失調しているように映ります。また、世界的な新興感染症もグローバルな開発と切り離せないことは、いまや常識となりつつあるでしょう。
けれども、対面以外にもさまざまなコミュニケーション・ツールを持つこと、ひいては複雑な言語を操ることが出来ること、それは人間が持つ唯一の可能性とも言えるのではないでしょうか。わたしたちは互いに隔てられてもことばを交わすことが出来ます。それを通して、いまの自分たちの状況を語り合うことも出来ます。そうやって、新しい関係を模索することで、いまのようではない自分たちへと変わろうとすることが出来るのです。
動物園は、中規模のメディアと言えるでしょう。生きた動物を飼育展示する場として対面性を基盤とするとともに、不特定多数の人びとに開かれ、時には園外や来園者以外の方たちとのコミュニケーションも図られます。
現場とことば、動物園は動物園ならではのかたちでそんなテーマに取り組んでいると言えるのではないでしょうか。「持って帰って親子で読んでもらえるように」を編集の柱のひとつとしている「ずーっとおかざき」の、楽しくわかりやすく穏やかな発信の営みにも、そんな動物園のあるべき姿が見て取れるように思います。
 
動物園はあなたがそこに行けない時にも変わらず、あなたに発信しています。
 
岡崎市東公園動物園
 
写真提供:森由民

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