トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第62回カピバラへ、カピバラから

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第62回カピバラへ、カピバラから

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。 
 
今回御紹介する動物:ホンドタヌキ(1)・マレーバク(2) ・ボルネオオランウータン(2)・セスジキノボリカンガルー(2)・ハイイロジネズミオポッサム(3)・オオアリクイ(1)・ハツカネズミ(3)・ニホンリス(3)・アフリカタテガミヤマアラシ(2)・カナダヤマアラシ(1)・ホンシュウモモンガ(3)・チビフクロモモンガ(3)・グンディ(3) 
 
訪れた動物園:名古屋市東山動植物園(1)・よこはま動物園ズーラシア(2)・埼玉県こども動物自然公園(3)
 
※1.すべてコロナ禍以前の取材・撮影です。また、一部の写真はこのシリーズ・エッセイで既に用いたものの再掲です。
※2.各動物とその撮影園は数字で対応させています。
 
南北に長く、またいくつもの島々にわかれている日本列島は多様な自然環境を持ち、特に北海道と琉球列島は、そこで暮らす動物をはじめとする生きものも他とはっきりと異なるということは以前にお話ししました。そこには氷期の訪れなどでの海面の高さの変化に伴う島と島、大陸と島の連絡や分断の歴史が刻まれています。
 
「ブラキストンという名のフクロウ」
「動物たちのくにざかい」
 
中でも琉球列島の北琉球と中琉球の間にある渡瀬線(詳しくは前掲の拙エッセイ「動物たちのくにざかい」を御覧ください)は、それを超えると温帯から亜熱帯への移行が起きるとともに、地球レベルでの生きものの分布の切り替わりも起きることが知られています。それは「生物地理区」と呼ばれるものです。あちこちの動物園で、アジア・ゾーンとかアフリカ・ゾーンとかいう区分けがされているのを御覧になったことがあるでしょう。そのようなゾーン分けの背景にはこの生物地理区という考え方があります。生物地理区はおおよそのところ、各大陸とその周辺をひとまとまりとして見ることができます(※1)。
 
※1.このため、「アメリカ・ゾーン」という区分けをするならば、そこには2つの生物地理区が含まれることになります。北アメリカ大陸の大部分を含む「新北区」と、中南米・フロリダ半島南部・西インド諸島などの「新熱帯区」です(生物地理区の厳密な区分は図鑑などを御覧ください)。
生物地理区は、先ほども記した海面の上下や、大陸が分裂しその間に海面ができていく大陸移動によって、生きものたちが交流したり隔てられたりした地球の歴史の反映です。ここでは大陸移動のメカニズムの説明は省略しますが、たとえばアフリカ大陸はいままさに二つに割れつつあります(大地溝帯)。あるいは、大西洋は東西に広がっていますし、逆に太平洋の海底は大陸の下に潜り込みながら縮小しています。
 
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さらにユーラシア大陸にまつわる生物地理区は2つに分けられます。ひとつはユーラシア大陸の大部分とアフリカ大陸北部から成る「旧北区」です。日本列島の大部分は旧北区に属します。たとえば、タヌキは東アジア固有の動物なので、日本にタヌキがいることは、日本が東アジアひいては旧北区に属することを示しています。
 
しかし、先ほども触れた渡瀬線より南の琉球列島は台湾や東南アジアなどとともに、別の生物地理区「東洋区」に属するという見方が有力です。東洋区とは、大づかみには熱帯アジアとその周辺ということができます。もう少し抑えた言い方をするなら、渡瀬線を越えたあたりから東洋区的な特徴が増していくということです。
 
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東洋区を特徴づける動物としては、たとえばマレーバクがいます。マレーバクはミャンマー南部からマレー半島、そしてスマトラ島(インドネシア)に分布しています。
 
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オランウータンも東洋区の動物です。オランウータンは現在3種いるとされており、ボルネオ島(マレーシア・インドネシア)にすむボルネオオランウータン(写真)のほかに、スマトラ島(インドネシア)にも2種のオランウータンがいます(※2)。化石の証拠から、かつては東洋区の大陸部にもオランウータンが生息していたことがわかっています。
 
※2.スマトラ島にすむ2種のうちのひとつスマトラオランウータンについては、こちらを御覧ください。
「冬が来る前に」
 
しかし、インドネシアの島々をさらに細かく見ると、ボルネオ島・バリ島などの東部に、また大きく生きものの分布が変わる境界があることがわかります。これを提唱者の動物学者の名にちなんでウォーレス線と言います。渡瀬線と同様、それは生物地理区の変わり目です。ウォーレス線より西の東洋区に対して、オーストラリア大陸・ニュージーランド・ニューギニア島などは「オーストラリア区」に属します。ここでも海面の高さの変化が影響しています。
氷期の訪れ(※3)で海面が下がった時期、ボルネオ島・スマトラ島などユーラシア大陸寄りの島々はマレー半島などと一体となって大きな陸地を形成しました(「スンダランド」と呼ばれています)。一方でニューギニア島などのオーストラリア大陸寄りの島々はオーストラリア大陸とつながりました(サフルランドと呼ばれています)。
こうして、かつてのスンダランドの広がりを反映した島々にはユーラシア大陸からの動物(オランウータン・マレーバクなど)の移入の歴史が刻まれているのです。
 
※3.氷期と言っても地球全体が凍りついたわけではありません。この地域の低地には熱帯林が残されていました。
 

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一方でウォーレス線を越えたニューギニア島には有袋類であるキノボリカンガルーが生息しています(写真はニューギニア島の中央部から東部にかけて分布するセスジキノボリカンガルーです)。これもまた、サフルランドの存在のなごりなのです。
 
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さて、こちらはハイイロジネズミオポッサムです。かれらも有袋類ですが、南アメリカに生息しています。実は南北アメリカ大陸にも有袋類がいるのです。それどころか、有袋類の起源は南アメリカ大陸にあったと考えられています(※4)。南アメリカ大陸が北アメリカ大陸やオーストラリア大陸とつながった時代に有袋類の移動が起こり、有袋類以外の哺乳類がほとんどいないオーストラリア大陸やニュージーランドでさらにさまざまな種が生まれて、いまやオーストラリア区が有袋類の分布の中心となっているのです。
 
※4.こちらの本を参考にしました。
長谷川政美(2011);新図説 動物の起源と進化,八坂書房。
この本には、大陸移動の歴史も紹介されています。
有袋類は南アメリカでも多様な進化を遂げましたが、北アメリカから新たに進入した哺乳類の系統に圧迫されて、ほとんどが滅びてしまったと考えられています。
 
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なお、アリクイ(写真はオオアリクイ)はナマケモノやアルマジロとともに南アメリカで有袋類と共存しながら進化した哺乳類です。南アメリカ大陸は1憶年以上前にアフリカ大陸と分かれた後、300万年ほど前に北アメリカ大陸とつながるまで、長い間孤立していました(ただし、既に記したように、現在の南極を経由してのオーストラリア地域との交通はしばらく保たれていたようです)。 そのため、このような独特の進化の系統が育まれてきたと考えられます。
 
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さて、そこでいよいよタイトルに掲げたカピバラの登場です。カピバラは現生の齧歯類では最大の種ですが、モルモット(家畜)の原種であるパンパステンジクネズミなどとともに、南アメリカ大陸を中心とする新熱帯区独特の齧歯類のグループを成しています。しかし、既に紹介した有袋類やアリクイなどとはちがって、齧歯類はアフリカ大陸から南アメリカ大陸に渡ってきたと考えられます(※5)。
 
※5.齧歯類の起源は、現在のユーラシア大陸と北アメリカ大陸がひとつになっていた時代の北半球とされています。カピバラたちに連なる仲間は、そこからアフリカ大陸に分布を広げた齧歯類を祖先とし、本文に述べたように南アメリカ大陸にまで広がっていったのです。この時代には既に南アメリカ大陸は完全に孤立していましたが、植物の遺体などが固まった浮き島に乗って、アフリカの霊長類や齧歯類が進入したのではないかと考えられています(諸説あり、ですが)。
 

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齧歯類には大きく分けて3つの系統があります。ネズミ類(ハツカネズミ)・リス類(ニホンリス)・ヤマアラシ類(アフリカタテガミヤマアラシ)です。では、カピバラたち南アメリカ大陸の齧歯類につながったのはどんな齧歯類だったのでしょうか。
 
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答えはヤマアラシ類です。ヤマアラシ類はまず、北半球から移住した齧歯類のなかからアフリカ大陸で進化し、ユーラシア大陸に再進出しました。一方、アフリカ大陸から南アメリカ大陸に移住したヤマアラシ類の一部はカピバラなどの祖先となりましたが、さらに北上したものはカナダヤマアラシなどの北アメリカ大陸のヤマアラシ類へと進化しました。つまり、アフリカやアジアのヤマアラシと北アメリカのヤマアラシは、見た目ほどに近い仲間ではないのです。
それにしてもカピバラやモルモットと他のヤマアラシ類は全然見た目がちがうじゃないかと感じるでしょうが進化の系統を考えるのに見た目はあまりあてになりません。遠く離れた系統の動物でも、似たような環境に適応することで見た目が似ることも多いからです(収斂進化と言います)。
 
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有袋類がいわば「ひとりじめ」するオーストラリアで、齧歯類のモモンガにそっくりのフクロモモンガが進化していることなどが収斂進化のわかりやすい例となるでしょう。
 
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さらにこちらも見てみましょう。これはグンディというアフリカの齧歯類ですが、なんとなくモルモットに似ていますね(モルモットとちがって、ぽわっとした短い尾がありますが)。そして、グンディもヤマアラシ類の系統に属することがわかっています。
 
世界の動物が集まる動物園では、それらをつぶさに観察して比べることができます。そして、今回お話ししたような見た目ではわからないような近縁・遠縁についての知識も、それで混乱するというよりは、地球の歴史の中で生きものが環境に適応しながら変わってきた大きな力を感じさせ、さらなる発見の喜びにつながるのではないでしょうか。
 
動物園で見つけましょう。
 

写真提供:森由民
 

名古屋市東山動植物園
よこはま動物園ズーラシア
埼玉県こども動物自然公園

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