トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第65回ロバとノロバ

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第65回ロバとノロバ

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。 
 
今回御紹介する動物:家畜ロバ(1)、グラントシマウマ(2)、グレビーシマウマ(3)、ソマリノロバ(4)、モウコノロバ(2)
 
訪れた動物園:到津の森公園(1)、よこはま動物園ズーラシア(2)、京都市動物園(3)、台北市立動物園(4)
 
※ズーラシアを除いて、コロナ禍以前の取材です。また、今回新たに取材したところはありません。なお、到津の森公園については2015年に別途取材した際の題材を用いています。それぞれの動物の撮影園は1~4の番号と対応しています。
 

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北九州市の到津の森公園では体重30kgまでの子ども限定でロバの乗馬が行われています(※1)。小柄ながら頑丈で力強いロバは、古くから人間と共に暮らし、世界中で利用されているウマ科の家畜です。かれらをウマと比べながら細かく見ていくと、ウマだけでは知ることのできないウマ科動物の全体像が見えてきます。
 
※1 ロバの乗馬は感染症対策のため休止しており、現在再開に向けて準備中です。最新の状況・条件に関してはHPをご確認下さい。
 
ロベール・ブレッソン監督の映画『バルタザールよどこへ行く』(1966年、フランス)のタイトルになっているのは、1頭のロバの名前です。映画は子ロバのかれが、ある一家に買い取られるところから始まり、その一家の娘をはじめとするさまざまな人びとの年月を、幾度か持ち主を変えるバルタザールの姿をたどりながら映し出していきます。重いエピソードが目立ち、バルタザールが行き着く最後を含め、気軽に楽しめる1本ではないでしょうが、人びとそれぞれの少しの悪意や時折の冷淡さ(誰か黒幕がいるというのではなく)、そして互いの想いの屈折などが降り積もって、バルタザールやヒロインと言うべき娘(最初にかれを買い取った一家の娘)がたどる運命の流れは、ブレッソン監督ならではの静かでシャープな映像の中で忘れがたい美しさをたたえた映画を創り出しています。わたしたちが動物園などで出逢うロバと同じく、バルタザールももっぱら寡黙で、しかし、ふと気づけばこちらをじっと見つめているようでもあります。そんなバルタザールですが、冒頭を含めて、折々に発せられるかれの狂おしいようないななきは、人のことばではないからこそ、わたしたちはいまどんな世界に住んでいるのかと問いかけているように響きます。
 
ブレッソンの映画でもフィーチャーされているロバのいななきは、不意に出逢うとまるで怪獣が吠えているようで驚かされますが、その圧倒的な音量と騒々しいほどに響き渡るありさまは、かれらの生態と結びついていると考えられます。ウマ科の動物の社会は大きく2つに分けられます。家畜で言えば、ウマ型とロバ型です。ウマは1頭の優位なオスが複数のメスを従えるようにして群れをつくり、「ハーレム型」と呼ばれます。一方でロバでは、特にオスは単独行動を基本とし、自分の「なわばり」を守りながら、そこを訪れるメスと交尾します。ロバの激しいいななきは、「なわばり」の主張と結びついていると捉えられるのです(※2)。
 
※2.このようなロバ本来と考えられる生態は野生のロバ(ノロバ)の観察に拠っています。後で記すように、かれらは群れをつくることもありますが、群れのメンバーは安定せず、ウマに見られるような個体どうしの優劣関係も薄いとされています。
ウマ科の社会については、下記の文献を参考にしました。
木村李花子(2002)『ウマ社会のコミュニケーション』神奈川新聞社
同(2007)『野生馬を追う』東京大学出版会
 
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何種類かいるシマウマの中でも、たとえば比較的緑豊かな草原で暮らすグラントシマウマは、ウマと同じくハーレム型の群れをつくります。
 
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そんなサバンナのありさまを示すべく、よこはま動物園ズーラシアでは、グラントシマウマが、キリンやウシ科動物のエランド、それにチーターと混合展示されています(※3)。
 
※3.詳しくは、こちらを御覧ください。
「サバンナに集う」
また、グラントシマウマやエランドについては、こちらも御覧ください。
「動物園のつくられ方」(広島市安佐動物公園)
「カモシカの足、誰の足?」(東武動物公園)
 
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一方で、より乾いた地域に棲むグレビーシマウマはロバと同じく、なわばり型の社会をつくります(※4)。ロバを含め、ウマ科におけるなわばり型の社会は、このような乾燥への適応を大きな要因として進化してきたと考えられています。実際、グレビーシマウマも、より湿った地域に進出するとオスのなわばり主張が緩み、群れる傾向を持つと報告されています。
 
※4.グレビーシマウマについては、こちらも御覧ください。
「キリンという哺乳類」
 
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野生の生態の比較では、群れで暮らすグラントシマウマは互いに頻繁に口でのグルーミング(毛づくろい)を行いますが、グレビーシマウマは砂浴びで、自らの体の表面の状態を整えることが多いのが知られています。
 
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ロバの家畜化については場所も時代も議論されているところですが、紀元前4000年くらいには既に古代エジプトで家畜ロバが存在していたと推測されています(※5)。直接に古代エジプトの家畜ロバにつながっていたと思われる野生ロバは既に絶滅したと考えられていますが、たとえばアフリカ東部にはソマリノロバ(ソマリ地域の野ロバという意味です)が棲んでいます。ソマリノロバは、ひとまとめにアフリカノロバと呼ばれる種の、地域ごとの亜種のひとつということになります。かつてアフリカノロバは、より多くの地域亜種がアフリカ北部を中心に広く分布していたと考えられます。
 
※5.クラットン=ブロック,J.(1989)『図説 動物文化史事典』原書房。
 
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一方、中近東からモンゴル地域にかけては、別種のアジアノロバが分布していたことが知られています。これも、たとえば地域亜種のひとつであるシリアノロバのように滅んでしまったと考えられるものが多いのですが、新彊ウイグル自治区や内モンゴル自治区(内蒙古)に棲むモウコノウマ(蒙古野馬)などは、現在もその姿を見ることができます。この写真はズーラシアで飼育されていたオスのモウコノロバのミンミンです。ミンミンは日本で飼育されていた最後のノロバでした(ソマリノロバを含みます)。残念ながら今年、28歳9か月で老衰で死亡しましたが(1993/5/7~2022/2/2)、ロバらしいマイペースさとともに(※6)、こちらの呼びかけに応えて寄ってきてくれることもあり、ズーラシアの来園者にはミンミンに逢うのを楽しみにしている人も少なくありませんでした(筆者を含む)。
 
※6.モウコノロバの野生での現状は、もっぱら小規模な群れであることが知られています(国際自然保護連合[IUCN]のレッドリストでは、近い将来における野生での絶滅の危険性が高い絶滅危惧種[EN]に指定されています)。
しかし、グレビーシマウマについて記したように、ウマ科動物の場合、社会性のベースがなわばり型でも環境条件によってはハーレム型の群れをつくることが珍しくありません。実際、家畜ロバも多数頭で緑豊かな草原に放牧されるとハーレム型への移行が見られます。さまざまなノロバの研究が進むなら、かれらの生態やその変異の幅など、より細やかな知見が得られることが期待されます。そのためにも、各地のノロバの保全が必要なのです。
 
ペットを含む家畜は、人間が野生の原種を飼いならすことで生まれました。そこには対象となった野生動物の側の本来の生態や、それをベースとしながらの人間との暮らしへの適応も読み取ることができるでしょう。家畜の歴史を知ることは、わたしたち自身の歴史を知ることにもつながっています。そしてまた、動物園での野生動物の飼育を家畜化と比較することで、あらためて「その個体を動物園の生活になじませながらも、野生を保ち、かれらの背景としての生息環境への関心を高める」という動物園ならではのあり方も、よりよく理解されてくると思います。
 
動物園でくらべましょう。
 
写真提供:森由民
 
到津の森公園
よこはま動物園ズーラシア
京都市動物園
台北市立動物園(英語のサイトが開きます)

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