日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第68回あんなネコやこんなnecoya
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物と撮影園:ライオン(大牟田市動物園)、チーター(よこはま動物園ズーラシア)、クーガー(神戸どうぶつ王国)、ジャガー(京都市動物園)、アムールトラ(浜松市動物園)、マヌルネコ(埼玉県こども動物自然公園)
●訪れた「猫の本屋さん」:necoya books
※1.necoya booksを除いて、ほとんどはコロナ禍以前の取材等の写真を利用しています。また、興味深い光景や飼育園館が希少な動物種については、一部さらに以前のものもあることをご了承ください。
わたしは吉祥寺駅よりもう少し山梨県寄りの町に住んでいます。その、同じJR中央線の立川駅最寄りに、ちょっと変わった本屋さんができたというので、お訪ねしてみました。
「猫の本を専門的に扱う本屋、necoya books。
2022年8月8日の「世界猫の日」に東京都立川市にオープンしました!」
お店のサイトにはそうあります(本文末尾にリンクを貼ってあります)。
確かに猫の本屋さんです。
足元にはこんなものも。
店内に足を踏み入れれば、絵本から図鑑やマンガまで、猫の本、本、本。ここでの「猫」にはネコ科の野生動物たちも含まれます。
こちらは、いささかのカフェも兼ねています(飲み物のみ)。写っているのは保護ネコ活動をしている団体が販売しているコーヒーで、売り上げが活動資金になるとのことです。ラベルのイラストは、実際の保護ネコたちをモデルにしています。
こちらは和歌山のミカン・ジュース。障がい者支援施設でつくられています。
そして、二階へと続く階段。
二階はギャラリー・スペースです。いろいろな企画展が行われています。
お店で取り扱っている絵本の読み聞かせ会なども行われます。
この記事の掲載は、ちょうどこちらの「窓辺のねこ」展の最中でしょう(取材は8月末に行いました)。詳しくは、お店のサイトをご覧ください。
さて、あらためて一階へ。さきほどの店内の写真の左下にあるのは『サイモンは、ねこである。』という、店主さんお薦めのアメリカの絵本です。作者はイスラエル出身のガリア・バーンスタイン。表紙をめくった袖には、こう書いてあります。
「そして、みんなもねこである。」
せっかくなので店内で実物の絵本を手に取っていただきたいと思いますが、物語のあらましは、灰色の毛皮にちょっぴり虎縞が入ったネコのサイモンが、ネコ科の大型動物たち、ライオン、チーター、ピューマ(クーガー)、クロヒョウ、トラに「ぼくたち、似てますね」と言って「全然ちがうじゃないか」と大笑いされますが、ひげや長いしっぽ、鋭い歯や爪、そして闇の中でもよく見える目などを比べあって、最後は「みんな仲間(ネコ)だね」となかよくなるというものです。
なかなか楽しいお話ですが、では、ネコたちの話題となった「ちがう」とか「おなじ(仲間)」とかいうのは、どういう意味なのでしょうか。ここからは、動物園で実際に逢える「ネコたち」を観察しながら、そんなことを考えてみましょう(※2)。
※2.以下でも、あまり絵本の内容をあらいざらい紹介してしまわないように加減します。まったくなしというわけにはいきませんが。
ライオンと言えばオスのたてがみ。ライオンは、ネコ科動物の中ではごくわずかな例外として、持続的な群れをつくります。これを「プライド」と呼びます。そして、プライドの基本はメスたちの群れです。メスたちは協力して大型の獲物を狩り、お互いの子の世話もします。オスは成長とともに自分の母親たちのプライドを離れ、別のメスたちのプライドに受け入れられようとします。成功すれば、そのプライドのメスたちとの間に子をつくれます。また、オスはふだん、メスたちがしとめた獲物も優先的に食べるなど、まるで一方的に群れを支配しているように映りますが、手ごわい獲物の時には大きな体とパワーを活かして倒しますし、また、他のオスたちに対して、群れを守ることにも努め(それは自分の地位が乗っ取られることへの闘いともなります)、いわばメスたちから「用心棒」として雇われていると言ってもよい面があるのです。そして、強く精力的なオスは、色の濃いふさふさとしたたてがみとなる傾向があります。ホルモンの影響と考えられますが、ライオンのオスのたてがみは、ライオンたちの社会のしくみの象徴と言えるでしょう。
そして、ライオンのもうひとつの特徴は尾の先のふさふさした毛です。この写真はメスですが、やはり尾の房毛が確かめられます(※3)。この房毛の役割については、まだ確実性の高い説は得られていないようですが、尾の房毛もネコ科ではライオンだけのものなので、そこにもライオンという種の進化の歴史が宿っているのではないでしょうか。
なお、実はこの写真の大牟田市動物園にも絵本を集めた施設があります。
日本初「動物園内にある絵本美術館」、大牟田市ともだちや絵本美術館。
大牟田市出身の絵詞作家・内田麟太郎さんの原画のコレクションのほか、絵本に関する展示や活用、そして、さまざまなアートやデザインを活用したイベントなども行われているとのことです。
※3.これら2枚の写真は、健康管理のために動物の協力を得るハズバンダリー・トレーニング(コーポレイティッド・ケア)の様子です(2018年撮影)。詳しくはこちらをご覧ください。
「モルモットにはモルモットの都合がある」
さて、次はチーターです。ネコ科の範囲を超えて、走る速度なら地上随一とされますが、この速度を実現するために、ほっそりと軽量化された体型を持ちます。また、他のネコ科とちがって、足先の構造上、爪は引っ込まず、この爪をスパイクのようにして高速を生み出します。すらりとした尾は、高速走行時の安定や方向転換のための「舵」として役立ちます。
こうした能力と結びついて、特にメスのチーターはサバンナで単独で狩りをすることが多く(※4)、視覚に頼る率が高いので「昼行性」と呼ぶべき活動時間を持ちます。
※4.この写真(2021年)を撮影した、よこはま動物園ズーラシアでは、肉食動物であるチーターと3種の植物食の動物の混合展示で、アフリカのサバンナのありさまを描き出しています。詳しくは、下記をご覧ください。
「サバンナに集う」
また、ここでは、かなり単純化した一般論を記していますが、近年のより詳細な研究の中で、ネコ科動物の「群れる・離れるの動物学」も、単純に「群れをつくる種/つくらない種」といったものではないのがわかってきています。生息環境のちがいなどで、種や種内のオスメスでも社会性が変わります。そこには、人間活動の影響による環境変化への適応もあるでしょう。既存の豆知識(トリヴィア=雑学)を超えて、動物たちを知ろうとすることの楽しさと大切さ。わたしたち一般の人間も、これからも積み重ねられていく専門研究者の幅広い知見に期待したいところです。
昔のものですが、ネコ科動物の社会性を見ていくヒントとして、下記の本を参考にしています。
伊澤雅子(1999)『群れる・離れるの動物学』NHK人間大学。
南北アメリカ大陸に分布するクーガー(ピューマ)。いささかメスライオンを想わせる姿から「マウンテンライオン」とも呼ばれますが、ライオンとは分布域がまったくちがうだけでなく、幅広い環境に適応しているかれらは「山地(マウンテン)」とつくように高地や岩がちの土地でも暮らしています(展示場を広く写した写真では、中央一番奥の岩の上にクーガーが寝そべっています。手前はオグロプレーリードッグです※5)。
そして、クーガーの尾の先にも注目です。ライオンとちがって房毛はありませんね。
※5.この展示については、下記もご覧ください。
「二つのどうぶつ王国」
続いて、絵本ではクロヒョウが登場しますが、ここではクロジャガーを見ておきましょう。
一般的な姿のジャガーとは、ちがう種のようにも見えますが、明るいところで見ると、クロジャガーにも紋様があります。クロジャガーはジャガーの黒変個体つまり個体変異で、種としては他のジャガーとまったく同一です(※6)。
なお、このクロジャガーは「ミワ」というメスです。撮影した2017年には京都市動物園にいましたが、2021年に繁殖を目指して愛媛県立とべ動物園に移動しました。もう一枚の写真のオス「アサヒ」は、いまも京都市動物園で逢うことができます。動物園どうしの協力で、ジャガーの飼育繁殖が健やかにつながれ、生きたかれらを通して、わたしたちが多くを学べることに期待します。
※6.ジャガーとヒョウの比較については、下記をご覧ください。
「ジャガーをめぐる色模様」
ちなみに、実はライオンにもヒョウやジャガーに似た紋様があり(ライオンは、他の大型ネコ類とともにネコ科ヒョウ属です)、子どもの頃に目立ちます。おとなになっても、特に足のあたりなどでしばしば、はっきりと紋様が確かめられます。
トラはライオンと並んで最大級のネコ科動物ですが、水に入ることを好みます。「ネコ類=水を好まない」とは限らないのです。このアムールトラのオス「テン」(2015年当時、浜松市動物園)も、しばしば水堀(モート)での泳ぎを楽しんでいました。
なお、テンは2018年に、生まれ育った浜松市動物園から広島市安佐動物公園に移動し、繁殖の取り組みが進行中です。
最後に、絵本には登場しませんがマヌルネコです。イランから中国西部の寒く乾いた荒地の岩場に生息する小型ネコ類で、灰色の毛皮と虎縞は絵本に登場するサイモンに似ています。しかし、目や耳の位置が高いのがわかるでしょう。かれらは岩などに隠れて獲物を狙うので、こういう目鼻立ちが有利であると考えられます。また、ご覧のように光の薄い場所では瞳孔(ひとみ)が丸く縮まるのもイエネコ(北アフリカのリビアヤマネコが原種とされる)とはちがいます(※7)。
太い尾も、岩場を素早く動く際にはバランスをとる装置として役立つと考えられます(※8)。
※7.詳しくは、下記をご覧ください。
「ウサギ喜び庭で穴掘り、イヌはこたつで丸くなり、ネコは……?」
※8.小型ネコ類のいろいろについては下記をご覧ください。
「猫のまんま」
ここで写真を引用した埼玉県こども動物公園で生まれたマヌルネコのオス「イーリス」も登場します。
ネコ科動物たちのいろいろを眺めてきました。かれらも絵本のサイモンも、まぎれもなく「ネコ」です。いろいろな共通点があり、「系統(つながりあった進化的まとまり)」として見ることができます。
しかし同時に、かれらがそれぞれ異なる種であり、多くのちがいを持っていることも事実です。この違いは、どんな環境に適応してきたかと結びつき、それこそが進化の歴史(ダーウィンの言うところの「種の起原」)なのです。必要な知識を蓄えながら動物園で動物たちと向き合うなら、この「同じ」と「ちがう」のダイナミックな関わり合いを実感することができるでしょう。
「ぼくたちは仲間だよ」というサイモンたちのことばの意味を、より深く味わうために、本を楽しみ、知識を学び、動物園でふくらませましょう。
写真提供:森由民
◎necoya books(猫の本を専門的に扱う本屋)
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◎大牟田市動物園
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