トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第70回夢の中の海で à la mer dans un rêve

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第70回夢の中の海で à la mer dans un rêve

ZOOたん、こと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
 
今回ご紹介する動物:タコクラゲ、ミゾレウツボ、キツネダイ、シンカイヒバリガイ、タギリカクレエビ、シオミズツボワムシ、シラス(カタクチイワシ)、サツマハオリムシ、ユノハナガニ、ツチクジラ(骨)、ホネクイハナムシ、サガミハオリムシ、ダイオウグソクムシ、エノスイグソクムシ、コティロリーザ・ツベルクラータ(クラゲ)、パシフィックシーネットル(クラゲ)、シンカイウリクラゲ、ワタボウシクラゲ、コトクラゲ、コブダイ、アオウミガメ、シャリンバイ(海浜植物)、アカウミガメ(タイマイとの交雑個体を含む)
 
訪れた水族館:新江ノ島水族館
 
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小田急江ノ島線・片瀬江ノ島駅のホームに降りると、すぐにこんなお出迎え。2020年7月、新駅舎の完成を祝し、新江ノ島水族館の協力のもとにつくられたクラゲの常設展示です。新江ノ島水族館としても、館外にこれだけ大きな水槽を常設するのは初めてでした。
 
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こちらはタコクラゲ。そして、その隣には、現在、同館で行われている冬季イベント「Jewerium(ジュエリウム)」の告知があります(~2023/2/28)。
 
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館内に入ってすぐにもこんな特別水槽が。こうして、クラゲをはじめさまざまな海の生きものたちが、美しい眺めを構成しています。いまだけのきらめきを求め、館内のあちこちを探してみましょう。
 
「Jewerium」とは、宝石 “Jewel” と水族館 “Aquarium” を組み合わせた “えのすい” 独自の合成語で、宝石がもつ3つの要素 “透明感”、“色彩”、“輝き” をテーマに、海の中で輝きを放つ生き物たちと美しい館内演出の融合をお楽しみいただけます。(同館サイトより)
 
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もとより、ただ装飾的な華やかさを楽しむだけではなく、それぞれの生きものたちをしっかりと観察することもできるようになっています。こちらも「Jewerium」の一環で、フィーチャーされているのはミゾレウツボとキツネダイです。それぞれにお気に入りの位置があるようで、そこにかれらの海中生活も透けて見える気がします。
 
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館のメイン・相模湾大水槽。
さぁ、あらためて地元の海に根差しつつも、わたしたちが普段触れることの少ない世界を堪能させてくれる新江ノ島水族館に深く浸ってみることにしましょう。
 
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まずは文字通りの深海へ。「しんかい2000」は、日本の海洋の研究と開発には水深6000メートル級の潜水船が必要であるという前提の下、その中間段階としての水深2000メートル級の潜水船として、1981年に完成し、以後の約20年間、総計1411回の潜航を行って活躍しました。後続の有人潜水調査船「しんかい6500」等がその栄光を引き継ぎ、最後の潜航(2002/11/11)をした相模湾にある新江ノ島水族館で2012年からの展示の日々を過ごしています。新江ノ島水族館は「しんかい2000」を運用してきた国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC※1)とさまざまな連携を行ってきた歴史を持ちます。
 
※1.「しんかい2000」開発当時は、認可法人「海洋科学技術センター」
 
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高い水圧に耐えて観察を可能にする窓は、はめ込み方にさえ工夫があります。
 
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こちらは新江ノ島水族館がJAMSTECとは別の株式会社FullDepth と共同でおこなってきた水中ドローン調査で活躍しているものです。
 
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新江ノ島水族館とJAMSTEC等の連携はさまざまな調査研究の成果につながっていますが、その中でも際立ったスケールのストーリーを孕んでいるのは、この展示でしょう(※2)。
地球はおよそ46億年前にできたと考えられていますが、多くの隕石が降り注ぐ熱い星が次第に冷えて、海が誕生したのはおよそ44億年前とされます。そして、およそ40億年前に最初の生命が誕生したと考えられています。生命の誕生の過程はまだ多くの謎に包まれていますが、それが成立するためには、タンパク質や脂質、さらには遺伝物質であるDNAなどが生命活動に由来しないかたちで生成し、それらが複合して原始的な細胞とならなければなりません。そんな生命誕生に向けた物理・化学的な過程が進行した場として、地中から地上に温泉やガスが噴き出しているスポットも有力視されますが、本当に生命が誕生するためには、そこが持続的に好都合な環境を保っていなければなりません。また、たとえ何とか原始的な細胞が生まれてとしても、それがどのようにひとつの温泉スポットから他の場所へと広がったかも説明する必要があります。「奇跡的にうまく行ったのだ」ではあまり説得力があるとは言えません。
そんな中で注目されているのが、海底の熱水噴出域です。先ほどの写真の水槽の奥の方に、細長い円錐状のものが見えるでしょう。これが熱水を噴出するチムニー(元の意味は、いわゆる「煙突」)と呼ばれる構造です。チムニーは、熱水に含まれていた物質が海水中で化学反応を起こして降り積もったものでできています。
 
※2.下記を参考にしました。
高井研・編(2018)『生命の起源はどこまでわかったか』岩波書店
ここでのお話のより正確で詳しい内容は、こちらをお読みください。
 
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熱水の温度は時に400℃といった高さにもなりますが、そこには硫化水素などが多く含まれており、それらと海水や熱水孔を取り巻く鉱物などの間で電子のやりとり(電流の発生)を伴う化学反応が進行し、生命の元になる物質が生まれていったのだと考えられています。
原始の地球の海底での生命誕生の過程の再現を目指して、人工的な装置での実験とともに、いまでも深海にある熱水噴出域の調査が行われています。「しんかい2000」をはじめとする潜水船が活躍したのは、そういう局面でした。
新江ノ島水族館では、伊豆・小笠原周辺などの水深およそ1000メートルほどの熱水噴出域を実際の生きものとともに再現しており、チムニーからは温かい湯が供給されています。
 
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シンカイヒバリガイは熱水噴出域にすむ生きもののひとつです。かれらはエラの細胞に特殊な細菌を共生させています。これらは化学合成細菌と呼ばれ、熱水に含まれる硫化水素を酸素と反応させてエネルギーを取り出し、このエネルギーで有機物をつくり出します(※3)。シンカイヒバリガイは、この有機物を利用して生きているのです。
太古の海でも、熱水噴出域の周りで化学合成細菌が活動し、その生産物を他の生きものが利用する「化学合成生態系」が成り立っていたと考えられています。
水槽担当者の手書きの解説も楽しめます(館内のあちこちで同様の手書きサインが見られます)。
 
※3.化学反応のエネルギーを利用するから「化学合成」です。わたしたちの身近な植物の多くが光エネルギーで有機物をつくり出すはたらきは「光合成」と呼ばれます。
 
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こちらは鹿児島湾の一部の海域だけに生息するタギリカクレエビです。新江ノ島水族館は、このエビの飼育下繁殖に世界で初めて成功しました。
 
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これはタギリカクレエビの餌のひとつであるシオミズツボワムシです。タギリカクレエビは成体になっても大きさ2~3センチメートルほどですが、シオミズツボワムシの大きさは0.1ミリメートルほどしかないので、タギリカクレエビの仔でも捕食できるのです。新江ノ島水族館では、このシオミズツボワムシをも培養することでタギリカクレエビの飼育繁殖を実現しました。
 
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館内のオーシャンカフェで出している「しらすドッグ」。
実は、このシラスも、シオミズツボワムシを餌のひとつとしています。
 
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いわゆるシラスの主体はカタクチイワシの仔魚です。
 
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新江ノ島水族館は、シラスからカタクチイワシを育て上げ、さらに繁殖させることを重ねて、2022年11月現在、飼育下十世の展示に至っています。カタクチイワシの大量育成技術は、国立研究開発法人である水産研究・教育機構が2013年に世界で初めて確立しましたが、新江ノ島水族館はそれに学んで、繁殖シラスの世界初の常設展示を行っているのです。
 
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さて、タギリカクレエビにはその名通りの隠れ場所があります。それが、このサツマハオリムシのコロニーです。ハオリムシの仲間は「チューブワーム」とも呼ばれ、口・消化管・肛門などを持ちませんが、シンカイヒバリガイ同様、体内に化学合成細菌を共生させて栄養を得ています。
新江ノ島水族館では、このサツマハオリムシを飼育しつつ、その知見を活かして、地元・相模湾のサガミハオリムシ(後出)も飼育することに成功しています。
 
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ユノハナガニは熱水噴出域だけにすむ、目がほぼ退化したカニです。かれらはハオリムシ類などを捕食しています。
 
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熱水噴出域と並んで、硫化水素やメタンの存在による、深海の特異な化学合成生態系のひとつに「「鯨骨生物群集」」があります。海に沈んだクジラの遺体は他の生きものたちに食われます。さらに一部は細菌のはたらきで腐敗し、メタンガスを放出し、このメタンガスも細菌によって硫化水素の合成に至ります。つまり、鯨骨によって、既に記した「化学合成生態系」が成立するのです。
この水槽の鯨骨は本物のツチクジラで、水槽内での変化の研究・観察が行われています。
 
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鯨骨もまた、さらに分解されて硫化水素などの発生に結びつきます。鯨骨の分解には、ホネクイハナムシという多毛類(釣り餌になるゴカイなどを含むなかま)が関わっており、その様子も展示されています。
 
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そして、サガミハオリムシもこのような生態系の一員として、長期飼育が継続中です。
 
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こちらもまた、新江ノ島水族館が貢献した深海の新種生物です。同館では、以前から深海の掃除屋のひとつとして知られるダイオウグソクムシを飼育展示していましたが、2019年、台湾の専門家の研究により、その中に別の新種(種のひとつ上のまとまりとしては同じダイオウグソクムシ屬)が含まれていることがわかりました。これを記念して、台湾の研究者から和名として「エノスイグソクムシ」という名が贈られました。現在の飼育個体が従来種かエノスイグソクムシかはまだわかっていませんが、こちらの写真のように新種の判定に用いた形質などが解説掲示されています(※4)。
 
※4.このような従来同種とされていたのが、細かな観察やDNAレベルの判定などで新種として見出されたものを「隠蔽種」と呼んでいます。
 
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さて、あらためてのクラゲです。これは「Jewerium」にフィーチャーされているコティロリーザ・ツベルクラータです。口腕付属器とよばれる部分の尖端が宝石のような彩りを見せています。
 
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パシフィックシーネットルの傘は、光を通すと黄金色に輝きます。
 
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数々のクラゲのコレクション。その中にはこんな変わり種もいます。シンカイウリクラゲは「クラゲ」と名づけられていますが、有櫛動物というまったくちがう系統の動物群に属します(クラゲやイソギンチャク・サンゴは刺胞動物です)。ウリクラゲはクラゲを呑み込むようにして食べてしまいます(しばしばウリクラゲどうしでも)。
 
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ここでも新江ノ島水族館が研究者と共同で記載した、地元産の新種ワタボウシクラゲについてなど、クラゲたちの華やかな姿だけでなく、生きものとしてのかれらについての研究成果や情報が的確に発信されています。
 
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さきほどの「しんかい2000」の展示コーナーにあった水中ドローンが、79年ぶり(2020年)の快挙として江の島沖の深海で「再発見」したのが、このコトクラゲです。
館内のこの一角は、多くの生物学研究者がいる皇族の皆様のお仕事ぶりをまとめた展示となっています。コトクラゲは、クラゲ類の研究をライフワークにしていた昭和天皇が1941年に江の島沖で採集し、翌年に京都大学の駒井卓博士によって新種として記載されましたが、その後、まったく見つかっていませんでした。しかし、2004年、新江ノ島水族館がJAMSTECとの共同調査で鹿児島沖で64年ぶりに発見し、さらに上記の江の島での再発見へとつながったのです(※5)。
現在展示されているコトクラゲは2022年に採集されたもので、数ミリメートルだったものが、いまはおよそ2センチメートルに育っています。
 
※5.水中ドローンの展示でも、海中でのコトクラゲの映像が見られます。なお、この皇族の研究成果の展示では、他に上皇(平成天皇)のハゼに関するお仕事や、日本動物園水族館協会の総裁でもある秋篠宮のナマズに関するお仕事なども紹介されています。
 
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新江ノ島水族館は、クラゲの飼育繁殖に関する多くの業績によって、日本動物園水族館協会から「希少動物の繁殖にとくに功績のあった動物園や水族館」に対して贈られる古賀賞を受けています。同館のクラゲに対する取り組みには、既に記したようにクラゲの研究者であった昭和天皇が、江の島にほど近い葉山の御用邸にいらっしゃる折にしばしばご一家で同館を訪れることも、大きなきっかけとなっていたということです。
現在、展示されているクラゲは約40種とのことです。
 
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そして、新江ノ島水族館ではほぼ毎日、スタッフがクラゲ採集に出かけ、その成果をオンタイムで掲示しています。
 
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その他、館内にはさまざまなかたちで相模湾の姿を感じさせてくれる展示がありますが、こちらは岩礁展示です。おしなべて水槽内で育てるのが難しい海藻類をいかに維持するかというのが、この水槽のメインの課題で、季節ごとにさまざまな海藻が芽吹くさまなども見て取れる現在進行形の展示です。
 
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そして、こちらは海藻たちの移り変わりをよそに、この水槽の「ぬし」とも言われているコブダイです。
 
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最後はウミガメです。まずはアオウミガメ。悠々と泳ぐ姿を鳥瞰できるスポット。
 
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そして、降りて来ればかれらと間近で向き合える場所も用意されています。陸生動物としての爬虫類から二次的水生適応を果たしたかれらのからだのディテールまで観察したいところです。
 
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こちらは相模湾の砂浜とそこに根付く海浜植物のありさまを再現しています。
 
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たとえば、シャリンバイ。いまは黒い実をつけていますが、初夏には白い花も楽しめます。
深海の熱水噴出域から、つい先ほどご紹介した岩礁まで、動物たちは常に植物・地形ひいては微生物までのさまざまな環境とともにあってこそ、健やかな暮らしを続けられます。そもそも、熱水噴出域がなければ、わたしたち生きものは、この地球に生まれてくることさえなかったでしょう。動物園や水族館の展示は、その向こうに広がる自然全体へと、わたしたちの目を開いてくれる入り口としてあるのです。
 
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そんな生きものたちを育む環境としての相模湾の砂浜に向かって、こんな解説サインが設けられています。アカウミガメの回遊ルートです。日本には各地にアカウミガメの産卵地があります。そして、それらの日本生まれのアカウミガメたちは海流に乗って遠くメキシコ沖にまで行き、再び戻りながら成熟を遂げて、その後は日本周辺や中国東海などで過ごします。
 
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館内のアカウミガメたち(1個体はタイマイとの交雑であることがわかっています)。
 
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2022年8月、新江ノ島水族館では初のアカウミガメの繁殖が成功しました。100個体以上が孵化しましたが、それらのほぼすべてが相模湾へと放流されました。かれらの無事な旅と回帰が望まれます。こちらは2個体だけ残された仔ガメの片方です(もう片方はバックヤードにいるとのことです)。いわば、アカウミガメという野生動物の繰り返されていく世代の歴史を知らせるアンバサダー(大使)の役割を担い(もちろん自覚はないでしょうが)、仔ガメはせっせと泳ぎの腕を磨いています。
 
目の前の海、そしてさまざまな歴史を孕んだ海。さらには、星の進化の連なりの中で、生きものを生み出した太古の海。すべてがここにあります。
 
水族館で浸りましょう。
 
新江ノ島水族館
 
写真提供:森由民

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