トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第14回 ポップコーンのにおいのする熊狸

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第14回 ポップコーンのにおいのする熊狸

こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。

・今回ご紹介する動物:ビントロング

・訪ねた動物園:鹿児島市平川動物公園・福岡市動物園・那須どうぶつ王国

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黒くてもこもこしていてポップコーンのにおいがする。そんな動物がいると言ったら信じられますか。東南アジアから南アジアの森に住むビントロングは、まさにそんな生きものです。しかも御覧の通り、しっかりと巻きついて体を支えることができる尾を持ち、大人なら体重15kgを超えることもあるそれなりの大きさでも樹上で自在に活動することができます(写真は鹿児島市平川動物公園)
ビントロングはジャコウネコ科でずが(※)、かれら独特のポップコーンのようなにおいは、かれらの分泌腺からのものではなく、体毛についた自分の尿の分解産物に由来するとされています。中国人や欧米人もビントロングの見れば見るほど捉えどころのないありさまに戸惑ったのでしょう。中国語では「熊狸」、英語では「bear cat(熊猫)」と呼ばれています。

※ジャコウネコについては、こちらの記事も御覧ください
「第10回 ジャコウネコってネコなの?」

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ここで2枚の写真を見比べてみましょう。ビントロング舎を含む、平川動物公園「インドの森ゾーン」は2011/11/12にフルオープンしました。当時、ビントロング舎は広々としてはいましたが、樹上生活者のビントロングとしては少しもの足りない感じもありました(左・2011/11/14撮影)。そこで当時の飼育担当者は付近の山から蔓を採ってきて張りめぐらすなど、ビントロングがその身体能力を存分に発揮できるように施設を充実させていったのです(2013/11/15撮影・右)。

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このような飼育的工夫はビントロングたちの繁殖にも、よい影響を与えました。この写真の右はオスのハヤト、左はメスのチャコで、チャコの発情を見極めながら同居させたときのものです(2013/12/25撮影)。野生でもしばしば単独生活をするビントロングにとって、繁殖のような極端に互いの距離を近づける行動は一種の緊張をはらむことも多いのですが、このように立体的な施設ならば様子を見合いながらタイミングを計ることができます。

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こうしてチャコとハヤトが結ばれた結果、2015/9/1に、オスの「大(ダイ)」と「幸(コウ)」、そしてメスの「ユキ」の3頭の子どもが生まれました。この写真や文章の冒頭に掲げた写真のように子どもたちは活発に動き回り遊びながらすくすくと育っています。
2016/4/11現在、子どもたちは母親のチャコと同居しており、ハヤトは隣のケージにいます。

hirakawa_160410 646ハヤトと同じケージには年配のメスのノエル(1995年生まれ)もいて、幼い子どもたちとは対照的なのんびりマイペースの姿を見せてくれています。

DSC07629r実は昨年には二代目の飼育担当者の努力で、このような展示場の緑化が実現されていました。張りめぐらされた蔓はビントロングにとっては実際の森の中に近い構造や機能を持つものですが、飼育員はさらに景観の上でも緑豊かな展示場を目指したのです(※)。
現在、(特に母子のケージでは)これらの植栽は一時的に枯れてしまっていますが、その原因のひとつは今年の1月末に当地としては6年ぶりの積雪でダメージを受けたことがあります。そしてまた……

※他にビントロング舎の周りには、ビントロングを含む園内の果実を好む動物たちのために木イチゴなども育てられています。やがてはそんな飼育員の心尽くしの食材がビントロングたちに振る舞われる日も訪れるでしょう。現在の担当飼育者はビントロングの生息地のひとつであるボルネオ島にも現地見学に行っており、その際のレポートも展示場そばに掲示されています
hirakawa_160411 1781口もとに注目。子どもたちにとっては植栽も格好の遊び道具だったようです。こんな展開も子どもたちの健やかな成長のあかしと受け止めるべきなのでしょう。それでも現在、一度は葉を失ったバナナの株などが新たに葉を伸ばす兆しが見て取れます。子どもたちもすぐに大きくなって、いくらかは落ち着いていくでしょうし、いずれまた「緑の展示場」への移ろいも期待できるかもしれません。
IMG_20160411_095623そんな活発で好奇心旺盛な子どもたち。こうやって間近に来てくれれば、器用な前足で枝や蔓を掴む様子も観察できます。わたしたち霊長類の手のはたらきとも比較してみたいところです。
hirakawa_160410 997ちなみに、当園の「夜行性動物館」では、2016/2/11にキンカジューの赤ちゃんも生まれています。キンカジューはメキシコ南部からブラジルにかけて分布するアライグマ科の動物ですが、ビントロング同様にしっかりと巻きつけることができる尾を持っています。多くの肉食系哺乳類を含む食肉目(科よりひとつ上のレベルの分類)の中でも、このような尾を持つのはビントロングとキンカジューだけであるとされています。
fukuokashi_160413 497fukuokashi_160413 488ところ変わって、福岡市動物園。平川動物公園の母親個体チャコもこの園で生まれて鹿児島に移動してきました。
丸太の上に器用にとまって食事をしているのはオスのビーンです。かれは特に片手だけで餌をつかむ行動が目立つとのことです。福岡市動物園では、もっぱらビントロングたちの運動を促す目的で一日に二回ほど展示場内にリンゴ・バナナ・ふかし芋などを置いたり、枝先に刺したりして「おやつ」としています。

fukuokashi_160413 619ビーンが観覧路の頭上へのオーバーハングに来てくれれば、こんな束の間の見つめ合いも可能です。

fukuokashi_160412 1395お隣のシシオザルとも相互観察?
fukuokashi_160413 1070バックヤードにて、飼育員の肩に乗って体重測定中のメスのトロン。ビーンとは2013/10/19にオスメス2頭の子どもをもうけています。子どもたちはそれぞれ他園に移りましたが、その後もタイミングを見ての同居では交尾が確認され、次の繁殖も期待されています。こうしてかれらの体重を測るのも、常に健康状態に目配りし、かれら自身ひいては次の世代へとよりよい日々をつないでいくためです。
fukuokashi_160412 1328現在、ビーンはメスのコロン(写真右・1996年生まれ)と同居しています。コロンは年配でもあり、既に繁殖の取り組みからは外れていますが、しばしばこんな寄り添いあいも見られます。コロンは平川動物公園のチャコの母親です(※)。

※父親は平川動物公園から来園していた個体で2009年に亡くなっています。
nasuanimal_160417 005そして那須どうぶつ王国。やけに大きな胴体に小さな頭……?

nasuanimal_160417 113いえいえ、実際は母子3頭の寄り添いあい。雨の日の屋内展示室でのひとコマです。起き上がった母親が子どもたちをぺろり。この母親が福岡市動物園のトロンとビーンから生まれたシャロンです。シャロンは2015/8/27にメスのルチュとオスのガンタンを生みました。
nasu_animal_130706 521シャロンの相方はダム。現在、ダムは別のメスとの繁殖に向けて那須どうぶつ王国の姉妹園である神戸どうぶつ王国に移っています。この写真は、まだ那須どうぶつ王国でも展示されておらず、バックヤードで馴致とトレーニングを行なっていた頃のものです(2013/7/6撮影)。

nasuanimal_160418 049好天時用の、より広い展示室では子どもたちの身軽でダイナミックな動きも見られます(※)。

※取材のため、特別に展示室内で撮影しています。
nasuanimal_160418 947ここでも器用な片手持ち。ちょっと欲張り気味の食事風景です。

nasuanimal_160417 423nasuanimal_160418 123那須どうぶつ王国は、多くの動物に対してトレーニングを施しています。ビントロングたちも人の肩に乗ったり立ち上がったりの練習。トレーニングは、それぞれの動物種が本来持っている能力や習性をベースに、指示や合図に従って特定の行動が出来たら、少量の餌などの報酬を与えて、その行動を定着させていきます。こうやって飼育員と動物の間に安定した約束を創り出し、動物たちが不特定多数の来園者のいる外に出たり、来園者と間近で関わったりできるようにします。さらに、飼育下では伸びすぎになりがちな爪を切ったり人が尾を持ち上げてお尻で体温を計ったりといったことにも動物自身が不安を抱かなくしていくことで、持続的な健康管理も可能となります。

最後に「世界ビントロングの日(World Binturong Day)」についてです。昨年は5/9に行なわれました。ビントロングへの関心を高め、野生での保全にもつなげるべく、世界各地の動物園などで「世界ビントロングの日」を記念した取り組みが行なわれています。今年の「世界ビントロングの日」は5/14となります。日本の園館でも「世界ビントロングの日」をめぐるネットワークづくりが進められています。今回御紹介した各園でもガイドトーク等の実施が検討されています(※)。

※詳しくは各園のサイト等を御参照ください。

ビントロングという、ひとつの動物種をめぐり、それぞれの飼育園はかれらにとって快適な飼育環境を整え、能力・習性等の魅力を最大限に引き出して展示しようと創意工夫を重ねています。そして、園同士のネットワークで個体を交換し、飼育下繁殖での世代をつなげていくことも、ビントロングの健全な姿にわたしたちが親しみ続けるためには大切なことです。その体験を通して、時にわたしたちはボルネオ島やインドといった野生のビントロングのふるさとに想いを馳せ、その場所を守る必要性を実感することもできるでしょう。

動物園に行きましょう。
☆今回取材した園

◎ビントロングに会える動物園

鹿児島市平川動物公園
公式サイト http://hirakawazoo.jp/

福岡市動物園
公式サイト http://zoo.city.fukuoka.lg.jp/

那須どうぶつ王国
公式サイト http://www.nasu-oukoku.com/
写真提供:森由民

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