トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第25回 ビバリウムから「あし」を延ばして

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第25回 ビバリウムから「あし」を延ばして

こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
 
今回ご紹介する動物:トウキョウダルマガエル・シュレーゲルアオガエル・オサガメ(液浸標本)・ガラパゴスゾウガメ・ヨーロッパヘビトカゲ・コモチミミズトカゲ・グランディスヒルヤモリ・トッケイヤモリ・パンサーカメレオン・ニシゴリラ・ケープペンギン・ニシアフリカコガタワニ・ヒバカリ・クロサンショウウオ・オオサンショウウオ
 
訪ねた動物園:上野動物園
 
※1.種名(展示場所)と表記しました。(ハペペ)となっているのは両生爬虫類館特設展示「ハペペ博士の研究所─あしのナゾ」のものです。また、(ビバリウム)となっているのは特設展示以外の両生爬虫類館内です。開催中につき特設展示の解説等の詳細は割愛しています。
ueno_170516 004r上野動物園・両生爬虫類館(ビバリウム)では、現在、特設展示「ハペペ博士の研究所─あしのナゾ」が開催されています(※2)。両生爬虫類学(herpetology)を研究する架空の博士ハペペ氏の研究所を訪れることで、両生類・爬虫類の多様な「あし」の謎と魅力に触れようという企画です(※3)。入り口脇の水槽で出迎えてくれるのは拡大部のように「四足動物の祖先の姿を遺している」とされるオーストラリアハイギョ(ハペペ)です(※4)。
今回はこのハペペ博士の研究室を基点にビバリウムのあちこち、さらには園内の他所にまで足を延ばしてみます。
 
※2.~2017/12/28(木)。詳しくは下記リンクを御覧ください。
両生爬虫類館特設展示「ハペペ博士の研究所──あしのナゾ」
 
※3.「あし」(あるいは「手」)については厳密には足・脚・肢などを使い分ける必要があるでしょうし、指についても動物学的には「趾」を使って記述するべきですが、ここでは日常語的な表現にとどめておきます。
 
※4.ハイギョについては、下記リンクの拙記事も御覧ください。
「生きた化石と御長寿鳥」
 
ueno_170516 014

ueno_170516 018トウキョウダルマガエル(ハペペ)。優れた跳躍力を生み出す、かれらの発達した後ろあしを生体と骨格標本でじっくり観察できます。
 
ueno_170516 343r樹上生活に適応したシュレーゲルアオガエル(ビバリウム)の吸盤。ハペペ博士の研究所でも、この吸盤に関する探究が展示されています(※5)。
カエル類は両生類界の変わり者です。後ろ足で跳ねるのもそうですし、多くの種で見られる音によるコミュニケーション、ひいては尾がないということ自体が特異です。しかし、そのような特殊化ゆえにカエルたちはさまざまな環境に適応して多くの種に分化しており「進化の成功者」とも言えるのです。
 
※5.展示動物種はニューギニア島~オーストラリア原産のイエアメガエル(ハペペ)です。
 
ueno_170516 016

ueno_170516 019ハペペ博士には孫娘がいるという設定になっています。彼女はおじいちゃんの研究所にもちょくちょく出入りしているようです。夢は「かえるさんとのじゃんぷくらべ」。
 
ueno_170509 094ウミガメの「あし」の探究への博士の情熱。後ろにあるおもちゃは孫娘のものでしょうか。
 
ueno_170509 096ハペペ博士の採集と記されている(勿論、フィクションですが)、このオサガメ(ハペペ)は普段はビバリウムの標本庫に保管されています(今回だけの特別展示になる可能性もあります)。この標本はまだほんの子どもですが、成長したオサガメは全長3m・体重1t程度に及ぶこともあり、現生のカメ類では最大種です。海の中でのかれらの大いなる姿にも想いを馳せてみましょう。
 
ueno_170516 397r一方こちらはガラパゴスゾウガメ(ビバリウム)。アフリカ大陸寄りの島々に分布するアルダブラゾウガメと並んで陸ガメ類の最大種です。国内には3個体のガラパゴスゾウガメが飼育されていますが、そのうちの2個体が上野動物園の所属です。この個体はタロウ。1969年にペルーの動物園からやってきました。推定88歳になりますが、ガラパゴスゾウガメの寿命は150~200年に及ぶとも言われるので、まだまだ健やかに長生きしてくれることを願います。普段はのんびり屋でよく寝ているタロウですが、一方ではとても喰いしんぼとのことで、よく口の周りに食べものがついています。好物は青草、他に小松菜・トマトなどが与えられています。給餌解説の時など、植物食の分厚いくちばしに注目してみてください(糞にも未消化の草などが混じっています=写真拡大部)。
 
ueno_170516 176跳ねるあし・泳ぐあし・大地を踏みしめるあし……しかし、時には「あし」のない両生爬虫類もいます。ヨーロッパヘビトカゲ(ハペペ)もそのひとつです。こうは見えても、紛れもないトカゲ類です(※6)。
 
※6.ヨーロッパヘビトカゲについては下掲リンクの拙記事も御覧ください。
「ウミヘビ・カナヘビ・ヘビトカゲ」
 
ueno_170516 884

ueno_170516 105さらにこちらはハペペ研究所のみならず当ビバリウムにとっても新顔のコモチミミズトカゲ(ハペペ)です。アフリカ大陸北部(モロッコ~チュニジア)に生息し、ハペペ博士の研究ノートにあるようにトカゲ類・ヘビ類とは別グループとなります。地中生活への適応がかれらを「ミミズ」のような姿に進化させたのです。
コモチミミズトカゲについても特設展示終了後に常設展示とするかは不確定とのことです。ビバリウムは展示スペース以外にも多くの生体や標本を所蔵しています。今回の特設展示のような場合を含め、それらのコレクションの出し入れでさまざまな展開が可能となります。美術館や博物館でも収蔵品を活かしての展示の模様替えや企画展が行なわれますが、ビバリウムが箱もので、もっぱら小型種の展示飼育施設であることの強みと言えるでしょう。
 
ueno_170509 210rこちらはまた別の爬虫類、ヤモリの仲間でマダガスカル原産のグランディスヒルヤモリ(ビバリウム)です。ヤモリの仲間はガラスのような滑らかな垂直面でも吸い着くようにして自在に活動・休憩します。
 
ueno_170516 810グランディスヒルヤモリと比較展示されているトッケイヤモリ(ビバリウム)。ハペペ研究所にも本種が展示されており、顕微鏡を使ってヤモリ類の足の秘密が解明されています(※7)。
もうひとつ、グランディスヒルヤモリとトッケイヤモリの瞳のかたちのちがいにお気づきですか?その名の通り昼行性の前者が丸く収縮するのに対して、トッケイヤモリの瞳はイエネコのように縦に細くなります。こんなところにも、生活に適応した進化の枝分かれが観察できるのです。
 
※7.ヒントは足の裏に密集した細かな毛です。あとは是非、ハペペ博士の報告を御覧ください。
 
ueno_170516 046さらに特異な「あし」の持ち主はパンサーカメレオン(ハペペ※8)。樹上生活への適応の仕方のひとつとして、枝をしっかりとつかめる能力を発達させる進化があります。わたしたちヒトの手も元々は霊長類としてのそのような進化によりますし、鳥類の足も同様ですが、爬虫類であるカメレオンもそのような特殊な「あし」を持っています。しかも、手足とも親指が他の指と向かいあうという霊長類の特徴に対して、カメレオンは前あしと後あしでパターンがちがっています。ハペペ研究所では、そんな様子も目の当たりにできます。
 
※8.本種もいまだけの展示の可能性があります。
 
ueno_170516 163ハペペ博士の専門は両生爬虫類学でもその関心はさらに広がっているようです。まさに「動物園的」に。わたしたちもハペペ博士の所蔵標本をヒントに、しばしビバリウムから他の園内施設に目を向けてみましょう。まず目を惹くのはヒトの骨格標本。
 
ueno_170516 721さきほども述べたようにヒトは霊長類のひとつとして、親指が他の指と向かいあって、ものをしっかりと掴める手を持っています。そこに霊長類全体の「あし」の進化があったのです。わたしたちと同じヒト科に属するニシゴリラ(東園「ゴリラ・トラの住む森」)も器用な手を持ち、それを食事の際なども活用します。写真の個体はナナ。2006/12/5に愛媛県立とべ動物園から来園したメスで今年で推定35歳になります。
 
ueno_170516 195rそして、ハペペ研究所でヒトの骨格標本の隣にあったのはペンギンの骨格標本です。上野動物園でもケープペンギン(西園)を飼育展示しています。鳥類の最大の特徴は「羽毛のある翼をはばたかせて飛ぶ」ことでしょう。翼はかれらの「前あし」です。ペンギンの場合、その翼をさらに飛ぶことから泳ぐことにシフトしています。また、木にとまる鳥などでは足の親指が他の3本の指(小指は退化)と向かいあって、ものを掴めますが、ペンギンではそれも水かきのあるがっしりとしたものに変化しています。しかし、小さな親指は残っているので、それも観察してみてください。
 
ueno_170516 247r再び、ビバリウムです。展示のメインとなる広々とした温室では展示種の多くが属する熱帯・亜熱帯産の植栽なども見ることが出来ます。この果実はレンブ(ビバリウム)です。マレー半島に隣り合うアンダマン諸島の原産ですが、台湾などでも好んで食べられています。
 
ueno_170516 209こちらは昨年(2015/5/12)に産み落とされた22個の卵から孵ったニシアフリカコガタワニ(ビバリウム)の子どもたちです。上野動物園としては5年ぶりの繁殖で、現在、4頭が順調に育っているとのことです。
 
ueno_170509 238こちらはワニならぬ水に浸かるヘビ。日本産の小型種でヒバカリ(ビバリウム「日本の両生類・爬虫類」)です。「可愛らしい」とも言えそうな容姿ですが、たとえばふと「このヘビはどうして水の中にいるのかな」といった疑問が浮かぶこともあるでしょう。
 
ueno_170516 837そんな時、種名プレートが答えを教えてくれたりします。右下の「食性」の欄に注目です。
 
ueno_170516 325ビバリウムでは種名プレートのデザインとそこに盛り込む情報を統一しています。限られたスペースでの目玉として考えられたのが、この「食物アイコン」です。「野生で何を食べているのか」は多くの来園者の関心を惹くであろう事柄であるとともに、その動物種が適応している環境や生活のあり方を理解する手がかりとなります。しかし、ことばで説明すれば、それは長々しいものとなりかねません。そこで食性をシンプルなカテゴリーに分け、ひと目でわかるようにしたのです。さらに深く学ぶためのヒント、それがこの形式に込められた工夫なのです。
そういう目で先ほどのヒバカリのプレートを見れば、かれらが魚食者であり、しばしば水に潜むことの意味も納得できることでしょう。
既に見てきたように、ハペペ研究所でもノートやメモ的なことばがあちこちにちりばめられています。これは園所属のデザイナーと飼育スタッフが長時間のディスカッションを重ねた結果のひとつです。こと細かな解説は時に敬遠されることもありますが、このような形式なら「ここにこんなことが書いてある」と宝探しのように楽しんでもらえるのではないかというアイディアです。
 
ueno_170516 432今回の上野動物園見学もそろそろ終盤です。こちらはクロサンショウウオ(ビバリウム「日本の両生類・爬虫類」)。尾をもたないカエル類に対して、サンショウウオやイモリは「有尾類」と呼ばれます。関東地方には6種類の有尾類が生息しますが、ビバリウムにはヒダサンショウウオを除く5種が展示されています。サンショウウオというとオオサンショウウオを思い浮かべるでしょうが、オオサンショウウオは西南日本(岐阜県以西の本州、四国・九州各地)の動物です。これに対して、小型サンショウウオは北海道から九州までさまざまな種が分化・分布しており、それぞれの種が地域と深く結びついています。その意味で、クロサンショウウオたちは「関東地方を知る手がかり」なのです。そして、小型サンショウウオ類の多様さこそが南北に長い日本列島の豊かな自然のシンボルのひとつなのです。
 
上野121002 292上野動物園は1882年に日本最初の近代動物園として現在の地に開園しました。その年のうちにはこれもまた日本最初の水族館というべき「うをのぞき」が園内に設けられています。この「うをのぞき」の人気動物こそがオオサンショウウオだったとのことです。
そしていまもビバリウムにはオオサンショウウオ(ビバリウム)がいます。さきほど、小型サンショウウオのなかまは日本を広くカバーする「シンボル動物」であると記しましたが、上野動物園にとってのオオサンショウウオは時代・世代を超えてつながれていくシンボルであるとも言えるでしょう。
 
ueno_170516 152そして、ここには祖父に親しみ、自然に学びを深める孫娘の姿があります。研究所の一角に目を向けると、どうやらハペペ博士のお孫さんの夢はかなったようです。
今回御紹介しきれなかったハペペ研究所のラインナップもいます。みなさんも思い立ったら、ぴょんとひと跳び動物園へ行きましょう。
 
上野動物園
 
写真提供:森由民

記事一覧

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。