日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第50回進化する動物園
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:アジアゾウ・エゾヒグマ・ニホンザル・ホッキョクグマ・ゴマフアザラシ・ゼニガタアザラシ
●訪ねた動物園:札幌市円山動物園
※以下、円山動物園の飼育者を同園の用語に従って「動物専門員」と記します。これは時代の趨勢を受け、より高度で広い仕事を担う飼育者像として同園が打ち出している職種です。2017年の春からは、この職種での新規採用も進めています。詳しくはこちらのリンクを御覧ください(PDFが開きます)。
>飼育の危険性や繁殖の困難さを克服するために、動物園のゾウの飼育管理法は、ここ20年で大きな変革期に入っている。その牽引役の一人がアラン[・ルークロフト]だ。彼は世界中の多くの動物園に招かれ、自身の提唱する準間接飼育を指導している。[……]アランは、日本にも年に数回訪れ、東京の上野動物園や多摩動物公園、北海道の札幌市円山動物園などで指導に当たっている。<(川口幸男/アラン・ルークロフト[2019]『動物園は進化する』筑摩書房,p.11)
上野動物園で長らくアジアゾウの飼育に携わってきた川口さんが、自分自身の経歴を含め、いままでのゾウの飼育管理を欠点まで忌憚なく振り返り、盟友のアランさんとともにこれからを展望した本の冒頭の一節です。
動物園でのゾウの飼育管理は東南アジアや南アジアのゾウ使いの伝統に学ぶことで始まりました。それは飼育者がゾウと同じ場に入って、親密に接しながら行う直接飼育です。
しかし、日本にはゾウ使いの伝統はなく、四六時中ゾウと寝食を共にするといった生活も現代の飼育員には困難です。さらに、罰や圧力を前景化してゾウをコントロールしようとする飼育法は動物福祉の観点からも好ましくなく、ちょっとした手違いで人命にも関わるものです。そこで常にゾウと一定の距離を取りつつ、ゾウと人の間で一定の約束事(※1)をつくって管理を行うのが準間接飼育です。
先程の川口さんの文章にもあるように、札幌市円山動物園は世界的な第一人者アラン・ルークラフトさんに直接の指導を仰ぎ、必要な施設も整備してゾウに対応しています。
この写真は足のケアをしているところです。現在のゾウ飼育は班単位で行われます。
※1.特に、動物が一定の指示に従うことで飼育者が餌などの報酬を与えて一連の行動を創り上げるといったトレーニング法が重要となります。このようなトレーニングについては、いままでのこのシリーズ・エッセイのあちこちで御紹介してきました。
屋内外や運動場とバックヤードの間でのゾウの移動にはもっぱら遠隔操作での扉などの開閉装置が用いられます。操作の際には必ず無線で何をするかを伝え合い、班全体の連携と安全管理が図られています。
準間接飼育は、全体としてつながりあったゾウの飼育管理の改革の一部です。これから御紹介できるのは、ごく一部ですので、是非とも現地にお出かけください。一般向けの解説プレートも充実しています。円山動物園では水・砂・光・食といったキーワードで表せる、いくつもの工夫を組み合わせています。特に屋外展示施設の規模や多様性は、日本の動物園のゾウ施設に馴染んできたわたしたちに大きな意識転換を促します。天井から吊るされた給餌器ひとつでも、ゾウが鼻を使い、大きな体をのびのびと使う機会の提供となっています。
さらに遠い昔には、北海道にもゾウが棲んでいたことが化石の展示とともに示されます。このレプリカの元となった約12万年前のナウマンゾウの化石が出土した地元の小学校とも、ゾウを御縁とした交流が生まれています。ゾウなどの糞をもとに園がつくった堆肥を使って子どもたちがカボチャを育て、それをゾウにプレゼントするというプロジェクトです。
いくつかの展示スポットを経ながら歩いていく大きなゾウ舎の中にはこんなオブジェも設えられています。ゾウの体を間近で知るためのものです。
先程のゾウの上半身のオブジェがあるフロアから一階下に降りると、こんな天井が。あとにも述べるようにゾウは水浴びが好きな動物ですが、これは一種の空中遊泳と呼ぶべきでしょうか。
壁面にはアイコンにタッチするとゾウの秘密がわかる仕掛けもあります。
こちらは屋内展示の一角です。先ほどのバックヤードにもあったトレーニング用のケージが設けられています。これをPCウォールと言います。ゾウと人が同じ場に立たずに、しかし、ゾウにとって必要なケア等は十全に行われなければならない。そういう課題に応えるもので、このウォールの設置と活用も円山動物園がアラン・ルークラフトさんの指導を仰いでいるものです。現在もゾウ班は、折々に訪れるアランさんから教えを受け、アドバイスを得ています。
PCウォールがあるトレーニング・ゾーンにはゾウならではの鼻を活かした採食が観察できる設備もあります。ゾウにとっては索餌行動ということにもなり、飼育下の環境を豊かにしてくれるものと捉えられます。
ゾウは野生でも水浴びを好み、またしばしば水中に入って泳ぎます。「水のステージ」はそのような環境を飼育下で提供するものです。
覗き窓からはタイミングによっては、こんなスペシャルな観察経験も期待できます。ゾウもまた窓越しの人間に興味を持っているようです。
円山動物園では、ここまで見てきた屋内施設と後で御紹介する屋外展示の間で、ゾウたちが自由に出入りできるようになっています。しかし、夕方になると一旦ゾウたちを完全に外に出し、糞などの清掃とともにゾウたちのためのあれこれの餌を仕掛けたり隠したりします。リンゴを埋めるのもそのひとつです。この施設はそのまま地面につながっていますが、その上に1メートルほどの砂が盛られています。リンゴはその砂を半分ほどまで掘って埋められます。
戻ってくるとにおいなどを頼りにした索餌が始まります。敏感な嗅覚と巨体に由来するパワーが、いかんなく発揮されます(※2)。
※2.写真は閉園後の様子を撮影したものです(2019/9/12撮影)。
ゾウはメスが群れをつくります。現在、円山動物園では3頭のミャンマー由来のゾウたちが一緒に暮らしています。今年28歳でリーダーというべきシュティン、その娘で6歳のニャイン。そして、16歳のパールです(盛んに地面を蹴って掘ったり、丸太を持ち上げていた個体です)。
たとえ飼育員でも人とゾウは距離を取る。そして、飼育下であってもゾウにはゾウの社会生活を保障する。日本の動物園の歴史の中では最近ようやく定着しつつある考え方ですが、円山動物園でもこの3頭のミニマムな群れから新たな時代が始まろうとしています。
こちらは屋外展示です。随分と傾斜があるように見えますが、ゾウたちの生まれ故郷のミャンマーではもっと急な山地にゾウ使いとともに使役ゾウたちが登り、伐採の仕事が行われてきました。ゾウにはそれだけの能力があり、動物園の日常でもこのような起伏での行動がかれらの足腰の力を育て、健やかな体力を保ってくれることが期待されています。
パールがリンゴを掘り当てました。これも動物専門員の清掃と整備の賜物です。ゾウを適切にコントロールして、かれらに触れずに安全確実に出し入れできることが、結果としてゾウたちが気ままに暮らす日常を豊かに保障するのにつながります。科学的なトレーニングの大切さがよくわかります。
円山動物園は今秋、現在保有する動物の中から将来的に飼育を断念する35種を公表しました(※2)。人気動物や珍しい生きものを少しでもたくさん。動物園が集客観光第一の施設なら、そんな考え方も成り立つでしょう。しかし今年3月、開園100年目となる2050年を睨んで新たな基本方針「ビジョン2050」を策定した円山動物園が目指すのは「命をつなぎ未来を想い心を育む動物園」です。この目標を具体的で実のあるものにするためには、過去や現在の自らのありように対して厳しい自己点検・自己批判を行い、内外を納得させられる将来像を示さなければなりません。ほかならない基本方針策定の月に公開された広大なゾウの飼育展示施設と、いまいる個体たちに配慮しながらも断行される飼育種の構成の再整理はひとつながりのものなのです(※3)。
※2.詳しくはこちらを御覧ください。
※3.動物園の飼育動物の収集維持計画をコレクション・プランと言います。それはたとえば遊園地がどんな遊具を置こうかと考えるのとはちがいます。当の飼育個体としての生きものに配慮し、また、動物園が稀少な野生動物の飼育を容認される根拠とも言うべき種の保存や保全教育に見合ったコレクションを創らなければなりません。個体の福祉が危うかったり、展示の姿勢がその動物種に相応しいものでなかったりすれば、どんなに珍種を集めても来園者の人気を博しても批判されなければならないのです。
「ゾウのお尻っておもしろいよね」
そんな来園者の声を聞きました。後ろ向きでつまらないとか、早くこっちを向けとかではなく。広々としてゆったりとしたゾウたちのための空間は、それを見る人の時間や空間の感覚まで寛がせるのかもしれません。
こちらは11歳のオスのシーシュです。ゾウの年齢としてもようやく成熟しはじめるといったところですが、オスの証の牙は随分立派になりました。サブの運動場で逢うことが出来ます。おとなのゾウは原則として単独で暮らし、折々にメスたちの群れを訪れて繁殖に関わります。シーシュについてはこれからの成長を見守りながら、隣り合うメスたちとの関係を調整していくことになります。
ここでも一旦、クマを収容して動物専門員が餌を仕掛けます。クマもまた嗅覚とパワーに恵まれ、動物専門員が隠した餌を次々と見つけていきます。
時にはこんな目の前まで(※4)。
※4.来園者の御了解を得て掲載しています。
一方でこんな出逢いもあります。
先程のヒグマ展示場の写真を見ると、地元産動物に相応しく、北海道の森の水辺の景観を創り込もうとしているのがわかります。しかし一方で、奥の方にはコンクリートの建物が見えています。
2010年に出来たこの施設は、最新のゾウ舎に対しては一世代前ということになるかもしれませんが、建設当時の条件としてあらかじめ展示場に割り当てられるスペースの上限は決まっていました。その中で、もしも来園者にとっての景観を優先し、しかもキノボリも得意なクマを安全に飼育しようとするなら、クマのためのスペースが削られるのは明白でした。そこで当時の計画者たちは、あえてコンクリートの建物の露出や、ケージなどを利用した囲い込みも辞さずにクマの生活空間を確保したのです(※5)。
クマの息遣いまで伝わりそうなこの観察ポイントは、そのような想いに根差しつつ、頑丈なケージならではの展示を創り出しているように思います。
※詳しくはこちらを御覧ください(PDFファイルが開きます)。
片山めぐみほか(2011)「ヒグマ飼育展示施設における環境エンリッチメントのデザイン」日本建築学会技術報告集 第 17 巻 第 35 号。
現在の円山動物園の前夜というべき時期につくられ、またいまもゆるやかに成長している施設をもうひとつだけ御紹介します。
サル山では現在、緑化の試みが進行中です。細かな工程の説明は割愛しますが、基礎整備をした上に海砂を敷き、さらに土を盛って芝を張りました。ちょうど園内で熱帯動物館の新設があり、旧施設に空きがあったので1ヶ月間、ニホンザルをそちらに移し、芝の養生にあてました。ニホンザルのような賢くて手先の器用な霊長類の活動は展示場の植栽にとっては大きなダメージとなりますが、芝生に小麦を撒いて拾わせるなどの工夫も加え、いまのところ緑を維持しています。これから冬に向かって積雪の前には、芝生を適宜耕して土に空気を入れ、またはびこりすぎた根を切ってやるなどのケアも行います。
いまもお話ししたように、ニホンザルは手先が器用で野生でも季節ごとに花や芽、木の葉・果実などを摘み取っては食べています。食べものを拾うという行動は、かれらの特性を活かし退屈を減らすには格好の題材となります。2006年にサル山の展望レストハウスが新設された折、まず初めにレストハウスの大きなウィンドウの前にウッドチップが敷かれ、そこにサルたちの餌を撒くという試みが始められました。ニホンザルらしさを引き出し、それを来園者に観察してもらうという、飼育的配慮と展示効果の兼ね合いを考えた実践です。このようなスタンスは、現在の緑化実践にまでつながり、発展してきているのだと言ってよいでしょう。
あらためて、もうひとつの円山動物園の最新施設です。円山動物園では1963年からホッキョクグマを飼育しており、現在のペアのララとデナリ(既に高齢のため、今後の繁殖予定はありませんが)の間には通算8頭の子どもが生まれており、これは他を圧しての国内単独トップの記録ですが、現在のホッキョクグマ館は2018年3月に新規開設されました。カナダ・マニトバ州のホッキョクグマ保護法の規定に準じた大規模な施設は、国際的にも通用する水準にあるということになります。陸上部だけでも御覧の通り。そこでまたまた餌を仕込んで歩く動物専門員の姿。
登場したのはララとデナリの末娘で2014年生まれのリラです。いまは彼女が新施設の住み手です。
プールもこの通り、今年の12月で5歳になるリラはようやく体格も一人前になり、美しい毛並みを印象づけながら泳ぎます。ホッキョクグマ館では水中トンネルからの観察も可能です。
早速にお帰り?と思うや、すぐに出てきました。リラは常時、バックヤードとの出入りが可能になっています。それでも屋外は魅力的であるようです。
ホッキョクグマ館は「陸の表情」と名づけられた2階と「水の表情」と名づけられた1階から成りますが(屋上については後程御紹介します)、プールの内部に面する1階はいきおい暗い海中の様相を呈します。壁に描かれた解説の色調などもそれに見合ったかたちになっています。ゾウにしろホッキョクグマにしろ、動物たちのための施設のレベルを認識することは一番大切ではありますが、展示は意図を持った発信である以上、その部分での工夫には解説等のデザインも含まれます。それがどのくらい練り込まれ、また施設単位・園単位での統一性を保っているかは重要です。この点でも日本の動物園が十分な見識と体制を持っているとは言い難く、円山動物園が他の先例として発展を促してくれるならと祈念します。
そんな1階部分。そこではホッキョクグマのプールと隣接するかたちでアザラシの水槽が組み込まれています。全体としてホッキョクグマやアザラシたちの暮らす北の海の景観の再現を目指しているので、ここでも擬岩などが配されていますが、そこに効果的に穿たれた穴を抜けてくるアザラシたちの姿も印象的です(※6)。
※6.旭山動物園あざらし館のマリンウェイはアザラシの垂直の動きをエレガントに切り出すことで同園の行動展示とは何かを鮮やかに教えてくれますが、円山動物園はそれとはまったくちがう全体構想や理念の下で、アザラシという動物を提示することに成功していると言えるでしょう。こちらの記事も御参照ください。
「あさひやま行動展示見学記」
水中トンネルの上、空飛ぶアザラシが青い動物園の空を横切っていくのです。
既に御紹介したように、この水中トンネルではホッキョクグマの姿も見られます。もっとも、圧倒的な遊泳能力を持つアザラシに対して、野生でもホッキョクグマは氷の上での待ち伏せを作戦とし、水中で追いかけようとはしません。ここでもリラはもっぱらトンネルの上にちょこんと乗っかって休むのがお気に入りのようです。雪の冷たさやスリップからかれらを守る、毛の生えた足の裏もよくわかります。アザラシたちの自在さと、ホッキョクグマのゆったり感。ここはそんな出逢いの場です。
ホッキョクグマ館の2階スペースから、さらに屋上へと出ると、アザラシたちのプールを上から見下ろすことが出来ます。
そこでの解説。まさにその通りでしょう。動物たちの進化は環境適応という名の意図せざる選択です。それぞれの種が本来の生息環境との間に見せるマッチングの見事さを知り、かれらへの敬意を新たにし、わたしたちを含めて、すべての生きものが環境や他の動物とのつながりあいの中でしか生きられないと知ることこそが、動物園での学びが持つ最大の可能性でしょう。
アザラシにはアザラシの都合があり、ヒトでないからこそアザラシなのです。わたしたちが無意識に陥っている特権的なまなざしの中に動物たちを封じ込めている限り、たとえ愛情を注いでもそれは人間並みに扱うという以上ではないでしょう。自分に似ているから愛しいという感覚の中には他者はいないし、本当の思いやりの芽生えもないのではないでしょうか。
それでも動物園で暮らしてもらってる以上、動物たちの健康を守るのは動物園の責任です。アザラシに対しても身体チェックや採血などにつながる健康管理のためのトレーニングが施されていました。
そんなアザラシのプールから、ふと振り返ってみます。向こうに見えるのはエゾヒグマ館です。
本来の観覧ウィンドウからは一番奥になるコンクリートの外壁にも動物専門員は餌を置いています。それを探す姿に行き合わせれば、ホッキョクグマ館はひとときエゾヒグマ観察の特等席ともなるのです。
同じエリアからのまた別の方角。そこに見えるのは旧ホッキョクグマ舎です。そこではララとデナリが暮らしています(写真はメスのララ)。ホッキョクグマは単独生活者なので、ララとデナリもそれぞれのプールとケージ部分がある運動場と寝部屋を割り当てられています。時には昼でも部屋に引っ込んでマイペースに寝ていたりもしますが、かれら次第でこんな姿も見られます。
円山動物園が経てきた70年、古い施設、これまでを支えてきてくれた動物たち。そして、いま次の30年に向けて、進むべき道に焦点は絞られました。円山動物園は進化していきます。それが理念や科学に則ったものである以上、影響は日本中の動物園や水族館にも投げかけられていきます。それに応える志があれば、それぞれのかたちでの進化は広がっていきます。いまここが進化の場です。大きな飛躍への期待を込めて、動物園に行きましょう。
◎札幌市円山動物園
写真提供:森由民
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