トップZOOたん~全国の動物園・水族館紹介~第56回足元の動物園からはじめよう

日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第56回足元の動物園からはじめよう

※本稿は2020/7/2の取材を基に、先立つ6/9に個人的に撮影した写真を交えて構成されています。
 
ZOOたん、こと動物園ライターの森由民です。
わたしは東京の武蔵野市に住んでいます。そこで今回は、駅二つのところにある井の頭自然文化園をお訪ねしました。普段から時には散歩したりもする動物園です。
いたずらに深刻になることではありませんが、COVID-19の経験の中にあって、遠くに出かけたり、とにかく人気スポットに行ってみんなで楽しく、というのを唯一のあり方にするのではなく、それぞれが日常を過ごしながら緩やかにつながり合い、結果としてみんなが穏やかに生きていける、そんな社会を思い描いていかなければならないと思います。その時、動物園はどんな位置を占めるべきなのか。そんなことを考えながら、わたしの街の動物園を歩いてみました。
 
今回御紹介する動物:ホンドキツネ・ユーラシアカワウソ・ホンドテン・ニホンモモンガ・モルモット(テンジクネズミ)・パンパステンジクネズミ・アフリカタテガミヤマアラシ・マーラ・カピバラ・オリイオオコウモリ・シロハラハイイロエボシドリ・パラワンコクジャク・ヤマセミ・カイツブリ・ゲンゴロウ・タガメ・コサギ・チュウサギ・ゴイサギ・アオサギ・ミゾゴイ・オカヨシガモ(ひな)・ツシマヤマネコ
 
訪れた動物園:井の頭自然文化園
 

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昼日中。目を覚まし、うろうろと歩くのがわたしたちの性(さが)なら、すやすやと休むのがキツネの性です。そっと見守ることで、わたしたちも寛げます。
 

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何もいないように見える展示場。しかし、箱の中にはユーラシアカワウソ。
 

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こちらもカワウソ同様にイタチ科、ホンドテン。ガラスを隔てることで、ひとときの見つめ合いが成り立ちます。
 

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こちらは別の個体ですが、しっかりと目覚めればこの姿。テンは木登りが得意です。しなやかな、しかし、わたしたちとはちがった足の様子や使い方を観察してみましょう。
 

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園内の資料館の中では、空飛ぶネズミ(齧歯類)というべきニホンモモンガ。もう少し細かく言えば、リスの仲間です(※1)。
 
※1.井の頭自然文化園では、元々はこの地域にも生息していたニホンリスを放し飼いした中に、わたしたちがひととき歩み入らせてもらえる施設「リスの小径」もあります。こちらについては、下掲リンクを御覧ください。
「砂漠のキツネ・鳰(にお)の浮き巣」
 

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ニホンモモンガはわたしたちの国に住む在来種ですが、こちらも動物園動物としてはなじみ深い齧歯類、モルモット(テンジクネズミ)です。
現在、COVID-19の影響で、ふれあい活動はお休み中ですが、外からでもモルモットたちの姿は垣間見えるようになっています。
 

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あるいは、こちら。「テンジクネズミの赤ちゃんのおうち」とありますが、より広くは繁殖のためのスペースです。実際に赤ちゃんが展示されていることもありますが、この時(2020/7/2)には、これから繁殖を目指すモルモット同士のお見合いがセッティングされていました。まずは仕切りを隔てつつ、お互いを意識させています。
ふれあいに出るモルモットはメスですが、このようにして一度、出産を経験させてから、ふれあいに出します。かれらの寿命は短い場合では4~5年くらいで、その分、生まれてからの成長・成熟も目覚ましいものがあります。そんなかれらを一度も出産しないままでふれあいに出し、⽣後1年を超えて出産させると難産になりやすいことが知られています。
人間の側に動物との関係を体感し学ぶきっかけを提供するのが、ふれあい活動の主眼ですが、生きものとしてのかれらの健康に配慮してこそ、わたしたちにとっても健全な活動が成り立ちます。その意味で、このようなモルモットの繁殖事情を知ることも、かれらへの思いやりというふれあい活動の学びの要につながるでしょう。
 

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こちらは、ふれあいコーナーの向かい側です。モルモットは南アメリカ大陸の家畜ですが、その野生の原種は、このパンパステンジクネズミなどであると考えられています(※2)。かれらは草原(パンパス)で巣穴を掘り、集団で暮らしています。こういう姿を見てから、もう一度、箱の中で寄り添うモルモットたちを観察すると、かれらの中にいまも草原暮らしの野生の血が息づいていると感じることが出来ます。
一方で、草原や地面の色に溶け込んで身を守ると考えられるパンパステンジクネズミの地味さに対して、モルモットの色とりどりのありさまは、人間がペット向けに品種改良してきた歴史を実感させてくれるでしょう。
 
※2.いくつかの野生のテンジクネズミ類の掛けあわせかとも思われます。
 

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寄り添って昼寝のアフリカタテガミヤマアラシ。
齧歯類はいくつかのグループに分かれますが、ネズミ類・リス類・ヤマアラシ類は代表的なグループです。南アメリカ大陸の齧歯類は、ヤマアラシ類に属します。アジア・アフリカで進化したヤマアラシ類は、遠い昔から大陸が移動して離れたりくっついたりしてきた歴史の一時期に、いまの南アメリカ大陸に渡り、さらに現在の北アメリカ大陸に至って、カナダヤマアラシなどの祖先となりました。この大移動の中で南アメリカ大陸に定着したのが、テンジクネズミ類などの祖先なのです。
 

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こちらも南アメリカ大陸に住む齧歯類マーラです。ちょうど授乳していますね(2020/6/9撮影)。マーラは森や草原に住みますが、ウサギやシカに似た独特の姿に進化しています。
 

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そして、南アメリカ大陸のみならず、現在の世界で一番大型の齧歯類であるカピバラ。かれらはしばしば水中に入るため、足に水かきがあって、達者な泳ぎをしてみせます。
そんなかれらの齧歯類としてのあかし。上下二本ずつの鑿(のみ)のようでもある切歯(前歯)は一生伸び続け、草や木の葉だけでなく堅い木の枝なども齧ることが出来るのです。
 

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カピバラの展示場の前には、さまざまな齧歯類の互いに似通いながらも確実に異なった切歯が展示されています。
共通性と多様性。井の頭自然文化園は都立の4園(上野動物園・多摩動物公園・葛西臨海水族園)のひとつとして、大型動物・猛獣といったものではなく、日本の動物や物語などで子供にもなじみのある動物たちを中心としたコレクションで成っています。そんな中、さまざまな齧歯類を対照することで、仲間ながらもさまざまな地域や環境に適応して進化(分化)した動物たちの姿を伝えてもいるのです。
 

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モモンガやムササビは前後の足の間に出来た皮膜を使い(※3)、滑空するリス類ですが、コウモリは羽ばたいて飛ぶ、唯一の哺乳類です。オリイオオコウモリは琉球列島から台湾へと南に広がる島々に分布するクビワオオコウモリの一種です(※4)。
手前にいるのは、灰色基調のしゃれた羽にくるりとした目が印象的なシロハラハイイロエボシドリです。
 
※3.ムササビは後ろ足と尾の間にも皮膜があります。
 
※4.こちらの記事も御覧ください。
「動物たちのくにざかい」
 

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今度はメタリックなパラワンコクジャクをバックに。
 

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そして、先程の写真の二頭のオオコウモリの手前の個体の胸には、一週間ほど前に生まれた子どもがいます(2020/7/2撮影)。コウモリも哺乳類なので、生まれた子は母親に抱かれ、乳を吸って育ちます。しかし、この時点で既に親を離れて動くこともあると聞きました。今頃はどのくらい育っていることでしょうか。
人の社会の成り行きとして、動物園は休園やさまざまな制限を経験していますが、そういう中でも動物たちには動物たちの時間が流れています。それは、わたしたちと重なりつつも、やはり少しずれた、それぞれの生の営みなのです。
 

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しばし本園を離れ、井の頭池のほとりに設けられた水生物園を訪れてみます。井の頭池はその名も「井(戸)の頭」であるように江戸時代には江戸を代表する湧水として知られていました。しかし、都市の発展とともに1963年頃には湧水が途絶え、その後の高度経済成長期には汚濁が進むとともに、やがては外来種の侵入なども起こってきました。近年、計画的なかいぼりをはじめとするさまざまな努力で水質の改善が図られていますが、水生物園内で井の頭池の生態系を展示することをメインテーマにしている水生物館では、過去の井の頭池の姿も再現されています。
 

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そんな水辺の岩の上には一羽の鳥。
 

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素早くくちばしを差し込んで魚を捕らえると、そのまま丸呑みします。ヤマセミです。ヤマセミは元々、井の頭池の周りには住んでおらず、この個体も西多摩のあきる野市で幼鳥の時に保護されたものですが、まれにこのような見事な川漁師ぶりを見せてくれます。
 

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もっとも普段は覗き込まなければわからない天井近くの梁などにいることが多いです。先程の写真でも来園者の男の子がカメラを向けていましたね。
 

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こちらは同じ展示内に住む、本来の井の頭池の住人カイツブリです。
 

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かれらは後ろ足の指の一本々々がオール状になっており、またからだのかなり後ろに足がついています。これらの体の特徴を活かして素早く潜水し魚を捕らえることが出来ます。
 

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そして、ゲンゴロウです。かれらも泳ぎは得意ですが、主に弱ったり死んだ魚などを食べています。結果として、池の生態系の中では掃除屋としての役割も担うこととなります。
 

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そして、タガメ。かれらは鎌状のがっちりとした前足で獲物を捕らえ、ストローのような口吻を刺して消化液を注入し、獲物を消化しながら吸い取っていきます。
 

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そんな食事中も水面に突き出したお尻の先で呼吸を続けています。
 

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水生物園はその名通りに水生物館を擁するとともに、多くの水鳥を飼育展示しています。こちらはコサギ。やはり、与えられた餌の魚を食べているところです。
 

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そして、チュウサギ。コサギとは体の大きさや足先の色などがちがいます。
 

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サギと言っても白いとは限りません。ツートーンの体とすっと伸びた頭の羽が優雅なゴイサギ。そして、アオサギは翼を広げると両翼の差し渡しは150cmを超え、日本最大のサギです。
 

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園内にも一部が入り込んでいる井の頭池。野生のアオサギが訪れているのがわかりますか。
 

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サギは待ち伏せ型の狩りをします。水中に魚でもいるのでしょうか。
 

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こちらはミゾゴイです。地味な印象もありますが、よく観察すると細やかな色調です。春に日本にわたってきて繁殖し、秋には南下して東南アジアで冬越しします。繁殖地はほぼ日本のみであるのが知られていますが、繁殖地である日本でも南の越冬地でも、好んで暮らす暗い谷間のある森などが人間活動の進展で失われ、正確な調査が行き届かぬうちに気付いたら絶滅していたということになる危険も指摘されています。かれらは体をぴんと伸ばして樹木の一部に擬態することでも知られています(※5)。
 
※5.ミゾゴイについては、こちらの記事も御覧ください。
「きになる動物たち」
 

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そんな水生物園でも、5/27と6/1にオカヨシガモのひなが孵りました(2020/6/9撮影)。カモのひなの成長はモルモットにも増して早いので、現在の姿はすっかり見違えるものとなっているでしょう。親鳥がどんな姿なのかも含めて、実際に御覧になってみてください。
 

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最後にもう一度、本園に戻ります。
ツシマヤマネコのメス・ももです。井の頭自然文化園ではオス1・メス2の計3個体のツシマヤマネコが飼育されていますが、残りの2頭(メイとフユト)は繁殖を目指すペアとして非公開になっています。
ツシマヤマネコはイリオモテヤマネコとともに、大陸のベンガルヤマネコの日本に住む亜種ですが、本来の生息地・対馬(長崎県)にある環境省の対馬野生生物保護センターのほか、高い繁殖実績のある福岡市動物園を含む全国の動物園9園で飼育されています。これは感染症や天災などで万が一、対馬や九州の個体群が危うくなってもツシマヤマネコが絶えないようにするリスク分散の意味がありますが、同時に各地の動物園で展示や保全の取り組みを発信することで、ツシマヤマネコがほかならぬ日本の希少動物であることを広く知らせて、保全の取り組みへの支持を高めていくことも期待されます。
 

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COVID-19については、ネコ科動物への感染例が報告されているため、現在、このような距離の保持がなされています。
 
井の頭自然文化園を歩きながら、動物と人、種の多様性を含む動物同士のさまざまな距離を見てきました。ツシマヤマネコにしても、対馬ならではのヤマネコでありつつ、日本のヤマネコでもあります。そして、井の頭自然文化園はわたしの街の動物園、しかし、既に記した通り、それは都立動物園同士の関わり合いの中でも性格づけられています。そんなさまざまな近さ・遠さをそれぞれに見つめることの出来るまなざしで、これからの時代を生きていけたらと祈っています。
動物園に行きましょう。
 
井の頭自然文化園
 
写真提供:森由民

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日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。