日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第42回猫のまんま
こんにちは、ZOOたんこと動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物:マヌルネコ、シベリアオオヤマネコ、ボブキャット、ビントロング、アカハナグマ、プレーリードッグ、アフリカタテガミヤマアラシ、カバ、ホッキョクグマ、ラマ、カピバラ、アジアゾウ
●訪ねた動物園:神戸市立王子動物園
マヌルネコは中央アジアから中国西部に分布し、野生でも乾いた草原(ステップ)や岩地で暮らします。顔の高い位置についた眼は岩陰などに潜んで獲物を狙うのに適していると考えられます。
この個体はオスのイーリス。2017/4/20生まれで昨年(2018年)3月に当園にやってきました(※1)。
※1.イーリスが生まれたのは、埼玉県こども動物自然公園です。同園でのイーリスや同腹のきょうだいたちの様子については、下掲リンクの記事を御覧ください。
「ウサギ喜び庭で穴掘り、イヌはこたつで丸くなり、ネコは……?」
マヌルネコに限らず、並びの施設ではこの1~2年で若い個体の導入が続いていますが、いままでの個体の歴史や積み重ねを踏まえつつ、世代交替はおおむね順調ということです。この記事でも、その一端を御紹介していきます。
猫長屋は裏側からも観覧できます。バックヤードで休むのは、メスのペッキー(2007/8/20・上野動物園生まれ)。ライオンを除くネコ科動物は原則として単独生活者です。当園でも繁殖のタイミングを見るときなど以外は別々に暮らしています。おそらく寛いでいるのですが、眼光の鋭さが印象的です。
代わってはシベリアオオヤマネコ。メスのベルが飛びつく先には。
オスのアルです。こちらは同居の最中。二頭は今年(2019年)で共に5歳。北欧のラトビア共和国・リガ動物園からやってきました。現在、同種個体は日本では数少なく、2~3歳の性成熟期を過ぎたかれらにも繁殖が期待されています。来園当初はベルの方が新しい環境になかなか馴れない様子でしたが、いまとなっては時にはこの日(2018/12/20)のような姿も見られます。
大型のケージは立体的に活動する動物が暮らすにはふさわしい環境です。
こちらはメスのボブキャットのソラ。ガラスが吐息で曇っています。ボブキャットはカナダ南部からメキシコ南部の山沿いの林や草原で暮らします。現在、日本で飼育展示されているのはソラ一頭のみですが、知る人ぞ知るその美しい姿には多くのファンがいるようです。
王子猫長屋ではポストを設けて一般来園者が撮った飼育個体たちのスナップ写真を募っています。当園のネコたちを愛する人びとのまなざしを反映して、かれらの日常が活写されています。先程の写真にも写り込んでいたマヌルネコの遊具。飼育下でもステップの草の間をくぐる野生の姿を彷彿とさせます。
そして、これらの解説プレート。飼育下でそれぞれの現地の獲物の種類などを再現するのは無理ですが、肉食獣としてのベースに加え、それぞれの種に合わせて少しずつちがうメニューが組まれています。ここにも「野生動物を飼育展示する」という動物園の理念を踏まえた、日々の工夫が現れています。それを知ることで、わたしたちもかれらの「野生のまんま」を思い描き感じ取ることが出来るでしょう。
猫長屋の軒続きにはネコ科以外の動物も暮らしています。ビントロングのオス・幸(コウ※2)。ビントロングは英語では「ベアキャット(bear cat)」と呼ばれますが、ハクビシンと同じジャコウネコ科に属します。
※2.幸は鹿児島市平川動物公園の生まれです。同園時代については、下掲リンクの記事を御覧ください。
「ポップコーンのにおいのする熊猫」
ジャコウネコ科もネコ科同様、食肉目に属しますが、食性はずっと幅広く、当園でのメニューも御覧の通りです。
こちらのアカハナグマもクマならぬアライグマの仲間ですが、さまざまなものを採食します。冬のさなか、のんびりと寄り添う二頭のメス。
見ためには人工的に映るアカハナグマの展示場ですが、実はかれらの運動能力を活かせるように組み立てられています。アカハナグマは地面を掘って小動物を漁りますが、同時に長い尾でバランスを取り、樹上でも活動します。数年前にはこんなダイナミックな姿もしばしばでした(2011/3/20撮影)。
こちらは正真正銘の草食系。オグロプレーリードッグです。巣穴を掘って生活しますが、系統としてはリスの仲間で確かに面影を宿しています。
一方、特徴的な門歯からも分かるように同じ齧歯類ながら、こちらはアフリカタテガミヤマアラシ。齧歯類はネズミ類・リス類・ヤマアラシ類と大きく3つの進化系統に分かれますが、ヤマアラシ類はいまとは大陸の配置がちがった時代に現在のアフリカ大陸に当たる地域から南アメリカを経て北アメリカにまで分布を広げ、カナダヤマアラシといった種も生み出しています(※3)。
※3.アフリカから南アメリカへの移動は一説には4000~3300万年前とされます。齧歯類の進化については以下の文献を参照しました。
長谷川政美(2011): 新図説 動物の起源と進化―書きかえられた系統樹,八坂書房。
さて、動物の食に注目する視点を保ちながら猫長屋を後にして、今度は動物科学資料館を訪れてみましょう。ここには貴重な標本類や実感・体感を伴う解説装置の数々が収められています。そのひとつがこのアニマルレストラン。まずは写真の右下に写るカートやバケツに注目です。
たとえば、これはカバの餌の実例(写真で構成)です。こういった見聞をすることで、同じ園内で暮らす生きたかれらへの親しみが深まるでしょう。写真はメスのナミコと2017/4/17生まれの男児・出目丸です。
さらに盛り付けられたサンプルも。「だれの食事だろう」とクイズ形式。
答えは逆側に回ると分かります。先程のメニューの主はホッキョクグマでした。
ガス管のお古で遊ぶメスのミユキ。奥にある雪山は2012年の冬に設営された人工降雪機のものです。ここでも、神戸という立地で可能な限り動物たちそれぞれの本来の生息環境に配慮し、かれららしい姿を引き出そうという苦心が見て取れます。
動物科学資料館に戻ります。哺乳類では動物種ごとの食性は、頭骨、中でも歯に端的に現れます。獲物を捕らえる鋭い牙(犬歯)と肉を切り裂く奥歯(臼歯)。この頭骨の正体については、是非実際に確かめに行かれてください。
哺乳類の食事の手立てが歯なら、鳥類のそれはくちばしです。ペンギンのくちばしは水中を素早く泳ぎながら瞬時に魚を捉えることが出来るように進化しています。ここではペンチとの比較がそれを実感させてくれます。
口が食物の入り口ならその行く果ては糞になります。展示ケースがユニークですね。
糞の比較はこちらでも。家畜やふれあい系の動物たちを集めた「動物とこどもの国」では、間近での観察のヒントとして足跡や糞の資料が掲げられています。
その糞の例にも挙げられている南アメリカ大陸のラクダ科動物・ラマ。柔らかい唇を活かしながら少しずつ餌を食べ退屈しないように、こんな給餌器も設置されています。
ラマと同じく南アメリカ大陸の齧歯類であるカピバラ。かれらもヤマアラシ類に属し、アフリカから北アメリカに及ぶ進化史の証のひとつです。この三頭は2018/6/25生まれの同腹です。
ちょっとひと休み。こちらも食事をとりました。淡路島特産の玉ねぎを使ったカレーを楽しみながら見下ろせるのはゾウの運動場。
新鮮な青草を頬張るのはメスのズゼ。彼女も前述のシベリアオオヤマネコたちと同様に1996/9、リガ動物園からやってきました。
そして最近の注目の的はこんな風景。立派な牙のオス・マックが鼻を寄せるのは、ズゼとは別のメス・みどりです。みどりは宮崎市フェニックス自然動物園のゾウですが、2018/7/11にはるばる当園にやってきました。マックはズゼとの間で繁殖に成功した実績を持っており、国内のアジアゾウの高齢化・稀少化が進んでいく中で、新たなペアリングの可能性を求めて、みどりの来園が決まったのです(※4)。最長で今年の6月頃までを見込んでの滞在です。動物園はそこで暮らす動物の血統を考えるだけでも一園だけでは成り立ちません。その園での繁殖がうまくいったとしても、すぐに血縁が濃くなって次の組み合わせに行き詰まるからです。そしてまた、動物園で暮らす稀少な動物種は、個体ごとにはいずれかの国・自治体・園といったものに所属するとともに、世界中が力を合わせることなしには野生でも飼育下でも守り通せません。だからこそ、今回のみどりの移動、あるいは国境を越えてのズゼの来園といったことの価値が広く認識される必要があるのです。マックもまた、1995年にスイスのクニー・キンダー動物園からやってきた経歴を持ちます。
それぞれの展示、それぞれの飼育スタッフをはじめとする園から動物たちへの配慮。マイペースに過ごし食事をし特徴ある習性・行動をする動物たちを観察しながら、世界にまで広がるネットワークを感じ取ってみてはいかがでしょうか。
動物園に行きましょう。
※4.動物たちの状態によりますが、みどりがマックと同居しているのは午前中が多く、また午後にはしばしばズゼとみどりの同居が行われています。ゾウはメスたちが群れをつくる習性があり、このような同居がズゼやみどりの心身の健康に与える効果も期待されています。
◎神戸市立王子動物園
写真提供:森由民
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