日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第61回タヌキとヒトと人間と
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:ホンドタヌキ・乳牛・ガチョウ・チャボ・モルモット・カイウサギ・インドクジャク・シカ・ブタ・セキセイインコ・オシドリ・クジャクバト・ウズラ・コウライキジ
●訪れた動物:こどもの国(雪印こどもの国牧場・こども動物園)
唯一の帰属先としての地球の表面にかたちづくられた、生の力学で満ちた場としてのプレイグラウンド。そこで子どもたちは遊んでいる。
プレイグラウンドとは複数のスケールが往来する「子どもの国」であった。
沢山遼(2020); 火星から見られる彫刻,絵画の力学, 書肆侃侃房:315.(※1)
※1.本文に登場する美術家イサム・ノグチを論じたものです。
横浜市青葉区にある「こどもの国」の最寄りは東急こどもの国線・こどもの国駅です。改札を出て歩道橋を渡ると入園ゲートに行けますが、その歩道橋でこんなものを見つけました。
タヌキもわたしたちも同じ場を共有して暮らしいます。しかし、タヌキにはタヌキの空間や時間の使い方があるので、時には人間の社会とのくいちがいで交通事故のような望まざる出来事も起きてしまいます。そして、タヌキと人間の都合の両方を理解し、かれらにふさわしい空間を創り出せるのは人間の方だけです。
こどもの国は1959年の皇太子殿下(現在の上皇陛下)の御結婚を記念して全国から寄せられたお祝い金を基に「お祝いの品を頂くよりも、子どもたちのための施設を」という皇太子御夫妻のことばによって1965年に開設されました。この場所が選ばれた理由には、緑豊かな丘陵地であることも含まれていました。いまも園内で森の散策を楽しむことができます。
そして、ここでもわたしたちと同じ森を、ちがったかたちで利用するタヌキたちの活動をモニターするカメラが取り付けられています。わたしたちと同じ世界を生きる他者としての動物たちに向けられた科学のまなざしです。
森にはところどころに野鳥のための巣箱も見られます。鳥たちもまた、わたしたちとこの世界を共に生きています。中には、こんなカラフルな巣箱もあって、描いた子どもたちのときめきを伝えてくれます。
先ほどの林道の左前方にはこんな遊具もあります(きりんのぼり)。子どもたちはそこによじ登ることでヒトとはちがう「キリンのまなざし」を疑似体験できるのです。
ランドスケープ(景観)になじむアスレチックも点在します。
そして、園内左奥のエリアにはこんな遊具があります。「丸山」は、石の彫刻をはじめとするさまざまな造形を行った美術家イサム・ノグチの作品です。ノグチは日本人の父とアイルランド系アメリカ人の母の間に生まれ、アメリカと日本の双方に拠点を持って活躍しました。この遊具には、タヌキならぬ人間の子どものための二つのトンネルが開いていますが、「こう使いなさい」というのではなく「好きなように遊んでごらん」と、まさに子どもたちに遊びの入り口を開いているように映ります。
ノグチは幅広い創作活動の中で、「子どもの遊び場」を創ることに大きな関心を寄せていました。こどもの国でも開園の翌年(1966年)にノグチと建築家の大谷幸夫の設計で児童遊園が造られました。このエントランスは当時の面影を残していると言います。児童遊園自体がトンネルを抜けて辿り着く世界だったのです。
タヌキをはじめとする動物たちとわたしたちは互いに異なる動物種です。同じこの世界に住みながらも、それぞれにちがう生き方をしています。
そして、ヒトどうしもまた、互いにさまざまなちがいを孕みながら、それでも関わりあい、社会を成し、歴史を刻んでいます。それこそが「人間である」ということでしょう。
今回は、そんな想いを抱きつつ、こどもの国の動物たちを訪ねてみます。
こどもの国の中には、雪印メグミルク株式会社のプロデュースによる牧場とそれに付随するこども動物園があります(会社としては独立の株式会社・雪印こどもの国牧場)。牧場の設立もまた、皇太子御夫妻の強い御希望でした。ここではウシや羊が飼育され、実際に牛乳が生産されています。
地産地消のソフトクリーム。
牛乳製造の工程も展示されています。
さて、いよいよ「こども動物園」です。出迎えてくれるのはガチョウたち。
その少し先には二つの建物。
左はチャボ舎です。
そして、右にはその日に産み落とされた卵と、それに関する解説。
卵を産むということは、かれらが生きものとして世代を重ねる、いのちの仕組みを持っているということです。
ふれあい広場には、この日がデビューのモルモット・タルル(2021/2/11生まれ・オス)がいました。このケースごと膝に載せてさわるかたちになっています。モルモットは家畜ですが、野生の原種にあたるテンジクネズミたちは巣穴を掘る動物なので、こうやって箱の中にいる方が安心なのでしょう。
こちらは今年で4歳になるメスのミルキー。もはやベテランのウサギです。
ふれあいに出ていないモルモットやウサギの姿も観察できます。個体差が大きいのですが、時にはモルモットが近づくと逃げてしまうウサギや、そんなことにはおかまいなしに箱の中の居心地を確かめるようなモルモットといった姿も見られます。
ウサギの方がずっと大きく、強そうにも映りますが、思い込みに頼らずに、まずは生きたかれらの姿と向き合ってみましょう。
「くじゃくどーむ」はクジャクたちが気ままに暮らす世界です。
クジャクは木にとまるのも得意です。
オスが繁殖期に自分を誇って広げて見せる羽。実は尾羽は別にあり、この華やかな羽の部分は「上尾筒」と呼ばれています。
ヤギは急斜面をものともしない身体能力の持ち主です(※2)。家畜化以前の祖先種や近縁の野生ヤギ類も山岳地帯に生息しています。
※2.こちらで御紹介したヤギのアスレチックも御覧ください。
「あさひやま行動展示見学記」
先ほどの写真の奥に見えていたのが、こちらです。寛ぐもの・動きまわるもの、ヤギたちの姿に岩場でのかれらの暮らしを思い描いてみてください。
シカたちもまた、ヤギほどではないにしろ、斜面を自由に移動できる蹄と足腰の持ち主です。小屋の天井から黄色いチェーンがぶら下がっていますが、ここに固形飼料をはめ込んで与えています。野生のシカは木の皮などを口で巧みに剥いで食べるので、こういう給餌の仕方は、かれらが持って生まれた能力を発揮する機会を与えるものです。
こども動物園の中も、こんなオブジェがあります。国立新美術館などを手がけた建築家・黒川紀章の作品で、開いた花と閉じた花をモチーフにした休憩所です。
ちょうど雨が降ってきたので開いた花の下に身を寄せてみました。雨はまったく漏れてきません。しかし、中央部分はこの通りです。ここに木々の緑が息づいている理由がわかりました。
こちらも斜面を利用したブタの展示。手前の水浴び場は3月早々の「プール開き」だったとのことです。
メスのハッピーは積極的な性格です。なかなかハナのある写真が撮れました。
先ほどの斜面の写真の下の方にも写り込んでいましたが、オスのラッキーはハッピーよりもおっとりしているとのことです。二頭のちがいを見比べてみるのもよいでしょう。
ブタはきれい好きで、トイレの場所も自分で決めます。
隣のメス・ラズのトイレはどうでしょうか。実際に確かめてみてください。
さて、こちらは鳥たちのすみかです。
セキセイインコの原産地はオーストラリアの内陸部で、木がまばらに生えた乾いた土地で群れで暮らしています。そんなかれらを想像できる姿です。
この巣箱は、先ほど紹介した、こどもの国の園内各所に付けられた野鳥のための巣箱のおさがりです。子どもたちの絵や時には先住者の鳥がかじって広げた入り口の様子など、いろいろな経緯を読み取ることができます。
オシドリはカモの仲間ですが、木のうろで営巣します。それもあってか、巣箱の上に鎮座するオスですが、既に繁殖期を過ぎ、メスにアピールする派手な羽はメスに似た地味な柄に抜け変わりつつあります。
こちらはクジャクバト。この行動はどんな意味を持つのでしょうね。
少し見つけにくいウズラ。地上性の強いキジの仲間です。
そして、コウライキジのオス。二ホンキジとはいささか異なる装いを楽しませてもらいましょう。
一般来園者が踏み込めない茂みの中には、飼育員の手づくりによる藁束が垣間見えます。ここでコウライキジのメスが抱卵しているとのことでした(2021/6/17撮影)。
動物園の基本は、わたしたちが動物たちの世界におじゃまし、少しだけのぞかせてもらうということでしょう。わたしも望遠レンズでのぞき見させてもらいましたが、大切な時と場所なのでおじゃまにはならないように気をつけたつもりです。
この一帯が、こどもの国になる以前、ここには日本陸軍の田奈弾薬庫補給廠がありました。敗戦後、国有地としてアメリカ軍の利用するところとなっていましたが、それが返還され、既に述べたように皇太子御夫妻と多くの人びとの志によって、いまの姿に生まれ変わりました。いまでも園内では、弾薬庫のなごりや高射砲の台の跡などがあり、「ふれあい学び館」と名づけられたセンター内に地図や解説が掲げられています。
既に紹介した「丸山」の奥には大小の温室があり(現在は閉鎖中)、さらにその裏手にはもうひとつのイサム・ノグチの手に成る遊べる彫刻「オクテトラ」が残されています。
「人生の意味そのものが曖昧で混沌とするとき、いかに秩序が必要か。諸芸術の実践があれば、秩序はハーモニーへと導き、その実践がなければ、そこには獣性しかない。ぼくはとくに彫刻を秩序の芸術-空間を調和させ、人間的にするもの-と考えている。」(※3)
ノグチはそう記していますが、彼の言う秩序やハーモニーはそれによって人間ひとりひとりが自由に想像力を広げられる場と、それらの個々の実践の響き合いのことであるように思われます。人びとを国が定めるひとつの意味にからめとって行われる戦争は、むしろノグチが言うところの獣性にほかならないのではないでしょうか(※4)。
ノグチの遊具があるこどもの国の動物園で、生きた動物たちと出逢い、みんなそれぞれにちがういのちが共にある世界とは、どうあるのがふさわしいものなのかと考えてみたいと思います。元より心から楽しみながら。
動物園で遊びましょう。
※3.イサム・ノグチ(1949=2018);近代彫刻における意味,イサム・ノグチ エッセイ,みすず書房:36.
このことばは8/29(2021年)まで東京都美術館で開催されている展覧会「イサム・ノグチ 発見の道」にも掲げられています。
※4. 第二次世界大戦をまたぐかたちで上野動物園長を務めた古賀忠道の「動物園は平和の象徴(Zoo is the peace)」ということばについて、以前の回で少し触れています。こちらも御覧ください。
「歴史と未来のゲートウェイ」
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