日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
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第66回動物園の日常、過去、未来~有機的な歴史に向けて
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントを御提供できればと思います。
●今回御紹介する動物:カワセミ(野生)、ワライカワセミ、ヤギ、ジェフロイクモザル、シロテテナガザル、エリマキキツネザル、コモンマーモセット、ワオキツネザル、チンパンジー、アジアゾウ、ポニー、マレーグマ、ライオン、ベンガルトラ(過去の飼育例)、ゴマフアザラシ(過去の飼育例)、チリーフラミンゴ、マゼランペンギン、アメリカビーバー、カナダヤマアラシ(過去の飼育例)、アフリカタテガミヤマアラシ、ブラジルバク、ミニブタ
●訪れた動物園:甲府市遊亀公園附属動物園
甲府市遊亀公園附属動物園(以下「遊亀公園」)は1919年に開設された歴史のある動物園であり、園内そのものに現在103年目という古い長い歴史の積み重ねが立ち現われています。
この写真の像は2018年に園内の敷地に埋もれていたのが発見されたもので、ブドウの房を手に持ったサルです。昭和初期には園の門柱のところに立っていた記録が残っています。よく知られているように、ブドウは甲府盆地を代表する農産物です。
カワセミは、そんな甲府市の鳥に指定されています。園内の池でも、時折その姿を見ることができます。
こちらは、飼育されているワライカワセミです。「ひかり」と「こだま」のオスメス2羽がいますが、赤い足輪はメスの「こだま」です。オーストラリア原産のかれらを、同じカワセミ科の日本のカワセミと比べてみると、いろいろな発見があるでしょう。
園内はA・B・Cの3つのゾーンに区分けされていますが(さきほど御紹介した池はA・B間にあり、橋がかかっています)、Bゾーンにある「ふれあいひろば」のヤギの展示には、ご覧のような上り下りできる構造がつくられています(B・Cを結ぶ陸橋から見下ろしています)。ヤギは急な斜面でも自在に活動できる能力を持ち、それを発揮させるためのしかけです(※1)。
そして、ヤギがてっぺんにいてくれれば、これまた甲府盆地ならではの山並みの借景も味わえるのです。
※1.このようなヤギの能力については、こちらもご覧ください。
「あさひやま行動展示見学記」
現在、新型コロナウイルス対策で「ふれあいひろば」は稼働していませんが、やがてはまた、新たな賑わいを見せてくれることでしょう。
Cゾーンのさらに奥のコンパクトな遊園地。ミニSLがあるのですが、その線路際にひっそりと空のケージがあります(あくまでも遊園地の一部なので、観覧時には他の来園者や乗り物にご留意ください)。これはかつてサルが操作する列車が走っていた時のなごりです。運転役のサルが、ここに収容されていたのです。いまでこそ、こんな話は「サルに芸をさせていた」というかたちでしか語られませんが、上野動物園を創始とするこのような試みは、その時代には「動物の学習能力を展示する」という主旨を持っていました。しかし、野生動物であるサルにとって、それは本来的な行動とは言い難く、「生きた野生動物を飼育展示する博物館」としての動物園からは逸脱していたと言えるでしょう。そして、動物福祉の観点からも「サル列車」の時代は去ったのです。
そんな現在の遊亀公園もさまざまな霊長類がコレクションされています。そして、それぞれのケージ内は、そこで暮らす種に合わせて、いわばコーディネートされています。
中央アメリカやブラジルに生息するジェフロイクモザルは「第五の手」とも呼ばれる尾を枝に巻きつけて樹上を移動します。また、かれらは類人猿(ヒトを含む)以外の霊長類では例外的に自由に肩が回るので、その動きはさらに自在になります。そんなかれらに向けて組まれているのが、ご覧の仕組みです。
対して、こちらは小型類人猿のシロテテナガザル。かれらも肩が自由に回る前肢を活かして、枝から枝へブラキエーションを行います(※2)。クモザルとの特徴の重なりやちがいに注目して観察するのもよいでしょう。これは分類収集方式のコレクション(ここでは霊長類)による比較展示ならではの楽しみです。
※2.アジアの大型類人猿であるオランウータンのブラキエーションを含む、樹上での活動については、こちらをご覧ください。
「冬が来る前に」
一方で、原始的な特徴を遺す原猿類で、島であるマダガスカルに隔離された状態で独特の進化をしてきたのが、キツネザルのなかまです。エリマキキツネザルのケージは、これまでに見た霊長類とは、一目でわかるくらいちがったかたちで構成されています。それをかれらがどのように使うのか、動物園ならば、じっくりと実際に確かめられるのです。
ジェフロイクモザルが中南米では比較的大型の霊長類ならば、マーモセットやタマリンと呼ばれるなかまは、ずっと小型の種から成ります(※3)。この写真はコモンマーモセットですが、かれらのケージにも固形飼料などを挟み込んで採食させる仕掛け(フィーダー)が設けられています。これによって、かれらは手先の器用さを生かした採食ができ、ただ餌を与えられるだけの飼育下の単調な生活から、自分で食べものを探し回る、より活動的な野生の生活に近づけるようになります。
コモンマーモセットは、ご覧のように、ずいぶんと長い舌をしています。これも、木の幹をかじってにじみ出してくる樹液をなめるという習性に対応した特徴なのではないかと考えられます。
※3. ジェフロイクモザルはオマキザル科オマキザル亜科、マーモセットやタマリンはオマキザル科マーモセット亜科で、科よりやや下のレベルで分けられています。
さきほどのコモンマーモセットの写真について、もうひとつ注目していただきたいのは爪のかたちです。わたしたちヒトの爪は平爪ですが、コモンマーモセットの爪は足(後肢)の第1趾(親指)以外はすべて、先がとがったかぎ爪です。一方でこちらの写真は、エリマキキツネザルと同じマダガスカル原産のワオキツネザルですが、原始的な特徴を遺す原猿類のかれらの爪は、後肢の第2趾(人差し指)のかぎ爪を除いて、すべて平爪になっています。
わたしたちを含め、平爪は霊長類の基本的特徴です。しかし、これはマーモセット類の方が原猿類より古い進化系統だということではありません。これについては、マーモセット類の祖先が中南米の豊かな森で樹上生活の要素を強めていく中で、あらためて、幹を昇るのに適したかぎ爪などの特徴を強めたのではないかとも考えられています。
それぞれの生息環境との関係の中で考えることで、いろいろな疑問やそれに応えようとする新たな考えが浮かび上がってきます。マーモセット類をめぐるあれこれは、そういう科学の営みの魅力を生き生きと伝えてくれるでしょう。
そして、現生の霊長類の中では、ボノボと並んでヒトと一番近縁と考えられるチンパンジーです。
遊亀公園には、2022/5/12現在で、ジュディ(メス、45歳推定)、ウィリー(オス、41歳推定)、ティナ(39歳、メス)の3個体が飼育されています。ウィリーは1992年、ジュディとティナは1995年に、どれも伊豆シャボテン公園(現在の伊豆シャボテン動物公園)から移動してきました。
毛づくろいはチンパンジーどうしの大切なコミュニケーションです。3個体とはいえ、かれらはかれらなりにミニマムな社会をつくっているようです。
チンパンジーには、ヒトと似たかたちでの高い知能が確認されています。ジュースを入れた容器に枝を差し入れてジュースを飲むといった「道具使用」も行えます。野生では、同じようなかたちでシロアリの巣に枝を差し込み、たかってきたシロアリを採食することが知られています(主食ではありませんが、いわば高栄養のおやつと言えます)。
荒ぶるウィリー。こうやって自分の強さをアピールするのはチンパンジーのオスにとって自然な行動です。
チンパンジーはヒトに近いと記しました。しかし、霊長類一般として親指が他の指と向かい合っている(拇指対向性)とは言っても、そのバランスはむしろ、ニホンザルやヒヒ類などの方がヒトに近く、また、ヒトとちがって他の霊長類は足(後肢)にも拇指対向性が見られます。近いがゆえにちがう、だからこそ、それぞれにユニークな種として成り立っている。チンパンジーに対しては、そういうまなざしを持つのが適切でしょう。
ヒトの目から見ての賢さや繊細さは、決して進化系統が近い動物だけに見出されるものではありません。ゾウもまた、高い知能と社会性を持ち、それだけに繊細な心をも持っていると考えられます。特にメスは、生涯生まれた群れで母親やメスのなかまたちと過ごし、日々の群れ生活が心身の健康に大きく影響するとされています(オスは性成熟を迎える12歳前後を節目に群れから独立するようになります)。
遊亀公園で暮らすメスのアジアゾウ「テル」(推定1979年生)は、1980年に同じくメスで同い年のミミとともにタイから来園しました。しかし、ミミは2000年に亡くなります。この間、ゾウ舎の改修工事で長期間つながれていたことなども影響してか、テルはいつしかダンスのようなステップを繰り返すくせが見られるようになりました。こういった異常な反復行動は「常同行動」と呼ばれます。大きく捉えれば、ここまで霊長類について述べてきたように、飼育下で単純化された環境の中にいて、持ち前の能力が発揮できなかったり、群れのなかまをはじめとする社会性が満たされなかったりする、いわば「退屈」の中からこういった常同行動が始まってしまうと考えられています。
遊亀公園ではテルに常同行動が見られることを率直に認め、テルの飼育下生活を少しでも豊かにして不適切な行動やそれに伴っていると思われる心理的な不安定さを減らすべく、器用な鼻や強い力を生かせる遊具としての丸太や、泥浴びの機会(2008/9/23撮影)などを与えることを工夫しています(※4)。
※4.単独生活のゾウのケアについては、こちらもご覧ください。
「『動物のため』を伝える」
「ゾウを慮る」
こちらは定期的に行われている、テルの足のケアです。足の裏や蹄などに傷や炎症が見られないか、また、それらの故障につながる小石のはさまりなどがないかなどを獣医師が確認します。何となく「餌で釣っている」ように見えますが、飼育員の指示で足を出せば、報酬としておいしいものがもらえるという、これもまた日々のトレーニングの積み重ねによるゾウと人の間の約束が成り立っているのです。テルの場合は、本来群れで暮らすはずのメスゾウの日常を飼育員との関係でささやかながらも埋め合わせるという効果も期待されています。
毎年、動物愛護週間には「餌やり体験」が行われます(2008/9/23撮影)。これも、来園者向けのアトラクションという以上に、時にはテルに新鮮な体験を与えようという意図からのものです。
振り返れば、飼育施設の規模からも、そしていまや、長年の単独生活になれていることもあって、テルはこのままのかたちで暮らしてもらうのがよいと考えられますが、その範囲内での飼育の努力はたゆまなく続けられているのです。
ポニーのメーデーも蹄の手入れをしてもらっています。メーデーにはよく似た模様のシエルと茶色いムーミン(写真後方)というなかまがいます。ウマも社会性が豊かな動物です。メーデーとシエルを見分けつつ、ポニーたちの関わりを観察してみましょう。
マレーグマにも丸太の遊具。メスのサクラとオスのサンディにとって、これはかじったり抱きついたりする格好の対象です。
わたしたちとはちがう動物種の快不快等を、思い込みでなく判断することは飼育員にとっても難しいものです。そういう意味で、行動を観察して数量的に記録し、それをもとにより確からしい判断をしていくのは、とても大切です。動物園では、研究者等と連携しつつ、このような「福祉的研究」も行われているのです。
ライオン。マレーグマの並びとしての肉食哺乳類です。こちらもオスのデネブとメスのショウコの2頭がいますが、交代での展示となっていることもあります。
ベンガルトラの信玄は昨年の11月に亡くなりましたが、その名にふさわしいきりっとした姿に加えて、愛嬌のある表情も見せてくれました。かれもまた、遊亀公園の歴史のひとコマです。
扇風機のある空きケージ。ここにはかつて、ホッキョクギツネがいました。現在の基準から言えば不適切ですが、これもまた、日本の動物園をめぐる記憶として、将来の参考に引き継がれるべきものでしょう。
隣にある空きプールは、ゴマフアザラシのメス「天洋III」が暮らしていました。なんだかシャチホコみたいな独特の姿で休息する姿は、甲府市民に長らく親しまれていました(2009/10/18撮影※5)。
※5.実はアザラシの前には、ここにホッキョクグマの展示施設があったとのことです。
かつてのアザラシ・プールは、現在も行われているフラミンゴ展示と同様、井戸水を利用していました。井戸水は周年で比較的水温が安定しているので、天洋IIIにとっても心地よかったのではないかと推測されます。
同じく水と切り離せない動物としてのペンギン。このマゼランペンギンは、各地の動物園・水族館で飼育されているフンボルトペンギンと近縁ですが、マゼランペンギンの展示園館は少数です(※6)。プールで泳ぐ姿や地上での立ち姿だけでなく、巣穴の中にも注目です。
※6.フンボルトペンギンとそのなかまについては、こちらをご覧ください。
「ペンギンを見分けよう」
マゼランペンギンと背中合わせにいるのはアメリカビーバーです。薄暮(朝夕の薄暗い時間帯)ないしは夜行性の傾向が強いビーバーなので、こんな工夫(鏡)で、休息中をそっとのぞかせてもらえるようになっています。
開園・閉園の頃は動きが出やすいので、他の動物の観察と組み合わせて、観察のタイミングを調節してみましょう。
アメリカビーバーの向かい側には、以前は同じ北アメリカの齧歯類カナダヤマアラシがいました。ここまでに記してきたように、長い歴史を持つ遊亀公園はさまざまな動物の飼育歴を持ちます。しかし、動物園が踏まえるべき時代性は移っていきますし、動物たちの飼育水準を含め、それは単なる流行り廃りではない不可逆性を持ちます。今後の遊亀公園がどんな動物の飼育を継続するか、どんな動物については現在の個体を一区切りとするか、それもまた、歴史を創る実践なのです(※7)。
※7.飼育種の見直しを含む検討が、その動物園全体の将来に関わるものであり、また、そういう総合性でこそ判断されるべきであるということについては、こちらをご覧ください。
「進化する動物園」
アフリカタテガミヤマアラシは、いまも興味深い姿を見せてくれる、現役展示種です。
冒頭近くでも触れた遊園地の中には、何やら不思議な動物の足跡がペイントされています。それを辿れば、見えてくるのは池のほとり、木立の配された静かな一角です。
ブラジルバクのハナは、昨年8月にオスのユウキを生みました。もうすっかり母親と遜色ない体格になったユウキですが、まだハナに甘えたい気持ちはあるようです。
ユウキの父親に当たるプーロは2010年に鹿児島市平川動物公園で生まれ、2013年に来園しました。バクは単独生活者なので、いまは母子とは交代の展示となっています。
プーロの前にも、ハナには何個体かのパートナーがいました。ユメタロウは2010年に亡くなりましたが、ハナとの仲は良好で繁殖にも成功しています(2009/10/18撮影)。
「ふれあいひろば」のミニブタ「ビリー」(メス)。既に述べた感染症対策などで、ビリーの展示場はとっつきくらいまでしか行けず、見えにくくなっていますが、ヤギ同様、陸橋の上などから、偶然の出逢いを期待できることもあります。
そして、これも一時封鎖エリア(ビリーの展示の奥)にある鳥獣慰霊碑です。動物園を流れ続ける時間の記念碑というべきものです。
遊亀公園附属動物園は、今年の10月をめどに4年半ほどのリニューアル休園に入ります。100年を超える歴史を持つ動物園が、大きく生まれ変わる機会です。そこでは、歴史の蓄積とともに、今回見てきたような、動物園スタッフの日々の実践や飼育展示の工夫が活かされていくことでしょう。その長い期間にも続く動物たちの暮らしと、それを支える飼育の営みに想いを馳せつつ、楽しみに待つことにしたいと思います。
動物園に期待しましょう。
写真提供:森由民
◎甲府市遊亀公園附属動物園
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