便育コラム 第20回うんこといじめ
小学生が学校で排便を我慢するという問題を前回取り上げました。
子どもが学校で排便を我慢する理由には、トイレ環境が汚いことなどが大きな理由となっていますが、それだけではなく、「排便行為」がからかいやいじめの対象になりやすいということも一因となっています。
生きているものは誰でも排便をするにも関わらず、なぜそれがからかいの対象になるのでしょうか。
まず「からかい」について考えてみましょう。「からかい」や「冷やかし」は攻撃行動の一形態であるとされています。からかい合うことによって仲間同士の親密性を強化したり、相手を見下して地位操作を試みたり、相手が嫌がるのを見て楽しむというような多様な機能があります。
からかう側とからかわれる側の互いの関係性によって、「からかい」が楽しいやりとりで終わることもあれば、いじめに発展して相手に致命的なダメージを与えてしまうこともあります。
次に「排便すること」がなぜからかいの対象になりやすいのかについて考えてみましょう。これは大便そのものがくさくて、汚いこと、下ネタとして簡単に笑いを引き出しやすいことなどがあげられるでしょう。「くさい!」「汚い!」という言葉は相手をおとしめるときによく使われ、言われた側は大きなダメージを受けることになります。また「第17回 子どもは下品なことばや下ネタが大好き!」で書いたように排泄ネタを使うことは子どもにとって笑いを引き出すには手っ取り早い手段でもあるのです。
「からかい」によって仲間同士の親密性を深めるにはからかう側もからかわれる側も一定の社会的スキルが必要になります。どのあたりで留めておけば楽しいやりとりで終わるのか、どこまで追いつめれば大きなダメージを相手に与えてしまうのか、そして排便行為が対象になる場合は、子どもたちの「大便」に対する考え方なども大きく影響しているのではないかと思われます。
たとえば「大便」はくさくて汚いだけのものという認識では「排便行為=恥ずかしい行為」となってしまいますが、「大便」を出すことは健康を維持する上で重要な行為であり、自分自身をマネジメントして健康管理できることは良く生きることでもあるという認識の下では「快便」はむしろステイタスであり、「排便行為=生命・健康維持のために必須行為」となるのではないでしょうか。このような認識によってからかいが深刻になる前に踏みとどまることができるのではないかと思います。
私たち大人は子どもたちが排泄について正しく認識できるように話せているでしょうか?排泄が自立した後は子どもとうんちの話をする機会も激減するでしょう。我が子は今日排便があったのか、またはどんなうんちをしたのか、幼児期なら直接目で見て確かめることもできますが、小学校にもなるといちいちそんなことはしなくなりますね。躾の面からも「排泄の話ははしたない」と言って、子どもが口にすることもたしなめるようになります。
大切な話なのに口にしてはならない話題として大人は子どもから必要以上に遠ざけてしまっているかもしれません。
子どもたちが「排泄」の大切さを正しく認識できるようにオープンに話せる雰囲気をつくることも大切ですね。
からかいやいじめと排泄の大切さを認識できているかどうかということは深くつながっているように思います。